領都に向け先行していた領軍は、リュートから十キロ先の平原地帯で、モンスターから襲撃を受けた。大小様々のモンスターは、数万は下らない。そんな大群に対し、領軍の数は高々二千程度であった。

 真っ向から立ち向かっても勝ち目は有るまい。しかし、それが撤退の理由にはならない。ここでモンスターの侵攻を抑えなければ、領都だけではなく前線基地であるリュートも危うくなる。

 それは正に命を懸けた戦いであろう。死を恐れない兵が、戦力になるとでもいうのか? 否、生きたいという強い意思こそが、勝利へ導く鍵となろう。
 兵士達は気を吐く。そして大群に向かって攻勢を開始した。

 モンスターの軍団は、昼夜休むことなく攻勢をしかけてくる。魔法や弓で抵抗しつつも勢いを止める事は出来ず、領軍はリュートの数キロ先まで後退させられる。
 既に戦線離脱者を多く出し、残された兵達も疲労が激しい。あわや瓦解寸前のところで、後方から怒声が上がった。

「引け! 皆の者引け~!」

 兵達が振り向くと、軍馬に乗ったシリウスに十数体の軍馬と軍用馬車が向かって来ていた。

「引け! 撤退だ! 引け~!」

 シリウスの号令に、領軍が撤退を行う。撤退の開始を確認したペスカは、すかさず魔法の詠唱を行った。

「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」

 一瞬、平原の中央部が輝いた。次の瞬間大爆発が起こり、モンスターの大群を吹き飛ばした。何かにしがみつかないと吹き飛ばされそうな、強烈な爆風が領軍にも届く。爆風が収まり辺りを見回すと、モンスターの大群は跡形も無く消し飛ばされていた。

「状況は?」
「戦線は壊滅的被害を受け、戦える兵は僅かしか残っておりません」
「貴様らはリュートまで撤退し、治療を優先せよ。我らはシュメールへ先行する」
「了解致しました」

 シリウスが領軍の隊長に声をかけると、ペスカ一向は再び領都シュメールへ向け進軍を開始する。しかし道中では、数度に渡ってモンスター大群が襲来する。その都度、ペスカが大魔法で掃討するも、進軍速度が遅れるのは必至であった。
 
「姉上、何か作為的な気がしますな」
「足止めだね。完全に後手に回ったよ」
「申し訳ありません。姉上」
「仕方無いよ。どのみち、リュート周辺のモンスター対策は必要だったし」
「まさか、シュメールが落とされるとは思わず」
「反省するのは、シュメールを解放した後だよ。さて反撃と行こ~か!」

 今も領都シュメールには、多数の領民が取り残されている。その領民達は命の危機に晒され続けているのだ。これは時間との戦いでもある。
 しかし、焦って判断を鈍らせる訳にはいかない。ペスカはシリウスを落ち着かせる様にし、前を向く。
 
「報告! 右方からモンスターの大群が接近してきます」
「姉上! 頼みます!」
「任せて! 焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」
「報告! 左方からもモンスターが!」
「燃え盛れ、焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」
「報告! 前方からモンスターが接近!」
「モンスターは私に任せて! 貴方たちは馬車を止めないで!」
「はっ!」

 それからも、モンスターの襲撃は続く。そしてペスカがそれを掃討し、一向は領都シュメールへの道を駆け抜けた。しかし、この状況には別の懸念が生じる。恐らく狙いは行軍速度を落とす事だけではないはずだ。

 リュートを出てからペスカは大魔法を連発している。如何にペスカが偉大な魔法使いであったとしても、マナは著しく消耗していくはずだ。
 その狙いに気が付いたのは、ペスカの過去を良く知るシリウスではなかった。魔法を覚えたての冬也だから、その危険性に気が付いたのだろう。
 
「ペスカ。お前さ、そんなに魔法を使って持つのか?」
「何? お兄ちゃんってば心配してくれるの?」
「当たり前だろ!」
「大丈夫。私は生まれ変わってから、マナの総量が上がってるんだもん」
「それにしたってよ。本番はこれからだろ?」
「今はこうするしかないって、お兄ちゃんもわかってるでしょ? 時間が無いんだし」
「あぁ。俺じゃあ、あの大群を一気に倒すなんて無理だ」
「心配しないで。力は充分残しておくからさ」
「悪いな、ペスカ」
「ほら、シュメールが見えてくるよ。活躍を期待してるからね」
「任せろ、ペスカ」

 ペスカの活躍で一向はシュメールに辿り着く。そして簡単な打合せを行った。
 ペスカと冬也の二人が正門から突入し、モンスターを引き付けて戦う。その間、シリウスと部下達が工場へ潜入し、住民達の安否を確保する。
 更にシリウス組は、後詰めの領軍を待ち住民の避難を行う。ペスカ組は、そのままモンスターの殲滅を行う。実に単純な作戦だが、割ける人員が少ない中で行えるのはこの位だろう。

 そして、領都奪還作戦が開始された。

 正門を抜けると目に飛び込んでくるのは、街を埋めつくす程のモンスター達であろう。その影に隠れる様にして、朽ちた建物のが目に映る。

「おぉ~これは凄いね」
「これだけの数を前にすると流石に恐いな」
「お兄ちゃん。なるべく、建物を壊さない様にね」
「それは俺の台詞だ。油断すんなよ、ペスカ」
「お兄ちゃんもね」

 クラウスに「剣の心得」を問われた時に、冬也はそれを否定しなかった。しかし、冬也が身に着けた技は、居合道を発展させた人を制する剣だ。洋刀では勝手が違う。
 ただ、大群を目の当たりにした冬也は、己の拳だけでは不十分だと判断したのだろう。そしてクラウスから貰ったブレードソードを抜く。

「お兄ちゃんが武器なんて珍しいね。しかもそれって家の家宝じゃ」
「あぁ、こういうのも使いこなしておかねぇとな」
「武器を持ったから弱くなったって言わないでね」
「当然だ、見てろ」

 そう言うと、冬也は全身にマナを漲らせる。それは、冬也の筋力を大きく膨らませていく。そして次の瞬間、冬也はモンスターに接近してブレードソードを振り抜いていた。
 あっという間の出来事だった。冬也の近くにいたモンスター十匹が胴を真っ二つにされる。

「まぁ、上出来だな。刀身が長い分だけ、いっぱい斬れたか」

 恐らく冬也にとってこれまでの戦闘が、特にマンティコアとの戦闘が自信に変わっていたのだろう。
 地球にいた頃は考えもしなかった魔法という力で、肉体を強化する事に成功した。即ち冬也の戦闘能力を飛躍的に高めている。普段なら思いもしない動きが出来る。それこそが、未だ魔法が未熟な冬也を戦力たらしめる結果となった。

「やるね。でも私も負けないよ。弾けろ、エアーエクスプロージョン!」

 冬也に負けじと、ペスカは圧縮した空気を爆発させ、後方にいるモンスターを大量に破壊する。

 結果的に、二人が正門から乗り込んだのは正解だった。ペスカと冬也はモンスターを駆逐し始める。異変に気付いたモンスター達は、直ぐにペスカ達に群がり始める。
 そして、冬也の武器は剣だけではない、元々は徒手空拳が得意なのだ。右手の剣でモンスターの首を刎ね、左の拳で頭を破壊し、器用に蹴りを繰り出し胴を両断する。それは無骨で荒々しいダンスの様であった。
 そしてペスカはと言うと小規模な魔法を使い、これ以上は建物を壊さぬ様に器用にモンスターを破壊していく。

「切り裂け、ジャック・ザ・リッパー!」
「弾けろ、エアーエクスプロージョン!」
 
 街中のモンスター達が集まってきているのでないかと錯覚する程、次々と二人に襲い掛かる。だが、二人の攻撃は止まなかった。モンスターの死骸が量産されていく。
 領都を占領したモンスターの軍勢を、瞬く間に掃討する勢いで、二人の進撃は続いた。そして、モンスターの攻勢に勢いが失われ始めた頃、一際強い突風が吹き荒れた。

「まサカ、罠にカカッテくれるとは行幸のイタリ。あぁ、マッテましたよペスカ。オアイシタカッタ」

 不気味な声を放ち、突風と共に現れたそれは、真っ黒な翼を生やし宙を飛んでいた。翼をはためかせ、ゆっくりと地に降り立つ。十メートルは越える引き締まった真っ黒な身体に、鋭い爪とキバ。ただ異形なのは、顔は人間そのもの。アンバランスなモンスターは、漆黒のドラゴンと人間を掛け合わせた様な姿していた。

 漆黒のドラゴンは、ペスカを見下ろす様すると口を大きく開く。その大きく割かれた口で、挑発するように喋り出した。

「おぉカミよ、ナゼ宿敵がこうもチイサク弱弱しくナッテしまったのか」
「なんだあれ、ペスカ知ってんのか?」
「嫌だな。あんなキモいの知らないよ」
「ワタシの事を忘れてはコマルのだよ。唯一ワタシがらいばるとして認めたペスカ君。それに私の作った可愛い子供達をこんなに苛めて。困るじゃないかネ」

 化け物に変形し歪んだ顔立ちだが、少し残った人間の顔に、ペスカは既視感を覚えた。

「あんた、まさかドルク? 死んだはずでしょ!」
「まさか、アレでシンダとでも。ワタシは敬虔なるロメリア様のシント。ニクタイが滅びた所でナンダというのだ」

 違う、ドルクは間違いなく死んでいた。それが奴の言う通り肉体的な死というなら、それは本当なのだ。マナは空っぽになり、魂はそこには無かった。
 まさか、本当に生き返った? ならばなぜ体はドラゴンそのものなのか? それとも自分と同様に神が何らかの方法でドルクを再生させたのか?
 いや、まて。もしそれが狡猾で残忍なロメリアの仕業なら、決して考えられなくもない。

 ペスカは僅かな時間で考えを巡らせる。明確な答えが出た訳じゃない。しかし、少しずつ事の真相に近付いていた。

「二十年マエ、誰がキミとアソンデあげたと思うンダイ?」
「そんな。あの時の事もあんたの仕業だって言うの?」
「ワタシはロメリア様から教えてイタダイテたんだよ。死したキミが再びコノチをオトズレル事をね」

 確かにドルクの言う通りなら、一連の騒ぎに説明がつく。何故、自分達がこの世界にやって来たのと同時期にモンスターが活性化し始めたのか。何故ロメリア教徒は再びマナ増加剤を製造し始めたのか。何故、自分達がマーレにいる間に領都が陥落したのか。何故、領都に向かう道中であんなにもモンスターが攻勢を仕掛けてきたのか。

 全ては、この男に嵌められたのだ。それだけではない。ドルクの口ぶりから察するに、二十年前の悪夢もこの男の策謀に違いは有るまい。
 死んだ。そう見せかけてロメリアから新たな体を貰い教徒達を指揮していたなら、それも説明がつく。

「何もかも、あんたの手のひらの上だったって事?」
「ソウダよ、ペスカ君。君に再び会った時の為に、用意したプレゼントが有るのダヨ。受け取ってくれたマエ」

 ドルクが指を鳴らすと、ペスカの足下に魔方陣が浮き上がる。それはペスカが記憶している限り、最も自分達を窮地に追い込む手段であった。ペスカは珍しく目を剥き、冬也に向け叫んだ。

「やばい。お兄ちゃん逃げて!」
「遅いネ。遅いヨ。君の魔法は封じたよ。魔方陣からも出られない。さぁ! そこの小僧を潰した後、ゆっくり君を弄り尽くしてあげルヨ」
「てめぇ。今なんつった。人の妹に手を出して、ただで済むと思ってんじゃね~ぞ!」
「お兄ちゃん!」

 焦るペスカを横目に冬也は一瞬で、ドルクの背後に回り剣で切り裂く。しかし、身体は硬く刃が通らない。
 何故、ペスカだけが封じられて、冬也は自由に動けたのか。それはドルクが冬也を取るに足らない存在だと思っていたからに相違あるまい。

「なまくらで傷つけられると思わない事だネ」

 ドルクは、振り向き様に翼で冬也を薙ぎ払うと、鋭い爪で切り裂こうと腕を振るう。冬也は爪を避け魔法を放とうとするが、ドルクが距離を詰め再び爪を振るう。

「早さで勝てると思わない事だネ」

 ドルクの爪から鋭い風の刃が飛んでいく。だが、冬也は持ち前の俊敏さで、風の刃を避けた。

「避けきれると思わない事だネ」

 次々と幾つもの風の刃が襲い掛かり、冬也は避けきれずに身体が切り裂かれる。そして冬也から血がしたたり落ち始め、痛みに顔を顰めた。勝機と思ったのか、ドルクは再び同じ攻撃態勢に入った。

「そろそろ、終わりだネ」

 ドルクが圧倒的に優勢に見えた。しかし、ドルクは見誤っていた。決して冬也は侮ってはいけない相手だ。
 冬也が同じ攻撃を何度も食らうはずがない。ドルクが腕を振るおうとした瞬間、再び冬也はドルクの背後に回り剣を振り下ろした。

「なまくらでは、ぐぁぁっ、何故だぁ」

 先程は通らなかった刃が、今度はドルクの肩口を切り裂いた。

「ペスカが言ってたんだよ。魔法はイメージって。だからイメージしたんだよ。この剣は何でも斬る事が出来るってな」

 冬也の剣にマナの膜が張られている。ドルクが風の刃を飛ばすが、冬也は剣を使い切り払う。爪を立てようとしても、冬也は剣で斬り飛ばす。

「何がぁ起きたぁぁ! こんな雑魚にぃ~」

 苛立ったドルクが次々と攻撃を仕掛けるが、その全てを冬也は剣で斬り飛ばした。ドルクの怒りがピークに達し、今までに無い膨大なマナが身体から噴き出した。

「始めから、こうしていればよかったんだネ。跡形も消し飛ばしてやる」

 ドルクから、マナの奔流がほとばしり形を作り出していく。その時、後ろから硝子を割ったような音がした。
 冬也に気を引かれて、ドルクはペスカを疎かにしていた。それは完全な油断だった。一番厄介な相手を野放しにしていたのだ。その隙にペスカは策を講じていた。それは自分の拘束を破り、封じられたマナを取り戻す事だ。

「お待たせ、お兄ちゃん。後は任せて」

 ペスカはそう言うと、ドルクへ向かい手を翳す。

「弾けろ、エクスプロージョン!」

 ペスカの魔法は、ドルクから涌き出たマナの奔流ごと本体を吹き飛ばした。吹き飛ばされた体は、血塗れで蹲り身体を痙攣させていた。

「な、何故だぁ。貴様、何故魔方陣を破壊出来た」
「時間をかけ過ぎなんだよ。あんたは、お兄ちゃんを舐めてたんだよ」
「忌々しい。忌々しいペスカぁ~」
「喋れるようだし、色々教えて貰おうか。ドルク」
「話すと思うカネ。あぁ、神よ! 今貴方の元へ! 消し飛べ!」

 ドルクが呟くと体が光出す。そしてペスカを巻き込む様に爆発する。しかしペスカは、瞬時に魔法で壁を作りだし難なく爆風を防いだ。

「こいつも自爆。つくづくロメリアの奴らって」
「もしかして、あれが親玉か?」
「違うと思うよ。何と無くだけど」
「ドルクって言ってたろ? 薬はあいつが作ってたのか?」
「ちょっと違うかな。ドルクにしては弱すぎだし。その前にちょいっと」

 ペスカの手から穏やかな光が溢れ、冬也を包み込む。体の傷はみるみる内に消えていった。

「癒しの魔法をかけたけど、お兄ちゃんは無理しないで、ゆっくりしてて」
「ちょっと待て、ペスカ」

 ペスカに駆け寄ろうとする冬也は、ふらつき倒れる。

「ほら~。もう限界なんだってば。掃討戦はお任せよ」
「待てよ! ペスカ!」

 ペスカは冬也の制止を無視して、残りのモンスターを駆逐すべく、駆け出して行った。
 領都シュメールは、未だ安全には程遠かった。一時の緩和状態が嘘の様に、モンスターは続々と溢れて来る。
 何か意図が有ったのか、漆黒のドラゴンの影響で別の場所へと追いやられていたのか、理由は定かではない。ただ、漆黒のドラゴンが消滅した直後に、モンスターは湧き出て来た。
 そしてペスカは、モンスターを自分に引き付ける様に、立ち回っていた。それは休む冬也に対し、向かってくるモンスターがいない事からも、明らかであろう。

 ペスカが戦い慣れている事は、充分に理解させられた。間違いなく冬也より、戦力になっているのだ。しかし、どれだけ強かろうと、多勢に無勢である。ペスカのマナにも限界はある。道中では大魔法を連発していたのだから。
 ペスカの行動は、傷ついた冬也を休ませる為に他なるまい。冬也の傷は魔法で塞がっている。しかし流れた血は戻らない。

 戦場においても、兄の体を優先する妹。体を張って妹を守ろうとした兄。だが戦闘は続いている。まだ救われていない命が有る。

 何の為に、この戦場へ足を踏み入れた。何の為に厳しい修行を重ねて来た。痛みは、戦わない理由にならない。
 兵士であれば、自分の身を第一に考える場面も有るだろう。しかし自分は違う。こんな時に、ペスカを守れなくて何になる。

「全部、俺が守ってやる。ペスカ、今いくからな!」

 冬也は動かない体を、無理やりにでも動かし立ち上がる。そして、遠くに見えるモンスターの群れへと突っ込んでいった。

 思う様に体は動かない。多くの血を失っているのだ、当然の事だろう。しかし、冬也の体は記憶している。日々繰り返して来た型、相手の呼吸に対応する技。異世界に来てから魔法を覚え、実戦を重ねてきた。そしてドラゴン戦では、新たなマナの利用方法を模索し、体現してみせた。

 追い詰められた時に真価を発揮するならば、冬也にとってそれが今なのだろう。流れ出すアドレナリンが痛みを消していく。そして、冬也の体にマナが漲っていく。拳、足、そして剣にまでもマナが行き渡る。
 
 冬也の正拳はモンスターの胴を繰り抜いた。そして蹴りは、モンスターの頭部を破壊した。剣は易々とモンスターを両断する。魔法とは、物理的現象を起こす事だけには収まらない。
 冬也はマナを利用して、身体を強化する戦い方でモンスター達を駆逐していく。

「お兄ちゃん、まだ休んでなきゃ」
「お前にばかり、危ない目に会わせらんね~だろ」
「ん~。お兄ちゃん。後でぎゅっしてあげる」
「いいから、前見ろ!」

 ペスカも冬也に応える様に、強大な魔法を放ち、モンスターの数を減らしていく。どれだけ数を集めても、モンスター程度では二人を倒す事は出来ない。そう思わせる程に、二人は次々とモンスターを駆逐していった。

 ペスカ組がモンスターと対峙している一方、シリウス組は街に潜入し、工場へ向かっていた。

「ペスカ様のおかげで、順調に街に入れましたが」
「油断するな。恐らく奴らは工場に集中している筈だ。姉上には申し訳ないが、少しでも釣られてくれれば」

 シリウス組の前に現れたモンスターは数体程であり、工場まで難なく進む事が出来た。それだけ上手く、ペスカ達がモンスターを誘導出来たのだろう。
 そして問題の工場の周囲にはモンスターの影は無く、薄っすらと光に包まれた工場が有るだけだった。

「シリウス様、モンスターが全て、ペスカ様に引き寄せられたのでしょうか? 流石に変では?」
「確かにな。だが、事態は一刻を争う。私は扉の解錠を行う。貴様らは、周囲の警戒を密にせよ」

 シリウスが呪文を唱えると、工場を包み込むような光が消える。シリウスが扉を開け、住民達の安否を確認しようとした瞬間、横薙ぎの突風が吹き荒れた。

「お待ちしておりましタよ。今代のメイザー卿は、随分と愚か者の様だネ」
「何者だ。出て来い!」
「イヤハヤ。忌々しいペスカの結解を、壊す事は出来なかったガ。そちらから開けてくれるとは。予想以上の出来ダ。住民どもを逃がしてやったかいが有ると言う物だネ」

 現れたのは、真っ黒の身体に真っ黒な翼を持った、人間とドラゴンを掛け合わせた様な怪物だった。宙に浮かぶ異様な姿に、シリウス達は息を呑む。

「私を忘れたかネ? 会った事はアルのだが。名乗らないとワカラナイ程、愚かなのかネ」
「貴様らは、早く工場の中へ入り、兵器の用意をしろ! こいつの相手は私がする」

 シリウスは、怪物を横目に部下たちに指示を出すと、怪物に向かい合った。
 
 得体が知れない。あんな姿の化け物は見た事もない。シリウスは身構えると、直ぐにでも魔法が放てる様にマナを手のひらに集めていく。

「随分と、ナマイキな事を言うようになったネ。アネのカゲに隠れてオビエテイタ小僧が」

 怪物が翼をはためかせると、突風が吹き荒れる。吹き飛ばされそうになりながらも、シリウスは魔法で、入り口を塞ぐ様に壁を作り出した。尚も怪物は翼をはためかせる。しかし、シリウスは工場を守る様に、魔法障壁を張り突風を防いだ。
 障壁を張りながらもシリウスは、怪物の話し方に既視感を覚えていた。

「その話し方、ドルクか? 死んだはずだ!」
「ようやく解ったのカネ。ムカシもイマも頭の悪い小僧だネ」
「何故ここに居る? 何が目的だ?」
「オヤ。今度は時間稼ぎかネ。無駄だヨ。アァそうだ、これに耐えられたら、少し話してあげても良いヨ」

 ドルクが大きく口を開けると、大人の男程の大きさの火の玉が数個、吐き出されシリウスへ向かった。シリウスはマナを注いで魔法障壁の強度を増し、火の玉に耐え様とする。しかし、威力に耐えきれず魔法障壁はひび割れていく。

 一見、劣勢に見える勝負である。しかし、シリウスは冷静であった。寧ろ、窮地に立たされた時に冷静になれない者が、国王の懐刀と呼ばれるはずがない。
 シリウスが選択したのは、自らが盾になる事である。時間さえ稼げれば、攻撃手段は有る。それがわかっているからこその、判断であった。

 続けざまにドルクは火の玉を吐きだす。シリウスは咄嗟に、二重の魔法障壁を張る。火の玉の勢いを相殺する様に、魔法障壁は砕けていく。だが、それで良い。ドルクの絶え間なく続く攻撃を、シリウスは冷静に、幾つも魔法障壁を張り直しながら耐え続けた。

「少しはやる様になったのかネ。仕方ない、私が死んだかって? あれが私だと誰が言ったのカネ」
「姉上と確認した。確かにお前の死体だった!」
「そうか、ゾンガイ上手く行った様だネ。あの糞メスを騙すのは苦労したんだヨ」
「モンスターはお前の仕業だな」
「そうだ。それが何かネ」
「目的は何だ? 工場か?」
「工場? 馬鹿カネ、そんな物はついでだヨ。目的? キマッテいるヨ。あのイマイマシイ糞メスをワタシの手で殺してやるのだヨ。こうも見事に餌に食いつくとはネ」

 興奮した様に、ドルクは早口で捲し立てる。そして大きく口を開け、工場よりも大きい炎を吐き出す。シリウスは咄嗟に、工場を包み込める程に大きい魔法障壁を、幾重にも張って対抗した。
 しかし、威力はドルクの炎が勝っていた。巨大な炎は渦を巻き、熱風を作り出す。単純な炎の魔法ではない。周囲は、異常な高温に晒される。
 そして、バリ、バリっと音を立てて、魔法障壁にひびが入る。それでも、シリウスは魔法障壁にマナを注ぎ込んで耐える。
 それでも限界は訪れる。幾重にも張った魔法障壁が一枚一枚、砕けていく。そして、最後の一枚となった時、対消滅の様に炎は消え去った。
 
 ただ消滅時の勢いは凄まじく、周囲に暴風をまき散らす。流石のシリウスもそれには耐えきれずに、工場内へ吹き飛ばされた。

「コウギの時間はお終いだヨ。ジュコウリョウは、命で支払って貰うヨ。小僧の死体を晒したら、あの糞メスはどんな反応をしてくれるのか。楽しみだネ」

 空高く浮かび、熱波と暴風を避けたドルクは、平然とした表情で汚らしい笑みを浮かべる。そして、工場と共に全てを破壊しようと、ドルクは先程より更に大きな炎を吐き出した。
 吐き出された炎は大きく広がり、工場を飲み込もうとする。シリウスも対抗しようとするが、魔法障壁が間に合わない。だがその時、工場内から一条の光が放たれ炎を吹き飛ばし、そのままドルクへ命中した。
 ドルクは、大きく飛ばされ、後方の建物を破壊しそのまま瓦礫に埋もれた。

「姉上特製の魔工兵器はどうだ。効いただろ」

 頑丈なドラゴンの肉体とて、都市を一撃で破壊しかねない威力の攻撃に、ドルクは半身が失われた状態になっていた。しかし、尚もドルクは瓦礫を押しのけ立ち上がろうとする。
 怒りは頂点に達していた事だろう。全て掌の上で転がしているつもりが、思いもよらない反撃を受けて体を半壊させられたのだから。 

「ペスカ。ペスカ。ペスカ。ペスカ。ペスカぁ~! 何故いつもいつも邪魔をする!」

 苛立つドルクは、失われた半身で体当たりをしようと、勢いをつけ飛翔する。既に体勢を立て直していたシリウスは、飛び上がった瞬間を逃さずに攻撃命令を下す。そして、光の矢がドルクに向けて放たれる。光の矢はドルクに突き刺さり、力尽きる様に倒れ落ちた。
 
「さて、色々話して貰おうか」

 シリウスがドルクに近寄ろうとした時、ドルクの身体が輝き破裂した。

「くそ。自爆したか」
「シリウス様、ご無事で?」
「問題無い。それより中の状態は?」
「重傷者は治療により、今のところ無事です。他の者達も無事な様です」
「そうか。貴様らは周囲の安全確認を行え。まだモンスター達が潜んでいる可能性が有る。安全確認終了次第、重傷者を療養所へ移送。急げ!」
「ペスカ様の方は如何致しましょう?」
「姉上があのレベルにやられるはずが無い。我らは我らの役目を果たすぞ。急げ!」

 兵達に指示を出したシリウスは工場内に入り、場内に残る守備隊を集めた。

「状況を報告せよ。工場は襲われていたのでは無かったのか?」
「引っ切り無しに、モンスターの攻勢を受けておりました。しかしシリウス様が、封印を解除する少し前から、モンスターの体当たりする音が消えうせました」

 シリウスは、考えをまとめようとするかの様に、動かずじっとしていた。シリウスが腕を組み頭を働かせていると、けたたましい声と共に、ペスカが場内に入って来た。

「皆無事? シリウスは? 大丈夫なの?」
「姉上、ご無事何よりです」
「外、凄い事になってるけど、何があったの?」

 ペスカに問われ、シリウスは領都潜入時からの出来事を備に語った。ペスカは、驚きを隠せない様子で答える。

「あいつ、こっちにも表れたの?」
「それでは、姉上の方にも!」
「途中から、モンスターの数が急に減ったんだよ。シリウスが倒したって訳じゃないんだね」
「なぁ、シリウスさん。ドルクの狙いはペスカだったんだろ? これでお終いなのか?」
「余り良い予感はしませんな」

 ペスカ達は、良くない事が起こりそうな、酷い胸騒ぎを感じていた。まだ、後続部隊は到着していない。次の行動を決めかねていると、慌てた様子の兵が駆け寄って来る。

「緊急連絡です。避難している民達の前に、モンスターの大群が現れました。現在守備隊が交戦中との事です」
「緊急連絡です。後続部隊の前に、黒い化け物が現れました。現在交戦中との事です」

 慌ただしく入る連絡に困惑するペスカ達。戦いは、未だ終わりの合図を告げようとはしなかった。