冬也の神剣、ペスカの光刃、そして女神の中から溢れる光。三つの同時攻撃を受けて、邪神は完全に消滅した。

 邪神の消滅を確認すると、スールは力が抜けた様にへたり込む。そして、ペスカと冬也は、同時に深く息を吐いた。
 ペスカは首と肩を回しながら、冬也の場所まで歩いていく。
 
 やがて、女神の体に神々しい光が漲っていった。それは、まごう事無き女神の神気。
 女神が纏う神気は、とても暖かく慈愛を感じさせる。美しい容姿に浮かぶ穏やかな笑みは、優しげな雰囲気を醸し出す。
 そして、ゆっくりと女神の口が開かれた。

「あんたらねぇ。逃げてって言ったのに、何してんだい! 危ない事をしてんじゃねぇっての!」

 優しげな容姿と裏腹に、その口から放たれた言葉は、ドスが利いていた。凄みの有る声色に、ペスカと冬也は目を剥いた。

「あぁん? 何を呆けてんだい? 助けてやったんだよ。礼くらいしたって良いんじゃないかい?」

 まるでごろつきの様に、睨め上げながら、女神は冬也の眼前まで近づいた。

「どこの誰だか知らないけどさぁ。あたしに迷惑かけんなってのよ。ってあんた、よく見りゃフィアーナの息子じゃないかい? 馬鹿だね、先にそれを良いな!」

 女神は冬也をしげしげと見ながら、吐き捨てる様に言う。言葉を続けようとした女神だが、冬也がそれを遮った。

「疲れてるから、見逃してやろうと思ったけどよ。てめぇ何様だこらぁ! 助けてやったのは、こっちだろうが! あんな小物に体を乗っ取られるなんて、随分と弱いんだな原初の神ってよ!」
「聞き捨てならないねぇ! あんた半神の分際で、あたしに喧嘩売ろうってのかい? 良いじゃないか、買ってやるよ。かかってきなぁ!」

 まるで仇敵の様に、激しく視線がぶつかり合い、冬也と女神は一色即発の雰囲気になる。そして、互いの体から神気が膨らみ始める。
 遠くで巨人を庇う様に立ち塞がっていたミューモは、震え上がる様に縮こまる。スールから冷や汗が流れる。
 そんな様子に、ペスカは深い溜息をついて、冬也と女神の間に割って入った。

「お兄ちゃん、状況を考えて。ここには倒れてる魔獣達がいっぱ居るんだよ」

 冬也はペスカの言葉で、すぐさま神気を抑える。ペスカは、冬也を叱りつけた後、女神に視線を向ける。

「女神様。こっちも色々状況を察した上で、行動してるんです。文句を言われる筋合いは無いですよ。そもそも、邪神を止めきれずに魔獣を暴走させたのは、そちらですよね。感謝されこそすれ、そんな暴言を吐かれる謂れは無いですよ」

 ペスカの言葉は尤もなのだ。邪神を抑えきれずに、魔獣の洗脳を許した。そして、大陸西部は四体の魔獣により、甚大な被害を出した。 
 ペスカ達の到着が少しでも遅ければ、巨人族は滅亡していたかもしれない。ミューモは闇に落ち、そのまま世界を破壊したかもしれない。
 
 女神は神気を抑えて、少し俯いた。そして、静かに口を開く。

「悪かったね。無謀なガキ共かと思ったけど、そうじゃ無かったみたいだね。ありがとうね」

 そう言うと、女神は少し頬を赤らめながら、そっぽを向いた。打って変わったしおらしい態度に、ペスカは思わず呟いた。

「何この人、ツンが強めのツンデレ姐さん?」

 女神は少し眉根を寄せて、ペスカの言葉に反応する。
 
「何だい? そこはかとなく馬鹿にされてる気がするねぇ!」
「いや、そんな事ないですよ、姐さん」
「あたしには、ゼフィロスって名前が有るんだよ! 変な呼び方するんじゃないよ! 風を司る神なんだよ。馬鹿にしたらただじゃおかないよ!」

 唾を飛ばす勢いで、怒声を上げる女神。しかし、ペスカと冬也はあっけらかんとしていた。

「じゃあ、風の姐さんだな。俺は冬也だ、よろしくな。さっきは悪かったな」
「あんた! あたしの話しを聞いてたのかい?」
「風の姐さん、私はペスカ。改めてよろしくね」
「そっちの娘は、多少まともかと思ったけど、そうでもないのかい?」
 
 風の女神は溜息をついた。だが、その表情からは怒りは消えていた。

 チッ、何だって言うんだい。礼なんて柄じゃないっての。まぁ確かに助かったけどね。あのままじゃ、流石にヤバかったのは、確かだよ。
 でも、そんな素直に礼が言えたら、苦労はねぇっての。そもそも何だいあいつ。あたし相手に怯まないなんて。やるじゃないのさ。
 フィアーナは良い息子を持ったね。っていやいや、認めてなんかいないんだからね。それにあの娘、馴れ馴れしいったらないよ。姐さんなんて、まぁ悪くはないね。
 
「うん、何か色々と葛藤してるね。風の姐さん」
「そうだな。これだけ表情に出る奴は、珍しいな」

 女神の顔は、赤くなったり顰めたりと、百面相をしている。ペスカと冬也は思う、この女神は嘘をつけないタイプだと。

「何だい! あたしの顔を見て、にやけるんじゃないよ!」
「いや、姐さんって良い女神なんだなって思ってたの。可愛いね!」
「ば、馬鹿な事を言ってんじゃないわよ! 変な事を言うと、はったおすよ」
「あんた、結構めんどくせぇ奴だな」 
「うっさいね、何がめんどくさいよ!」
「そんで姐さんは、なんであんな所に引き籠ってたんだよ」

 冬也の言葉で、女神の表情は途端に曇る。憂いた様な表情は、何を思い出したのか。そして表情は、少しずつ変化する。歯噛みをし、顔を引き攣らせ、終いに女神からは一切の笑顔が消える。

 そして女神は暫くの間、口を閉ざしてた。
 
 女神の硬い表情を察し、ペスカと冬也は口を噤んだ。女神の表情が意味するのは、事情を話す事を頑なに拒んだ山の神と、関連があるのだろう。
 大陸東部で起きる異変、それはたかが分霊体が起こす域を超えている。単なる邪神の復活とも、明らかに異なる規模に感じる。今はペスカ達の結界により、どうにか拡大を防いでる状態だが、既に広がった異変は大陸全土を侵しつつある。
 魔獣達に影響を及ぼし、やがては大陸を超えて世界中に混乱が広がるだろう。

 そして目の前には、真相を知るだろう女神が一柱。数分間の沈黙の後、女神は静かに再び口を開く。
 
「私達は、嵌められたんだよ。反フィアーナ派の連中に」

 反フィアーナ派、それはペスカと冬也が初めて聞く言葉であった。ゆっくりと女神の口から語られる言葉に、ペスカと冬也は世界で起きる真実を知る。