神の協議会で、ペスカと冬也は神の一員に認定された。それが幸運な事なのかは、いざ知らず。
ドラグスメリア大陸の支配地とする豊穣の女神ミュールは、邪神ロメリアの残滓を示唆した。その処理に、ペスカと冬也を指名したのであった。
二人は、更なる混乱に巻き込まれようとしていた。
ロイスマリアに存在するあらゆる神が集まる、神々の協議。訳もわからず連れて来られたペスカは、発言権を認められるはずも無く、ただ漠然とその場に立ち尽くし、現実逃避していた。
良かった事と言えば、冬也が暴れ出さなかった事だろう。ペスカ以上に、状況を全く理解して無い冬也は、立ちながら器用に寝ていた。
冬也が目を覚ましたのは、ペスカに激しく揺さぶられてからであった。
「いや、だから。どういう事なんです? ロメリアの遺産って」
「ペスカと言ったわね。黒いドラゴンって見た事はあるわよね?」
「はい。以前、エルラフィア王国に攻めてきました」
「あれのせいで、ドラグスメリアの支配構造と、生態系が変わろうとしているの」
「ミュール様、何で今更?」
ペスカが声を荒げるのも、仕方の無い事であった。命がけでロメリアを消滅させたのに、他の大陸で残滓が有ったと言われたのだから。
ロメリアを始めとした、混沌の神々に先手を取られ続け、対応に追われた神々が気が付いた頃には、ドラグスメリアで悪意の種が育っていた。
ドラゴンを頂点とした、秩序ある魔獣の世界は、音を立てて崩れようとしている。
力こそ正義のドラグスメリア大陸で、生まれようとする新たな秩序は、大陸で生きる者達の生命を脅かそうとしている。
このまま放置をすれば、ドラグスメリア大陸で、知性の有る魔獣は消えうせ、モンスターの闊歩する大陸になるだろう。だが、神々が過度の干渉をする事は許されない。
そこで女神ミュールは、ペスカと冬也に目を付けた。
神の一員に選ばれたとは言え未だ半神と人間であり、完全な神となった訳では無い。地上に与える影響は、小規模に抑えられるだろう。
二人はロメリアと深い因縁を持ち、人間を遥かに超える力を備えている存在である。騒動の決着をつける上で、これ以上の存在はなかろう。
「ってな訳で、あなた達くらいしか、いないのよ」
「いやいや、ミュール様。いるでしょ! 頂点にエンシェントドラゴンってのが!」
彼の大陸には、エンシェントドラゴンが住むのだ。エンシェントドラゴンは、単に生態系の頂点として存在している訳ではない。神の代行者として、様々な任務を行っている。
また、大地母神の一柱である女神ミュールには、眷属の神々が存在している。単なる残り滓を掃除するだけなら、戦力としては充分のはずだ。
それなのに、自分達へ依頼が来たという事は、それなりの問題になっている可能性が高い。ミュールが言った、支配構造と生態系の変化。それがどのレベルまで深刻なのかは、見当もつかない。ただ、切羽詰まった状態には、間違いは無かろう。
「あの子達には、連絡が取れないのよ。だから、それも含めて神の代理として地上の調査を行いなさい」
「待てよ、ちびっ子。駄々こねんじゃねぇ。それは、あんたの仕事だろ?」
「あぁ? 冬也、ごらぁ! てめぇ、今なんて言った?」
「ちびっ子が気に食わなかったか? ごめんな。そうだよな。まだ子供なのに、頑張ってんだよな」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか!」
「まあまあ、ミュール様。そんなに怒らないで下さい。ってか、そっちが本性?」
「それよりもだ。ロメリアの残滓には気をつけろって、どういう事だよ!」
「あぁ、それ! 私も聞きたい!」
問題は、冬也が何故ミュールを怒らせているのかでは無い。女神セリュシオネが放った言葉に有る。
残滓とは上手く言ったものだ。何を持って残滓と呼ぶのか。感じ取った神気が極めて低いから、残滓と呼ぶのか? それならば、メルドマリューネで砕いたロメリアの神格も、グレイラスやアルキエルの神格と比べれば、かなり小さかった。
それ位は、神という存在に明るくないペスカと冬也にもわかる。
それに、黒いドラゴンがエルラフィア王国の首都リューレに現れたのは、まだ帝国との小競り合いは起きていなかった。
もし、これがロメリアの仕業と言うなら、ラフィスフィア大陸と同時期にドラグスメリア大陸も侵攻されていた事を意味する。
無論これを、大陸の生態系が壊れるまで放置していたのは問題だ。それ以前に、ロメリアは『どうやって二つの大陸を同時に攻略しようとしていたか』が問題だ。
「君達の世界で言う分け御霊で、理解が出来るかな?」
「セリュシオネ様? まさか、ロメリアは神格を分けて、ドラグスメリアも攻めてたって事ですか? 現実に有り得るんですか?」
「そうとしか考えられないね。君達が砕いた神格は、小さすぎる。如何にロメリアが悪意の集合体であったとしても、その核が小さいのではあそこまでの力は出せない」
「と言うと、ドラグスメリアを侵攻している分け御霊に、本体を移して逃げたって事ですか?」
「あくまでも可能性の一つだけどね」
「いやいや、可能性って。早く、何とかして下さいよ」
「だから、それを君達にお願いしているんだよ」
次にペスカは、女神フィアーナに視線を送る。その瞬間、気まずそうに女神フィアーナは、視線を逸らした。
「フィアーナ様。私達を神の一員にするってよりも、こっちを議題に上げるべきだったんじゃないですか?」
「ごめんね、ペスカちゃん。私も初耳なの」
「呑気だなぁ、お袋。だから、糞野郎に良いようにやられるんじゃねぇか?」
「お兄ちゃんの言う通りだよ!」
「ほら、私達だと地上に影響を及ぼすから、直接の干渉は出来ないのよ」
「いやそれなら、私達がドラグスメリアに行くのも、不味いんじゃないですか?」
「そんな事無いわよ。平気よ」
説得力が無い言葉とは、こういう事を言う。
地上に影響を及ぼすと言っておいて、地上で起きる問題を解決させ様と言うのだ。どうしてそんな、あっけらかんとした態度が取れるのだ。
周囲を見渡せば、面倒事には関わらないとばかりに、神々の多くが姿を消していく。「何て無責任な」という言葉を敢えて呑み込み、ペスカはこの場に残った女神達を睨んだ。
「まぁ、でも仕方ねぇよ。糞野郎が未だ生きてるかも知れないってんなら、今度こそ確実にぶっ飛ばさなきゃいけねぇし」
「お兄ちゃん……。確かにそうだけどさ。わかってる? 場所はドラグスメリアなんだよ?」
「ペスカ。兄ちゃんはよくわかんねぇよ」
「あのさ、お兄ちゃん。ドラグスメリアがどんな所かわかってる?」
「知らねえよ。無茶言うな」
「文明レベルが超低いんだよ。安全な旅なんて無理なんだよ」
「そりゃあ大変だな、ペスカ」
「食事とかお風呂とか、トイレとかどうするつもりなの?」
「そんなの、サバイバルの一種じゃねぇか。ガキの頃に親父が、密林に俺達を置き去りにしたのを、忘れたのか? それに魔法があれば、なんとでもなるだろ」
冬也は、それでも良いのだろう。だが、ペスカは日本での安全な生活を知ってしまった。しかも、ここまでの旅で野宿は殆どしていない。多くの時間は、ペスカの作った車で過ごしていたのだ。
「話が纏まったようだね」
「いやいや、セリュシオネ様。纏まってないよ!」
「うだうだ言ってねぇで、早く行きやがれ!」
「ミュール様は、もう取り繕わないんですね?」
「じゃあ、頑張りな!」
女神ミュールが手を叩くと、ペスカと冬也が光に包まれた。
「いや、ちょっと。ちょっと待って、ミュール様?」
焦るペスカに、他の女神から声がかかる。
「ペスカちゃん、冬也君。期待してるわよ」
「いやいや、フィアーナ様。他人事みたいに言わないで」
「ペスカちゃんとダーリン。私から助っ人送るから、待っててね」
「助っ人とか要らないから、ミュール様を止めて!」
そしてペスカと冬也は光と共に消えていく。
「ちょっと待って! 準備とかさ! そういうの有るでしょ!」
ペスカの声が神の国に、悲しく響き渡っていた。
ドラグスメリア大陸の支配地とする豊穣の女神ミュールは、邪神ロメリアの残滓を示唆した。その処理に、ペスカと冬也を指名したのであった。
二人は、更なる混乱に巻き込まれようとしていた。
ロイスマリアに存在するあらゆる神が集まる、神々の協議。訳もわからず連れて来られたペスカは、発言権を認められるはずも無く、ただ漠然とその場に立ち尽くし、現実逃避していた。
良かった事と言えば、冬也が暴れ出さなかった事だろう。ペスカ以上に、状況を全く理解して無い冬也は、立ちながら器用に寝ていた。
冬也が目を覚ましたのは、ペスカに激しく揺さぶられてからであった。
「いや、だから。どういう事なんです? ロメリアの遺産って」
「ペスカと言ったわね。黒いドラゴンって見た事はあるわよね?」
「はい。以前、エルラフィア王国に攻めてきました」
「あれのせいで、ドラグスメリアの支配構造と、生態系が変わろうとしているの」
「ミュール様、何で今更?」
ペスカが声を荒げるのも、仕方の無い事であった。命がけでロメリアを消滅させたのに、他の大陸で残滓が有ったと言われたのだから。
ロメリアを始めとした、混沌の神々に先手を取られ続け、対応に追われた神々が気が付いた頃には、ドラグスメリアで悪意の種が育っていた。
ドラゴンを頂点とした、秩序ある魔獣の世界は、音を立てて崩れようとしている。
力こそ正義のドラグスメリア大陸で、生まれようとする新たな秩序は、大陸で生きる者達の生命を脅かそうとしている。
このまま放置をすれば、ドラグスメリア大陸で、知性の有る魔獣は消えうせ、モンスターの闊歩する大陸になるだろう。だが、神々が過度の干渉をする事は許されない。
そこで女神ミュールは、ペスカと冬也に目を付けた。
神の一員に選ばれたとは言え未だ半神と人間であり、完全な神となった訳では無い。地上に与える影響は、小規模に抑えられるだろう。
二人はロメリアと深い因縁を持ち、人間を遥かに超える力を備えている存在である。騒動の決着をつける上で、これ以上の存在はなかろう。
「ってな訳で、あなた達くらいしか、いないのよ」
「いやいや、ミュール様。いるでしょ! 頂点にエンシェントドラゴンってのが!」
彼の大陸には、エンシェントドラゴンが住むのだ。エンシェントドラゴンは、単に生態系の頂点として存在している訳ではない。神の代行者として、様々な任務を行っている。
また、大地母神の一柱である女神ミュールには、眷属の神々が存在している。単なる残り滓を掃除するだけなら、戦力としては充分のはずだ。
それなのに、自分達へ依頼が来たという事は、それなりの問題になっている可能性が高い。ミュールが言った、支配構造と生態系の変化。それがどのレベルまで深刻なのかは、見当もつかない。ただ、切羽詰まった状態には、間違いは無かろう。
「あの子達には、連絡が取れないのよ。だから、それも含めて神の代理として地上の調査を行いなさい」
「待てよ、ちびっ子。駄々こねんじゃねぇ。それは、あんたの仕事だろ?」
「あぁ? 冬也、ごらぁ! てめぇ、今なんて言った?」
「ちびっ子が気に食わなかったか? ごめんな。そうだよな。まだ子供なのに、頑張ってんだよな」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか!」
「まあまあ、ミュール様。そんなに怒らないで下さい。ってか、そっちが本性?」
「それよりもだ。ロメリアの残滓には気をつけろって、どういう事だよ!」
「あぁ、それ! 私も聞きたい!」
問題は、冬也が何故ミュールを怒らせているのかでは無い。女神セリュシオネが放った言葉に有る。
残滓とは上手く言ったものだ。何を持って残滓と呼ぶのか。感じ取った神気が極めて低いから、残滓と呼ぶのか? それならば、メルドマリューネで砕いたロメリアの神格も、グレイラスやアルキエルの神格と比べれば、かなり小さかった。
それ位は、神という存在に明るくないペスカと冬也にもわかる。
それに、黒いドラゴンがエルラフィア王国の首都リューレに現れたのは、まだ帝国との小競り合いは起きていなかった。
もし、これがロメリアの仕業と言うなら、ラフィスフィア大陸と同時期にドラグスメリア大陸も侵攻されていた事を意味する。
無論これを、大陸の生態系が壊れるまで放置していたのは問題だ。それ以前に、ロメリアは『どうやって二つの大陸を同時に攻略しようとしていたか』が問題だ。
「君達の世界で言う分け御霊で、理解が出来るかな?」
「セリュシオネ様? まさか、ロメリアは神格を分けて、ドラグスメリアも攻めてたって事ですか? 現実に有り得るんですか?」
「そうとしか考えられないね。君達が砕いた神格は、小さすぎる。如何にロメリアが悪意の集合体であったとしても、その核が小さいのではあそこまでの力は出せない」
「と言うと、ドラグスメリアを侵攻している分け御霊に、本体を移して逃げたって事ですか?」
「あくまでも可能性の一つだけどね」
「いやいや、可能性って。早く、何とかして下さいよ」
「だから、それを君達にお願いしているんだよ」
次にペスカは、女神フィアーナに視線を送る。その瞬間、気まずそうに女神フィアーナは、視線を逸らした。
「フィアーナ様。私達を神の一員にするってよりも、こっちを議題に上げるべきだったんじゃないですか?」
「ごめんね、ペスカちゃん。私も初耳なの」
「呑気だなぁ、お袋。だから、糞野郎に良いようにやられるんじゃねぇか?」
「お兄ちゃんの言う通りだよ!」
「ほら、私達だと地上に影響を及ぼすから、直接の干渉は出来ないのよ」
「いやそれなら、私達がドラグスメリアに行くのも、不味いんじゃないですか?」
「そんな事無いわよ。平気よ」
説得力が無い言葉とは、こういう事を言う。
地上に影響を及ぼすと言っておいて、地上で起きる問題を解決させ様と言うのだ。どうしてそんな、あっけらかんとした態度が取れるのだ。
周囲を見渡せば、面倒事には関わらないとばかりに、神々の多くが姿を消していく。「何て無責任な」という言葉を敢えて呑み込み、ペスカはこの場に残った女神達を睨んだ。
「まぁ、でも仕方ねぇよ。糞野郎が未だ生きてるかも知れないってんなら、今度こそ確実にぶっ飛ばさなきゃいけねぇし」
「お兄ちゃん……。確かにそうだけどさ。わかってる? 場所はドラグスメリアなんだよ?」
「ペスカ。兄ちゃんはよくわかんねぇよ」
「あのさ、お兄ちゃん。ドラグスメリアがどんな所かわかってる?」
「知らねえよ。無茶言うな」
「文明レベルが超低いんだよ。安全な旅なんて無理なんだよ」
「そりゃあ大変だな、ペスカ」
「食事とかお風呂とか、トイレとかどうするつもりなの?」
「そんなの、サバイバルの一種じゃねぇか。ガキの頃に親父が、密林に俺達を置き去りにしたのを、忘れたのか? それに魔法があれば、なんとでもなるだろ」
冬也は、それでも良いのだろう。だが、ペスカは日本での安全な生活を知ってしまった。しかも、ここまでの旅で野宿は殆どしていない。多くの時間は、ペスカの作った車で過ごしていたのだ。
「話が纏まったようだね」
「いやいや、セリュシオネ様。纏まってないよ!」
「うだうだ言ってねぇで、早く行きやがれ!」
「ミュール様は、もう取り繕わないんですね?」
「じゃあ、頑張りな!」
女神ミュールが手を叩くと、ペスカと冬也が光に包まれた。
「いや、ちょっと。ちょっと待って、ミュール様?」
焦るペスカに、他の女神から声がかかる。
「ペスカちゃん、冬也君。期待してるわよ」
「いやいや、フィアーナ様。他人事みたいに言わないで」
「ペスカちゃんとダーリン。私から助っ人送るから、待っててね」
「助っ人とか要らないから、ミュール様を止めて!」
そしてペスカと冬也は光と共に消えていく。
「ちょっと待って! 準備とかさ! そういうの有るでしょ!」
ペスカの声が神の国に、悲しく響き渡っていた。