教会を出たペスカ達は、重い足取りで憲兵に通行許可を願い出た。当初は怪訝な顔をされた。それもその筈、ペスカ達の後方には大きな鉄の塊が有るのだから。
 憲兵が警戒するのも無理はない。何せ王都はお祭り騒ぎなのだ。当然だが、その隙を突いて悪事を企む者も出てくるのだ。警戒網が敷かれていてもおかしくはない。寧ろ、ここに来るまでの間に取り囲まれて、尋問を受けてもおかしくない。
 
 ただ、そんな状況になるとシグルドは読んでいたのだろう。自分のサインが入った書状をペスカに渡し、それを身分証明替わりにして欲しいと伝えていた。
 書状を見るなり、憲兵は通行の許可を出す。しかし、表情は硬いままであった。

 そんな憲兵を横目に、ペスカは戦車を走らせ橋の真ん中を堂々と通る。城門を潜ると真っ直ぐ城まで伸びた長い道の両脇には、豪奢な庭園が有り色とりどりの花が咲き乱れていた。

「すっげ~な」
「ここはね私も気に入ってるんだ」
「これって一部の人しか見れねぇんだろ? 勿体ねぇな」
「そうでもないんだよ。月に一度、一般公開されるからね」
「なんだ。ここの王様は意外といいやつなんじゃね?」
「まぁ、良い人である事は間違いないよ。王様としてもね」

 川沿いを走るのもそこそこの時間がかかった。城の敷地は想像以上の広さに違いない。きっと庭園だけではないのだろう。国の重要施設が集合していると考えてもおかしくはない。
 
 感嘆の声を上げる冬也と、それを微笑ましく見つめるペスカ。二人が戦車を走らせていると、やがて庭園は終わり大きな広場が城の入口前に広がっていた。
 二人は入口近くで戦車を停め、歩いて城内へと入って行く。そして入り口を抜けた先には、クラウスが待っていた。

「よっ、クラウス。そっちは無事?」
「多少の襲撃は有りましたが、何とか撃退出来ました。それより、援軍の件は誠に申し訳ありません」
「いいよ。終わった事だしね」
「有難いお言葉、痛み入ります。何にしても、お二人がご無事で良かった」
「クラウスも元気そうだね。シルビアは無事?」
「えぇ。こちらは問題ありません。ところでメイザー領の話は」
「王様の前でも、ちゃんと説明するよ」

 クラウスとの軽い挨拶を終えると、ペスカは冬也に向き合う。そして、下から覗き込む様にすると、上目遣いで冬也に話しかけた。よくある、女性がおねだりをする構図である。しかしこの時のペスカは、どちらかと言えば冬也への忠告であろう。
 ペスカの親族として、連れてきているのだから、滅多な事では叱責を受ける事は無いだろう。だが、宮廷内の作法を知らない冬也の態度が、いつ王や大臣の逆鱗に触れるかわからない。

「お兄ちゃん。ここからは、あんまり目立たない方がいいよ。後、滅多な事では喧嘩を売らないでね」
「当たり前だ! ペスカの顔もシグルドの顔も潰したりはしねぇ。それに、クラウスさんやシリウスさんにも迷惑をかけるしな」
「偉い偉い。取り合えず、王様への対応は私に任せてね」

 クラウスに案内され、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には、エルラフィア王族を始め大臣等、国の重鎮達が顔を揃えていた。
 誰もが暗い表情を浮かべており、謁見室には緊張感さえ漂っている。とても歓迎されている様な雰囲気ではない。
 そんな中で、クラウスとペスカは玉座の前まで歩みを進めると、片膝を突いて頭を垂れる。冬也はペスカ達に倣い同じく片膝を突く。緊迫した空気の中、重々しくエルラフィア王が口を開いた。
 
「皆、面を上げよ。ルクスフィア卿、よくぞ参った。そちらがペスカ・メイザー殿でよいか?」
「陛下、恐れ入りますが少し訂正を。今はペスカ・トウゴウと名乗られております」
「トウゴウ? まあ良い。ペスカ殿で間違い無いのだな。トウゴウ殿、良く参られた」
「陛下。東郷は二人おりますので、私はペスカで構いません」
「そうか、ペスカ殿。そこの者は?」
「冬也・東郷。私の兄でございます」
「フム。早速メイザー領の詳細を報告して頂けないか」

 ペスカは、メイザー領で起きた出来事を詳細に説明した。クラウスが補足する様に、メイザー領境界の状況を説明する。説明を聞き終わる頃、王族を始め一同が眉をひそめた。
 再びゆっくりと王が口を開く。
 
「そうか。モンスターの襲撃に乗じて、ロメリア教残党達の騒ぎが各地で相次いで起きている。各地の領主達は鎮圧に追われている」

 エルラフィア王がそれだけ言うと、少し言い淀む様に口を閉ざす。その表情は明るくない。
 確かに、望ましい状況でない。メイザー領での出来事が、他領でも起こりかねないのだから。そして今のロメリア教徒達ならば、小規模のテロ行為では収まらない様な事をしでかすだろう。だが、ここまでならば、ペスカの想定した範囲内である。

 しかし、大臣が王に告げた事により、事態は一変する。

「陛下。例の話しを」
「わかっておる。実はな、東の帝国が我が国へ侵略を開始した」

 それを聞いたペスカ達は、深い息を吐いた。予想以上に早く、邪神ロメリアが手を打ってきた。今回は、モンスターをけしかけるのではなく、人間同士の争いを起こさせようとしている。
 だが、王の言葉はペスカの想定を遥かに超えるものであった。

「それだけでは無い。北では小国同士の戦争が始まったそうだ。全て二十年前の戦時に参加した国々だ」

 ペスカ達は驚きの余り、言葉が出てこない。

 二十年前と同様に各国で手を取り合い、邪神ロメリアに対抗する予定だったのだ。その目論見が、事前に潰された。邪神ロメリアは大陸各地で戦争状態を引き起こし、大陸中を混乱の渦に巻き込もうとしている。

 しかも東の帝国は同盟の中でも最重要国であり、最大の戦力を誇る国である。その帝国に責められれば、エルラフィア王国とて無事では済まない。
 そこに、以前と同様にモンスターの侵攻があれば、世界が終わる。

 ペスカは隣で膝を突くクラウスを見やる。すると、クラウスも顔を真っ青に染めていた。

 クラウスの傍には、シルビアという諜報員がいる。そして、至る所にアンテナを張っている。そのクラウスが知らないならば、ここ数日に起きた出来事か、信憑性が低い為に報告をしていなかったかの、いずれしかないだろう。
 
 クラウスの表情を読んだペスカは、重鎮達の思惑を理解していた。

 恐らくこの話は、『領主達には告げられず』、『国の重鎮にしか伝わっていなかった』んだろう。周知しなかった理由は、混乱を避ける為で間違いない。しかし、大陸中が戦争へと動き出そうとしているなら、取らなければならない行動が有ったはずなのだ。

 詳細な情報の入手、国同士での話し合いは、先立って行わなければならない。話し合いで解決出来るか否かの判断も当然である。エルラフィア王国が介入し、問題が解決するなら、それに越したことはないのだから。

 同時に、自国の防衛手段も検討する必要があるだろう。領内では、モンスターの襲撃に加えてロメリア教残党達の騒ぎ、国外では戦争となれば戦力が足りる訳がない。
 少なくとも、手足となる人材には詳細を通知し、対処させるべきであったのだ。特に近衛隊のシグルドの様な存在、懐刀と呼ばれるシリウスやクラウスに周知が有っても良かったはず。
 呑気にペスカ達を呼んでいる暇など無いはずである。敵は二重三重の策で、ペスカが来るのを待ち受けていたのだから。
 
 数秒の後、クラウスがエルラフィア王に質問を投げかける。

「陛下。私は、帝国や北の小国の怪しい噂は、耳にしておりません。いったい何が起きたのでしょう?」
「それが全くわからんのだ。開戦も数日前の事だ。突然の連絡に我らも困惑しておる」
「東の帝国の侵略はどの様な状況でしょうか?」
「軽い小競り合いが続いており、今の所大きな被害は出ていない。攻めて引いてを繰り返しておるそうだ」

 エルラフィア王とクラウスのやり取りを、冬也が黙って見守る横で、ペスカは怒りに打ち震えていた。

「ペスカ殿のご意見は如何かな?」
「メイザー領でのモンスター大量発生、各地で残党が起こす騒動、帝国の侵攻、これ等一連が全く関係無いとは思えません」
「すると、全てロメリア神が関係していると申されるのか」
「可能性は高いかと」

 ペスカは煮えくり返る様な思いを抑えつけ、エルラフィア王に答えた。そしてエルラフィア王は、周囲に向かって大きな声を張り上げる。

「取り巻く状況が良くわからなければ、対処も出来ぬ。現在、緊急で各領の代表を呼んでおる。三日と立たずに揃うだろう。そなた等には、これから行う会議に参加して貰いたい」