かつてアンドロケイン大陸から訪れた二人の兄弟、兄クロノスと弟クラウスが、真っ向から向き合う。それは話し合い等の、穏魔法使いの戦い 中編やかな雰囲気では無い。命のやり取りが、始まろうとしていた。

 闘志をむき出しに、弟クラウスはマナを高める。無表情ながらも、兄クロノスは圧倒的なマナを開放し、瘴気を解き放つ。
 
「ロメリアの瘴気か……。先ずはそれを消し飛ばす!」

 瘴気はあっという間に広間を埋め尽くし、空間そのものを穢していく。瞬間的にクラウスは息を止める。そして、素早く呪文を唱えた。

「清浄の光よ来たれ! エラーリア!」

 魔法が発動した瞬間、広間の瘴気が消えていく。しかし、瘴気は直ぐにクロノスの体から溢れる。

「借り物の力は私には通じない」

 そう呟くと、クラウスは更に魔法へマナを籠める。すると、浄化の光は輝きを増し、広間全ての瘴気を消し去る。更に、溢れ出そうとする瘴気を、クロノスの体へと押し戻す。
 そしてクラウスは、大きく息を吸い込み次の呪文を唱えた。

「光刃爆撃!」

 数十の輝く刃がクロノスを襲う。それに対してクロノスは、魔法で障壁を張り軽々と刃を防いだ。続いて、クラウスが魔法を放つ。

「炎幕結界! 爆縮!」

 炎がカーテンの様に広間へ広がる。そして、徐々にクロノスを包み込む様に小さくなり、大きな爆発を起こす。
 だがその爆発は、クロノスの障壁を打ち破る事は出来ず、傷一つ負わせる事が出来なかった。

 それを見たクラウスは、少し口角を吊り上げる。それは、ロメリアに洗脳されながらも失われていない、兄の強さを感じたからであろう。
  
「だがな兄貴、守っているだけでは、私には勝てないぞ」

 言葉を返す事は無く、クロノスはただ手を振り上げて、呪文を唱える。

「炎弾。光弾」

 クロノスの周りに、数個の炎の塊と光の塊が現れる。そして炎の塊が、クラウスに向かって飛ぶ。炎の塊を、障壁を張ってクラウスが防ごうとした時に、クロノスが呟く様に唱える。

「霧散」

 自らが放った炎の塊を犠牲に、クラウスの障壁を打ち消す。そして時間差でクラウスを、光の塊が襲う。クラウスは真横に跳躍し、間一髪で光の塊を避けると叫んだ。

「光刃乱舞!」

 光の刃が、クロノスの周囲六ケ所に突き刺さる。続けて、クラウスは体勢を立て直しながら、呪文の詠唱を行った。

「戒めの鎖よ来たれ、邪なる者をここに封じよ」

 六ケ所に突き刺さった刃から、光が放たれて繋がり、さながら魔法陣の様に輝く。その光は、クロノスの体とマナを封じた。

「まともに戦うとでも思ったか? 兄貴のマナは、封じさせてもらう」

 クラウスは、体内のマナを一点に集中させる。

「流石の兄貴でも、障壁無しでこれを食らえば命が無いぞ」

 数秒間の溜めを行った後、クラウスは呪文を唱える。

「大気よ、その身を焦がせ! 圧縮、圧縮! 極限まで縮め! 爆裂!」

 クロノスを囲む光の中にある空気が、圧縮していく。縮みきった所で、力が一気に解き放たれ、爆発を起こした。爆発のエネルギーは外には広がらず、全てクロノスに力が引き寄せられていく。

 六ケ所で囲まれた光の中は、爆発で起こった力の奔流が出来上がる。だが、クラウスが命中を確信した時に、事は起こった。

 ウグッと悲痛な声を上げて、クラウスは膝を突く。背中は大きく切り裂かれ、一気に血が吹き出す。
 クラウスが振り向くと、そこにはクロノスが無傷のまま剣を持っていた。

「な、なんだ? 封じたはずだ」

 魔法陣に閉じ込めたはずなのだ。マナを封じて防御手段を消した、体を封じて逃亡手段も消した。なのに、なぜ背後にクロノスがいるのか。
 クラウスが魔法陣の方角を見やると、炭の様に固まった物体がある。それは、直ぐに崩れて消えうせる。

「まさか、身代わりでも使ったのか? いつの間に」
 
 クラウスに一瞬の隙が生じる。その隙をクロノスは逃さずに、剣を振るう。鋭く降り下ろされる剣を、クラウスは後方に跳躍して避けた。しかし、剣先からは光が迸り、更にクラウスを襲う。
 体を横に倒す様にし、ぎりぎりでクラウスは光の刃を避ける。ただ、クロノスの攻撃が一撃で終わるはずがない。

 クラウスの痛む背中からは、血が流れ続けている。治療する間を与えない、クロノスの怒涛の攻撃が続く。
 襲い来る光の刃のせいで、クラウスは呪文を唱えられない。流れる血と痛みは、クラウスの集中力を奪っていく。続けざまに振るわれる剣のせいで、クロノスの間合いに入れない。

 クラウスは徐々に追い詰められていく。

 圧倒的な力の差。そんな事は、もとより理解している。

 冬也と勝負をした時、クラウスは自ら魔法を禁じた。そこには油断が有った。だから冬也に敗北した。だがクラウスは、ペスカの弟子の中でも一番の魔法の使い手である。まともに勝負をすれば、あのシグルドでさえも手を焼く使い手なのだ。  
 
 たかが背中の傷一つで、クラウスが諦めるはずがない。

 クラウスは、クロノスとの距離を大きく取ると、障壁を張り飛んでくる光の刃を防いだ。そして、懐からアンプルらしき物を取り出した。
 アンプルの頭部を割り飲み干すと、クラウスの背中から流れる血が止まる。そして、呪文を唱えた。

「地に伏せろ。その身の重みは千倍に!」

 クラウスが重力を操り、反撃を仕掛ける。しかしクロノスは、たった一言だけ呟く。

「霧散」

 クラウスの魔法は、再び消え伏す。
 
「毒に沈め! その身を中から焼き尽くせ!」
「霧散」

 諦めずにクラウスが魔法を放つ。その魔法はクロノスによって、瞬間的に打ち消された。遠距離の攻撃手段は、クロノスに通じない。そう判断したのか、クラウスは素早く距離を縮めようと、足にマナを集めて床を踏みしめる。

「爆炎」

 クラウスの動きを察したクロノスは、素早く呪文を唱える。呟くと同時にクラウスの周囲に、大規模な爆発が巻き起こる。
 クラウスは、瞬間的に足に溜めたマナを使って、前方へ飛び出して爆発を避けた。そのままクラウスは剣を抜き、クロノスに突っ込む。

 しかし依然として、クラウスの周りには爆炎が広がっている。マナを纏わせた剣で炎を切り裂くと、クラウスはクロノスの目前に迫った。
 クロノスは動じずに、クラウスの剣を受け止める。鉄がぶつかる甲高い音がする。剣と共に、纏わせたマナがぶつかり合い、光が飛び散る。

 一歩も引けない剣戟での打ち合い。しかし、肉体での勝負すら、クロノスは力の差をみせる。
 クロノスが降り下ろす剣の速さは、クラウスの反応速度を遥かに超えていた。肉体強化を強めて、ようやくクラスはクロノスの剣に対抗する。しかし埋めようのない地力の差は、如何ともしがたくクラウスを攻め立てる。そしてじりじりと、クラウスは押されていく。
 
 追い詰められたクラウスは、無詠唱の魔法で一瞬の暗闇を作ると、懐に手を入れた。素早く薬瓶を数本取り出すと、床に投げつけて割る。次の瞬間、クラウスはクロノスと距離を取った。
 そして、床に叩きつけられた薬瓶は、煙を出しながら蒸発した。

 これは、クラウスが事前に用意していた、対抗手段の一つ。通常の魔法では、クロノスに打ち消されてしまう。その為、物理的な対抗手段を選んだ。

 ラフィス石は、マナを大量に蓄積できる性質を持ち、魔法道具の燃料として使われる事が多い。重要なのは、ラフィス石の持つ二つ目の特徴である。
 高温で融解すると液状となる、液状となったラフィス石は、空気に触れると霧状となり大気に溶け込む。

 これは液状にしたラフィス石に、マナの状態異常を起こさせる魔法を加えた薬品。魔法が溶け込んだ大気を大量に吸い込むと、マナのコントロールが難しくなる。即ち、魔法の精度が極端に落ちる。
 大気に溶け込んでいる為、魔法の発動を感知する事が難しい。気が付かず呼吸をしていると、自然と魔法が使えない状態になっていく。
 まさに、魔法工学が盛んなエルラフィア王国ならではの、化学兵器である。
 
 そして、少しずつではあるが、効果は表れる。クロノスの魔法構築速度が、遅れ始める。同時に威力も弱まっていく。

 クラウスは素早い動きで、クロノスの周りを走り回る。威力と制度が落ちているクロノスの魔法は、素早く走るクラウスに当たらない。
 狭域に威力を発揮する魔法は諦めて、クロノスは広範囲に影響を与える魔法を放つ。

 だが、それはクラウスの思う壺でもあった。魔法を放てば当然、マナは体内から失われていく。クラウスは、マナの制御を失わせると同時に、大量消費を促したのだ。

 クラウスは走り回りながら、懐からもう一つアンプルを取り出し、クロノスに投げつけた。クラウスが用意した、二つ目の対抗手段。これもエルラフィア王国ならではの、化学兵器である。
 気化した魔法を、呼吸器官から体内に取り入れる事で、威力を発揮する。多く吸い込めば、筋肉の萎縮と筋力低下、言わばALSの様な症状を起こさせる。

 ロメリアに感情を消され、戦う機械と化したクロノスは、気が付いていない。自分がじわじわと追い詰められている事を。
 圧倒的な力の差を覆す、クラウスの反撃が始まった。