帝国各地では異変が起きていた。各都市からは男や兵士が消えていた。町や村からもだ。それは、ペスカ達が見た領都の光景と同様であった。

 消えた男衆は、兵士達と足並みを揃えて行進している。虚ろな顔をして、その目には何も映ってない様でいて、隊列は一切の乱れもない。それはある種、異様な光景とも言えよう。

 兵士達は武器を携えている。街の男達は包丁やナイフなどを手に持ち、農村の男達は鍬等を手に持っていた。
 武装した彼等が向かう先はただ一つ。帝都であった。

 ☆ ☆ ☆

 ペスカは、領都に僅かの兵を残す様に指示した後、アサルトライフルとロケットランチャーの操作説明をトール隊に指導した。

 カルーア軍も簡単に操作してみせたのだ。トール隊がそれに苦戦するわけもない。指導の後は、カルーア軍対トール隊の実戦を模した軽い演習を行った。
 そこでは、トール隊が見事な連携でカルーア軍を下した。

「なぁ、トールさんって優秀な指揮官だと思わねぇ?」
「そうだね。もっと大きな隊を任されても、おかしくないよ」
「俺よりよっぽど活躍しそうだな」
「まぁ、お兄ちゃんはそういうんじゃないからね」

 演習の後は、領都で兵站の補給を行う。そしてペスカは、トール隊とカルーア領軍を、アサルトライフル班とロケットランチャー班にそれぞれ分けて四班に再編成した。そしてシグルドを指揮官として任命する。

 帝国兵である二班の指揮を、そのままトールに預ける。カルーア領軍のアサルトライフル班はシルビア、ロケットランチャー班はメルフィーに指揮をさせる事に決めた。

 ペスカ一行はトール隊を先頭に、戦車、トラック、カルーア領軍の隊列で、領軍を追う為に進軍を開始した。

「急ぎてぇ所だけど、こればっかりは仕方ねぇのか」
「私達だけなら、直ぐに帝都へ着くけどね」
「それだと、駄目なんだろ?」
「今回ばかりは、戦力が多い方が良いと思う」
「所で、お兄ちゃんはさっきから何やってんの?」
「あぁ。これか? マナキャンセラーのイメージを固めてんだよ」
「弾が無くても撃てる様に?」
「そう。いなくなった人達が、俺達に立ち向かって来るんだろ?」
「その前に無力化させるつもりだけど」
「だったら、弾の消費は抑えねぇとな」
「お~、考えてるね」
「それと、必殺技みたいなのも考えておかねぇとな」
「ロメリア用に?」
「そう。お前の話を聞く限り、相当な相手みたいだからな」
「相当どころじゃないよ。かなりヤバいんだよ」
「だから、準備だ」

 行軍速度は、当然ながら歩兵に合わせたものになる。その為、車がスピードを出せたとしても、全体の速度は上がらない。その為、冬也は運転と監視をペスカに任せて、自分は瞑想を続けていた。

 帝国内でロメリアが暴れているのは、間違いがない。そうなると、ロメリアが再び現れる可能性も濃厚だろう。
 帝国兵や連れ去られた男達を鎮圧すれば良い訳ではない。圧倒的な力を持つ神と対峙しなければならないのだ。
 
 以前の戦いでは、ペスカの大魔法すら通用しなかったと聞く。それ以前に、悪神を前にして立つことさえ難しかったと聞く。
 そんな相手をどうすれば、倒せるのか。それを、冬也は模索していた。

 街道は帝都へと続いている。そして、相変わらず多数の足跡が残っている。それを見る度に帝国兵達は不安気な表情を浮かべる。

 説明は聞いていた。洗脳が解除される様子も見た。しかし、同胞と戦わなければならないと考えれば、不安にもなるだろう。
 そんな兵達を、時折トールが一喝していた。

「貴様ら! そんな事で仲間が救えると思うな! 前を向け! 我々は敵を挫き勝利する為に進んでいるのではない! 我らの愛する帝国を取り戻す為に戦うのだ!」

 そんな中、安堵出来る事も少なからずは有った。途中の村々の住民は、規模が少ないが幸いだったのか、精神汚染を免れていたのだ。
 住民達が言う事は、概ね予想通りであった。領軍は民兵を集めつつ、帝都へ向かい進軍した事が判明した。
 領主が強引に男達を連れて行ったと話す村人達は、怯える様に震えていた。

 精神汚染を受けていれば、怯える事も無かったろう。しかし、それでは生きているとは言えまい。空っぽになり、記憶を無くしてまで、人形の様に過ごす。それならば、怯えながらでも明日への希望を持ち、生きながらえた方がよっぽどましだ。

 そして、彼等の希望はここに有る。

 トール隊の面々は、住民達を勇気づける様に声をかけた。「安心しろ、我々が家族を取り戻す」と。そう断言した強い言葉は、自分達に発破をかけたものでもあろう。
 しかし、そこで見せた笑顔に勇気づけられた者達は少なくない。彼等もまた、住民達にとっての英雄になったのだろう。

 三日程で領境を仕切る関門に到着したが、門は開け放たれ見張りの兵が見当たらない。ペスカの指示で、トール隊が門の中を確認すると、兵士の死体が散乱している状態だった。門の中は荒れ果て、戦闘の形跡を示していた。
 
「トール、あなた達と違う紋章を付けた死体が多い様に見えるけど、帝国軍?」

 トールが歯軋りをしながら、ペスカに応える。

「ペスカ殿、この関門を守備していた帝国軍で間違い有りません」
「くそ、悪い予感ってのは、何で当たるんだよ」

 悪神は、更に追い打ちをかけるのだと、この惨状を見て冬也は痛感していた。

 兵士達を洗脳して連れて行くなら、関門を守る兵達も同様にすればいい。ここで血をながさせる必要がない。
 そうしたのは、何故か。簡単だ、こちらに精神的なダメージを負わせるため。そして、こちらを怒りで満たすためだ。

 冬也の頭には、以前に女神が語った言葉が過っていた。『怒りではロメリアを倒せない』と。女神の言葉に間違いは無い。何故なら敵は陰湿な手を使って、こちらを自分のテリトリーに引き込もうとしているのだから

「トール、兵士を埋葬してあげて。念の為に火葬でね」

 ペスカの命令に、トールが質問を返す。

「ペスカ殿、ただ埋めるのでは駄目なのですか?」
「遺体を操られて、色々されるのは面倒だしね。一応の予防策だよ」

 遺体の埋葬を終え暫く進むと、街道沿いに荷馬車が倒れ、血塗れの商人が複数倒れているのを見つける。トール隊に確認に向かわせるが、商人達は既に事切れていた。馬は逃げ荷馬車内は荒らされていた。
 その光景に、冬也は吐き捨てる様に言い放った。

「山賊って事じゃねぇよな。これがロメリアのやり方かよ!」
「冬也、怒りは抑えた方がいい。悪神の思う壺だ」

 冬也を落ち着かせるように、シグルドは答える。シグルドが敢えて言った言葉の意味は充分に理解している。しかし、感情は上手く言う事を聞いてくれない。
 好き好んで、自らが守るべき者を殺める兵は存在しない。そう、これは邪神の企みなのだ。この惨状を自分達に見せて、奴は高笑いしているのだ。
 そう考えるだけでも、胸糞が悪くなる。怒りで頭が沸騰しそうになる。
 
 遺体は手早くトール隊により火葬され、進軍を再開させる。そして、襲われる荷馬車は一台では無かった。

 帝国に近づく程、襲われる民間人の数は増えていく。誰もが逃げる所を、後ろから襲われた様に倒れていた。トール隊を始めカルーア領軍も、固い表情で押し黙っていた。
 民間人の遺体を見つめ、冬也は拳を強く握りしめ呟いた。
 
「糞野郎。自分達が何してるのか判ってやがんのか」
「お兄ちゃん、落ち着いて。ロメリアに呑まれないで」
「でもよ、糞!」

 ペスカは、先の邪神戦を思い返し冷静であろうと努めていた。また、冬也が怒りを露わにしているからこそ、冷静であらねばと思えたのかもしれない。
 憤りも悔しさも全てを呑み込んで、ペスカは無言で冬也の頭を引き寄せ、自らの胸で優しく抱きしめる。そして冬也は、黙ったままペスカに身を預ける。ペスカの温かな体温が、ささくれ立った冬也の心を、優しく癒していく。
 冬也が落着いて来た頃を見計らい、ペスカがやや厳しい口調で話しかける。

「お兄ちゃん。多分この先はもっと酷いよ。慣れろとは言わない。怒りに流されないで」
「そうだな。ありがとう、ペスカ」

 ペスカの言葉は、自分にもかけた言葉なのであろう。それを理解した冬也は、ペスカの頭を優しく一撫ですると戦車に戻る。冬也に続いて戦車に乗り込もうとするペスカに、トールが声をかけた。

「あの先に見える小高い丘を越えると帝都です」

 ペスカは冬也に戦車の運転を任せ、ハッチから体を半分出し、周囲の状況を確認しつつ進軍する。
 少し進むと、爆発音や金属がぶつかる音が聞こえて来る。その音は丘に近づく度にはっきりと聞こえる様になった。慌てて駆けだそうとするトール隊に、ペスカは隊列を崩さぬ様に指示をする。
 丘を登り切った先は、広大な平野になっており、高い城壁に囲まれた帝都が見える。そして数千にも及ぶ軍隊が、帝都を囲み攻撃をしていた。

「待てよ! ロメリアって、他の国を攻める為に兵を集めてたんじゃねぇのかよ!」
「冬也、予想は裏切られるものだよ。悪い方にね。ペスカ様、これは既に内乱です」
「そうだね。やってくれるよ、ロメリアの奴。所でトール、領軍ってあんなに多いの?」
「恐らくあれは、辺境領全ての軍が、攻めているのだと思います」

 魔法を使って城門の破壊を試みている部隊がいる一方で、弓や投石で帝都内に攻撃を仕掛ける部隊いる。他には、はしごを立て掛け、侵入を試みる部隊も見受けられる。
 帝都は完全に包囲され、侵攻を受けていた。対する帝都軍は、城壁の上から弓や魔法で対抗し、攻勢を凌いでいた。
 
 攻撃は止む事が無く続いている。魔法に当り両足を失っても、這いずる様に帝都へ攻撃を仕掛ける兵がいる。はしごから落とされ血を流しても、再び這い上がって来る兵がいる。魔法は途切れる事無く放ち続けられ、城門は破られようとしていた。

 辺境領都の軍が大挙して帝都へ侵攻した。その事実を目の当たりにし、トール隊に緊張が走る。焦燥に駆り立てられる様に、帝都に向かう者が出始める。
 皆の動揺を鎮めようと、ペスカは一喝した。
 
「落ち着け! 諸君らは何をしにここに来た。彼らも諸君らが守るべき、帝国民では無いのか? 冷静になれ!」

 ペスカの言葉に冷静を取り戻すトール隊。続いてペスカの指示が響き渡る。

「皆武器を構えよ! ロケットランチャー班は先陣、続いてアサルトライフル班が進め! トラックは後方支援。良いか! 皆隊列を崩すな」

 ペスカの命令で全軍が隊列を整える。内乱鎮圧を掛けたペスカ達の戦いが始まった。