ペスカと冬也を救い出した翔一は、二人を見るなり大声を張り上げる。
 
「二人共、どうしたの? 何が有ったの?」
「あの糞野郎に、やられたんだよ」

 冬也の言葉を聞いて、翔一は理解した。
 あれだけの爆発があったのだ。そして、妙な場所に取り残されていたのだ。ロメリアの攻撃で、生死の境を彷徨っていてもおかしくはない。
 だから冬也の神気はあんなにも弱々しく、直ぐに探し当てるが出来なかったのだ。ペスカの顔色も良くはない。

 実際、ペスカは慣れない神気をコントロールしたのだ。慣れない力を使った後では、マナを扱う事さえ難しかったであろう。しかし、冬也の命を救う為に、無理をしてマナを使用した。
 元々、碌な治療が出来る状態ではない。全てのマナを冬也の治療に使い、自分の治療は余り出来なかった。
 マナが枯れた上に傷が癒えない状態では、立つ事さえ難しかったであろう。冬也から神気を貰わければ、意識を失っていた可能性さえある。
 
 そこそこ長い付き合いになる。二人の状態は、見ればわかる。そして翔一には、不安がよぎる。
 当然、このまま邪神の下へ行くのだろう。しかし今の二人が、あの強大な相手に立ち向かうのは、幾ら何でも無謀過ぎる。

 このまま二人を行かせては、同じことを繰り返すだけだ。今は、空が時間を稼いでいる。幾ら空でも、邪神と長時間対峙するのは不可能だろう。
 クラウスは、まだ車の中で意識を失っている。しかし、車を覆っていた瓦礫は退けたんだ、動かす事は出来るはず。空を回収する事が出来れば、この場から撤退する事も可能かもしれない。

 二人は嫌がるはずだ。反対するはずだ。それでも、生き延びれば、次の手を打てるはず。二人がちゃんと回復してからでも、決着は遅くはないはず。
 翔一が決意を込めて言葉を吐こうとした瞬間、冬也は拳を突き出した。
  
「俺なら大丈夫だ。戦える。あいつと決着つけなきゃな」
「翔一君、私もお兄ちゃんも大丈夫だから、心配しないの」

 明らかに無理をしている事など、誰が見てもわかる。治療しても尚、深い傷跡が残っているのだ。
 これ以上は、無理をさせられない。この二人さえいれば、何とかなるのだから。最悪の場合は、自分が犠牲になってもいい。

「馬鹿な事を言うな! ふざけるな! そんな体で戦えるもんか! 僕が行く! 僕が戦う!」

 一番長い付き合いの冬也でさえも、初めてだったろう。翔一が、声を荒げた所を見たのは。だが冬也は、静かに首を横に振った。

「それこそ、無理だ」
「何でだよ! 何で! 僕は親友を失いたく無い! 君達は行かせない! 今なら、逃げられるんだ! ちゃんと回復してからでも遅くはないだろ! 撤退するんだ! その時間は、僕が稼ぐから!」

 翔一は大声を張り上げ、空の下へ歩き出そうと踏み出す。しかし、翔一の手をペスカが掴んで止める。

「間違えないで、翔一君! 私達は負けない! あいつを倒すの。わかる? 死ぬのはあいつで、私達じゃない」
「そうだ、翔一。安心しろ。あいつをぶっ飛ばして、日本に帰ろうぜ」

 いつに無く真剣なペスカ、冬也の泰然とした笑顔。二人の表情を見て、翔一は俯いて呟く事しか出来なかった。
 
「僕が、君達みたいに強ければ! ちゃんと守れたのに! くそっ、くそっ!」
「いや、充分だ翔一。お前がいなければ帰って来れなかった、ありがとう」
「そうだよ翔一君。ヒーローは胸を張らなきゃね」

 ペスカと冬也は痛む体を引き摺り、ロメリアと対峙する空の下へ走る。翔一は、二人を追いかけ走り出した。

 ☆ ☆ ☆

 ロメリアは、空の力をちゃんと認識すべきだった。
 何の才も無い小娘と思い込んだせいで、自分の力が打ち消された理由を理解できていない。
 
 どれだけ神気をぶつけても、空のオートキャンセルが、全て打ち消してしまう。混乱し、正確な判断力を失くす。
 まさしく、負のループにロメリアは陥っていた。
 
「ぎざまば、なんなのだ! なんなんだぁああ!」

 無造作に繰り出されるロメリアの攻撃。剣を振っても、邪気を飛ばしても、神気を飛ばしても、殴りつけても、何も通じない。
 ロメリアは、喚き散らした。

「あ゛~! くそっ、くそっ、なんだぁ! なんなんだぁ!」

 空は冷めた目でロメリアを見ると、冷たく言い放った。

「あなた、神様っていっても、予想以上に頭が悪いのね。私は、あなたが日本でやらかした時の被害者よ」
「にぃ~ほぉ~ん~! なんだぁ、それ?」
「人間なんて、あなたにとっては、どうでも良いのかも知れないわね。あなたのせいで、クラスメイトが傷ついた。あなたのせいで、この世界の人達が沢山死んだ」

 空の言葉に怒気が混じり始める。しかしロメリアは、目の前の小娘は何をほざいているのかと、理解する気も無かった。

「だがら、なんだぁ~! 僕には関係ないだろぅ」
「関係無い? 馬鹿な事、言ってんじゃ無いわよ!」
「僕の邪魔をずるだら、誰であろうと殺す、ごろぉ~すぅ。クソガキ共は殺しだぁ! お前も殺すぅ!」
「はぁ? クソガキって誰の事よ? ペスカちゃんも冬也さんも、ちゃんと生きてるわよ」
「ぐぁあああああ~!」

 ロメリアは、怒りの余り咆哮し、神気が最大限まで膨れ上がる。纏った瘴気は、周囲をあっと言う間に腐敗させていく。
 無事なのは空だけである。だが、流石の空でも力の差に押される。空のオートキャンセルが、ビリビリと音を立てて震える。そして、一部に亀裂が入り始める。

 これまで、大量のモンスターを倒し続けて来た。その上、度重なる神の攻撃に耐えて来た。
 既に空は限界は超えて、マナを使っている。その限界は、能力にも影響を与える。

 ロメリアは膨れ上がった神気を、そのまま空に放つ。邪悪な神気を打ち消せず、オートキャンセルが完全に破壊される。
 それはロメリアにとって、ようやく訪れた終わりの時間。空は迫る邪悪な神気に、死を覚悟した 
 だが、空にロメリアの神気がぶつかる事は無かった。

「待たせたな、空ちゃん。よく頑張った」

 空の頭を撫でる優しい手。振り返ると同時に、空は意識を失った。

「翔一、空ちゃんを頼む。車が無事なら入ってろ。直ぐにケリをつける。行くぞペスカ」
「うん、お兄ちゃん」

 冬也は間一髪で、空に迫る邪悪な神気を切り裂く。そして、倒れかける空を抱きとめた。翔一に手渡すと、再び空の頭を優しく撫でた。

 ロメリアは、驚愕を隠せずにいる。
 殺したはずだ。あれだけの力で、全て消し飛ばしたのだ。死なないはずが無い、何故生きている。
 ロメリアは理解が出来ない。その得体の知れない存在に、震えが止まらなかった。
 かつて味わった死の恐怖では無く、強者と相対した時の恐怖であった。
     
「決着つけようぜ、糞野郎」

 揺らぎ始めたロメリアの自信。決着の時は、すぐそこまで近づいていた。