風の女神が語った、二つの勢力に分かれた対立構造。それは神の世界における、戦いの歴史であった。
 そして今、事態はペスカを中心に動き出している。

 反フィアーナ派は、今まで混沌勢を隠れ蓑にし、原初の神々との直接的な対立を避けて来た。それ故に、状況証拠を掴ませずに、策謀するのが巧みである。
 大地母神の三柱は、反フィアーナ派を糾弾する為の根拠を探している。原初の神々はこの機会に、反フィアーナ派を神の法に基づいて一掃する予定であった。
 ラフィスフィア大陸での動乱の裏で行われていた策謀は、世界に大きな影響を与えていた。
 
 ペスカと冬也が、ドラグスメリア大陸に派遣されたのには訳がある。

 女神ミュールは、鍵であるペスカを囮に使おうとしていた。ペスカ達が、大陸で反フィアーナ派の思惑を潰す事で、彼らの尻尾を掴もうと考えていた。
 ただし、女神ミュールにとっても失うものは大きい。眷属が闇に落ちる事で、自らの力が奪われる。そして自分は関与出来ずに、統治する大陸が蹂躙されるのを、ただ見ている事しか出来ない。
 
 そして予想以上の速さで、ロメリアの分霊体は神々の力を吸収し、黒い澱みは拡大の一途を辿っている。
 新たな邪神の復活。それは、混乱を加速させる。どこまでが、反フィアーナ派の思惑かはわからない。ただ、現状差し迫っているのは、ドラグスメリア大陸の危機であった。

「まぁそれが、神々の中で起きてる現状だよ。あんたは何れにしても重要な鍵なんだよペスカ」
「ふ~ん。何と無くは理解したけどさ。結局、反フィアーナ派って、文明を進歩させる事が目的なんでしょ? 何で話し合いで解決しようとしないの?」
「フィアーナの奴は、未だに話し合いが成立するって考えてるようだね。そもそも力の差が有り過ぎて、あたしら原初の神と奴らじゃ、話し合いになんてならないさ」
「それは、意見を聞いてあげない原初の神々が悪いんじゃない? フィアーナ様は、対話を望んでるんでしょ?」
「馬鹿だねあんた! あれだけの事をしておいて、罰も無しなんて出来ると思うのかい?」
「それは現状の問題でしょ? こうなった原因の事を言ってんの!」
「あんたさぁ、異界に行ったならわかんだろ? 文明の進歩は星の破壊を速めるんだよ。そうしない様に、あたしらは世界を調整してんのさ。新たに星を誕生させて、生物が暮らせるようにする迄に、どれだけ苦労が有ると思ってんだい! わかっちゃいないんだよ、あいつ等はさぁ!」
  
 風の女神は、捲し立てる様に言い放った。しかし、ペスカと冬也は釈然としない表情を浮かべていた。
 原初の神々、反フィアーナ派、両派閥に納得がいかなかった。
 
 生前のペスカは、人としてエルラフィア王国に生を受けた。大切な家族や知人が、神の勢力争いに巻き込まれて、死んでいった。そう考えるだけで、腹が立つ。

 何故、人が生きる理由を簡単に奪うのか。
 何が神だ。人と何も変わらないでは無いか。
 戦争が起きれば、先に死ぬのは国のお偉いさんでは無い。兵や市民達だ。
 神が諍いを起こして犠牲になるのは、地上で暮らす生き物だ。

 対話をする事が、そんなに難しい事なのか。
 一方的なものの見方が、必ずしも正しい答えを導くとは限らない。様々な意見があるからこそ、正しい選択が出来るのではないか。
 対話し意見を擦り合わせる事で、より正しい方向を見出すのではないか。
 
 意見を取り入れる事が、そんなに大変な事なのか。
 人間という同じ種族でさえ、様々な考えを持つ者が居る。人間以外に、亜人や魔獣の様に意思を持った者が居る。
 キャットピープルのエレナ、ゴブリンのズマ、サイクロプスのブル、ドラゴンのスール。全て種族は違う。だが、そこに対立があるのか。
 理解し合う事で、融和が生まれるのではないか。
 
 一番大切なものは、何なのか。星の命か、生物か、それとも神自身か。
 こうして争う事で、核心を見失っているのではないか。
 我が物顔で、世界を操る原初の神々。自分の意見を通す為に、混乱を起こす反フィアーナ派。
 両勢力に納得がいかない。納得がいくはずが無い。

「わかってないのは、お互い様だと思うよ。ねぇ、お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「あぁ、そうだな。お互い様だ。喧嘩すんなら、他人に迷惑かけねぇようにしろ! ガキじゃあるまし、何が神だ馬鹿野郎! てめぇらの喧嘩でどれだけの人が死んだと思ってやがる。どれだけの魔獣が死んでると思ってやがる。生き物は、てめぇらのおもちゃじゃねぇんだよ」

 冬也は静かに怒っていた。目的の為に手段を選ばない、傍若無人な神々のやり方。これでは、理不尽に死んでいった者達は、浮かばれまい。

「私はどっちにも組する気は無いよ。この大陸から混乱を失くしたら。両派閥にお灸を据えてやらないといけないね」
「あぁ、たっぷりとな。土下座じゃ済まさねぇよ! どの道、ペスカに刃を向けるなら、相応の覚悟をしておけって事だ」

 風の女神は、目を見開いてペスカと冬也を見つめた。何を言っているのか、直ぐには理解出来なかった。
 神として永久の時を巡って、初めて聞いた人間からの反逆であった。

「あんたら、舐めてんのかい? 半神風情が調子に乗るんじゃないよ!」
「それは、あんただよ風の姐さん。人間を舐めんじゃねぇよ!」
「そうだよ。あんまり油断してると、痛い目に遭うよ。特に私に手を出したら、お兄ちゃんが黙ってないよ。三倍返しのお仕置きだよ!」
 
 冬也はドスの利いた声で、風の女神を威嚇する。ペスカは明るい口調であったが、目が笑っていない。

 風の女神は、更に驚きを感じた。
 明確に敵意を向けて来たのは、純粋な神では無い。ただ神の血が流れるだけの半神。人間の中で英雄視され、神格を得た現人神。
 
 神以外にまともな敵意を向けられた事は無い。それだけに風の女神は、二人の半神に少し興味が湧いた。
 もしかすると、新たに神の座に加えられたこの未熟者達は、今まで無かった風を運んでくるのかも知れない。

「面白い」

 風の女神の口から、つい零れた言葉。そして、険の有る表情から、元の優し気な顔立ちに戻る。知らず知らずのうちに、風の女神は笑みを浮かべていた。

「良いよ。あんたらの行く末を、あたしが見届けてやるよ」
「じゃあ、風の姐さんもお手伝いよろしくね」
「しっかりと、働いてもらわねぇとな」

 風の女神の言葉に、ニヤリと笑うペスカと冬也。
 
「何だか、嫌な予感がするねぇ。何をさせようってんだい?」
「簡単な事だよ。ここで倒れてる魔獣達を癒してあげてよ。私とお兄ちゃんは、頑張りすぎて疲れてるんだよ。それにこれから北に向かわなきゃいけないしね」
「あ、あぁそれ位なら任せときな」

 風の女神は頷くと、体内の神気を高める。
 そして光が溢れる。その光は、暴れていた四体の魔獣を始め、巨人達、ミューモを包んでいく。深い傷は癒え、朽ちた内臓は修復される。
 巨人達は目を覚まし、失われたミューモのマナも回復した。
 
「さて、やる事はやったよ。これからは、あんたらの番だ。見せてもらうよ」

 まるでペスカ達を見定めようとするかの様に、風の女神の目が輝く。
 大陸西部の混乱を鎮めたペスカ達が次へ向かうのは、黒いスライムが溢れる大陸北部。新たな戦いが、ペスカ達を待ち受けようとしていた。