モンスターの大軍を蹴散らしたケーリアとペスカ達は、王都民から喝采を送られた。
モンスターが王都を埋め尽くした時、誰もが死を想起させた。しかし、死の脅威は消え失せた。それは一時的な平和なのかもしれない。そして、自分達は勝利した。生きる事を勝ち取ったのだ。
ペスカ達に送られた喝采は、勝利の喜びである。
喝采を受けたペスカ達四人は、一様に疲れた表情を浮かべていた。食事もそこそこに、交代で仮眠を取るだけで、碌な睡眠も取らずに戦い続けて来たのだから。
自分達が倒したモンスターは、進路上にいる奴らだけ。この国のあちこちで、モンスターの被害に遭っている人々がいる。まだ終わりではない。
しかし、王都を囲む大軍を消滅させた事で緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが込み上げて来た。
結界を張り終えたペスカは、ケーリアに懇願する様に語りかける。
「ケーリア。悪いんだけど、部屋を三つ用意してくれない。ちょっと私たち休みたい」
「三つ? 四つではなく?」
「三つで良いの」
「承知しました。直ぐに用意させます」
ケーリアは少し首を傾げながらも了承し、官職達に指示を送る。直ぐに部屋は用意され、ペスカ達は部屋へと案内された。疲れが顕著に表れていたのは、空と翔一であろう。口を開く事なく、案内に従って歩いていく。
空、翔一と順番に部屋に入っていく。そして残りの一部屋は、ペスカと冬也が入っていった。空と翔一は、連日の疲れのせいか、頭が働いていない。流石の冬也も、気にする余裕が無かった。
部屋に入ると直ぐに、空と翔一はベッドに身を任せる。冬也も部屋に入るなり、ベッドに飛び込み直ぐに寝息を立て始める。そしてペスカは部屋に侵入防止の結界を張り、冬也に布団をかけるふりをして、同じベッドに潜り込んだ。
これは策士ペスカがもぎ取った、小さなご褒美であった。
同時にケーリアも、国王から休息を厳命されていた。軽い食事を取りながら、周りの従者達にあれこれと指示を送る。そして与えられた部屋に入り、ケーリアはベッドに身を預けた。
気持ちが荒ぶり、とても眠れる気がしない。しかし、本来なら動くはずの無い体を、無理に動かし戦ったのだ。体の疲れは既に限界を超えている。ケーリアは次第に眠りに落ちていった。
その後、ペスカ達は丸二日の間、眠っていた。
過酷な戦いを強いられて来たのだから、仕方が無いかも知れない。
王都に到着して四日目の朝、ベッドの上で目を覚ました空は、ぼ~っとし未だ覚醒しない頭を働かせていた。
「あれ? ここどこ?」
「う~ん、そう言えば、頑張ってモンスターをやっつけて、ボコボコ道を車で走って、王都に着いて。そっか、王都に着いたら、部屋に案内されて、直ぐ寝ちゃったんだ~」
「でも、何か忘れてる気がするんだけど。ん? あれ?」
「ペスカちゃん達は、どうしたのかな~? あれれ? いや、まさかね。まさかだけどね」
ベッドから飛び出し、空は部屋を出る。そして、たまたま廊下を歩いていた官職を捉まえて、問いただす。
「あの! ペスカちゃん、いや、私の友人はどこにいるんですか?」
慌てた表情の空を宥める様に、官職の男は問いに答えた。
「お目覚めになりましたか、お客人。お仲間は、隣の二部屋でまだお休みなさっている様です」
「あ、あの! 女の子がいましたよね! その子はどの部屋ですか?」
「ペスカ殿ですか? 確か兄上とご一緒に、部屋に入られたと聞いております」
その時ようやく空は悟った。
あの時の自分と翔一は、疲れて頭が働かなかった。まさか、そんな時を狙って来るとは思わなかった。確かにペスカの疲れもピークを超えてたはず。しかしその土壇場で、ペスカは勝ちをもぎ取った。
それならば何で冬也は、一緒の部屋を拒まなかったのか。いや、あの男の事だ、何も考えてなかったのだろう。
そして、同じベッドで寝ているのだ。
添い寝とか、添い寝とか~! 私だって、あんな事とかそんな事とか、キャ~!
空は冬也の腕の中で眠る自分を夢想し、少し顔を赤らめる。しかし、出し抜いたペスカには、叱らないと気が済まない。
「鉄拳制裁あるのみ!」
空は心の中で呟くと、力こぶを作りペスカの寝る部屋へ向かう。ペスカの部屋のノブを触ると、バチっと手が弾かれた。
「なっ! 結界? そこまでする~!」
空は大声を上げて、戸を叩くが、何度叩いても戸を叩く音がしない。
「防音までしてるって訳~? 良いじゃない、ペスカちゃん。私を怒らせたら、どういう目に合うか教えてあげる。フフフフフフフフ!」
ペスカ達の部屋の前で騒ぎ立てる空の周囲に、官職達が集まって来る。外が騒がしかったのか、翔一が目を擦りながら、部屋から出て来る。
「空ちゃん? 何してるんだい?」
「工藤先輩! 丁度良かった。この戸を破るの、手伝って下さい!」
「空ちゃん、物騒な事言わないで! 何が有ったの?」
「良いから早く! ペスカちゃんが冬也さんと添い寝で色々なんです~!」
空の一言で、全てを察した翔一は頭を抱えた。
面倒な事になった。空はヤンデレヒロインの様に、フフフと笑っている。自分では対処しきれない。
頼む、冬也。早く目を覚ましてくれ。
翔一はそう願いながらも、空に逆らえなかった。そして扉の結界を破る為の手伝いを始めた。
一方その頃ペスカは、冬也にしがみつき、幸な顔で寝息を立てている。
一番多くモンスターを屠り、マナを消費したペスカは回復に時間を要する。冬也も多くの神気を使った為、ペスカ同様に回復に時間を要する。
冬也はペスカを気にする事無く、ぐっすりと眠り目覚める様子は無い。
ドンドンと戸を叩く音は、消音効果により部屋の内部には一切聞こえない。久しぶりの冬也との添い寝を、たっぷりとペスカは堪能していた。
「開けゴマ! 開け、開け~! あ~もう、何で開かないのよ~!」
「そ、空ちゃん、落ち着いて!」
「落ち着けって何言ってるんですか工藤先輩! 馬鹿なの?」
「すみません……」
「何か良い案出してください。工藤先輩は知能だけが取り柄なんですから!」
「結構酷い事言ってない?」
「はぁ? 何か言いました?」
「いえ、何も……」
「早く頭と手を動かして下さい、工藤先輩!」
「はい、わかりました」
「そうだ工藤先輩! ライフル取ってきて下さい!」
「空ちゃん、流石にそれは!」
「何か文句でも有るんですか?」
「いいえ、何でもありません」
戸を開くまで優に三時間以上もかかり、空と翔一部屋への侵入を果たす。そして血相を変えた空は布団を引っぺがし、ペスカをベッドから引きずり落とす。
ゴンっと鈍い音を立てて腰を打ち付け、ペスカは目を覚ます。だが依然として冬也は寝ていた。
「ペスカちゃん! 抜け駆けしない約束でしょ!」
「痛いよ! 何? 空ちゃん? 結界壊したの? 何してんの?」
熱り立つ空に対し、ペスカは呑気に答えている。
空はベッドからペスカを追い出すと、自分が冬也の横に滑り込む。その瞬間、我に返った様にペスカは目を覚まし、空をベッドから排除しようとする。
こうして、冬也の添い寝をかけた、キャットファイトが始まった。
翔一は関わるまいと、部屋を出ようとする。しかし部屋の中を覗き込む官職達で、戸の前が占拠されており出られない。
ガヤガヤと喧しい部屋で、やっと冬也が目を覚ました。
「うっせぇぞ! 何してんだ!」
冬也の鉄拳が、ペスカと空の頭に降り注ぐ。美少女二人は、頭を抱え部屋の中を転げまわった。
「翔一! お前がいるのに何騒いでんだ! 迷惑を考えろ! ちょっと来い!」
部屋から逃げられずにいた翔一は、怖ず怖ずと冬也に近づく。そして傍観を決め込んでいた翔一にも、鉄拳が降り注いだ。翔一は痛さの余り、声を出す事が出来なかった。
それから一時間、ペスカ、空、翔一は正座させられ、冬也の説教を喰らう。
「油断してる冬也さんが悪いです!」
「そうだよ! 私は悪くないよ!」
「冬也、僕は巻き込まれただけだよ」
「うるせえ! 黙れ!」
「はい!」
「ごめんなさい!」
「済まない冬也!」
「沢山の人に迷惑をかけたんだ、誤りなさい!」
「空ちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした」
「ペスカちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした」
「この子達が迷惑をかけて、すみませんでした」
冬也に叱られすっかり静かになった三人は、戸を覗き込んでいた官職達に頭を下げる。三人の言葉を聞けば、然程反省していないのがわかる。しかし国を救った者達に、感謝はすれど文句は言えまい。官職達は、恐れ多いとばかりに、恐縮していた。
「まぁその位で、良いのでは無いですか?」
官職達で囲まれた、戸の後ろから優し気な声が聞こえる。官職達は振り向くと、直ぐに膝をつく。そして官職の一人が問いかけた。
「陛下、何故ここへ? それにケーリア将軍も」
「なにやら騒いでいると聞いてな」
「ペスカ殿が目を覚まされたのだろう?」
急いで官職達は戸の付近から退き、国王とケーリアを部屋へと通す。そして、部屋の中へ入るなり、国王とケーリアは頭を下げ、ペスカ達に感謝の言葉を重ねた。
「この度は誠にありがとうございます、ペスカ殿達が駆けつけてくれなければ、死んでいたかもしれません」
「聞けば各町を巡り、住民達を救ってくれたとか、其方らには感謝の言葉も幾重に重ねても足りぬ」
「情報が早いですね。まぁ私達はやるべきことをやった迄ですよ」
ペスカは立ち上がり、国王達に答える。立ち上がる際に、脚が痺れたふりをして冬也に抱き着く、チャッカリを忘れないペスカであった。
「出来れば詳しいお話を聞きたい所です。ここでは何ですから、食堂へお越しください。直ぐに食事を用意させます。陛下よろしいですね?」
「構わん。それとペスカ殿等は、何かと物入りだろう。せめてもの恩だ。必要な物は何でも用意してやると良い」
「畏まりました陛下。では、皆さまどうぞ」
食堂に入り、各々が腰かける。そして食事の準備が整うまで、情報交換が始まった。
ペスカはシュロスタイン王国やアーグニール王国でのこれまでの出来事や、邪神ロメリアの関与についてを話して聞かせる。
国王からは、シュロスタイン側との通信が行われ、国王同士の会議が行われた事。戦場の混乱を治めたモーリスが残った兵を引き連れて、残ったモンスターを駆逐し始めている事を知らされた。
しかし、グラスキルス王国とは通信が行えず、状況は分からないとの事だった。
やがて、料理が運ばれてくる。何せ丸二日も寝ていたので、お腹が減っている。
いきなりガツガツ食べるとお腹を壊すかも知れない、そう考えた料理長が出したのはスープであった。
トマトをベースに、細切れの野菜を煮込んだスープ。これは、味付けをシンプルにして野菜の味を引き出した、料理長の自信作である。お腹に染み渡り、体をじんわりと温めていく優しい味に、ペスカ達はほっこりと頬を緩めていく。
「ミネストローネみたいな味だな。うめぇな」
「うん。おなかに優しい味だね」
続いてサラダやパンが出された後、肉料理へと移る。空腹であったせいか全員が完食し、満足げな笑みを浮かべていた。
「では、ペスカ殿は直ぐに出立されると」
「ケーリア。あんたやモーリスがいてくれれば、シュロスタインやアーグニールはもう大丈夫でしょ? まだ嫌な予感がするんだよ。早く西に行かないと、手遅れになりそうな気がする」
「まぁあの糞野郎の事だ、何して来るかわかんねぇからな。あんた等、油断すんなよ!」
「わかっています、冬也殿。この国はお任せ下さい。モンスター掃討後、我等もグラスキルスへ馳せ参じます」
「ケーリア。助かるよ。でも無理はしない様にね」
食事を終えたペスカは、ケーリアに兵站の補給を依頼する。それと、ガラス板数枚と魔石を数個用意させた。
「ペスカ、お前何作るんだ?」
「ん~。車の技術を応用した、モンスター感知器かな」
「何か手伝うか?」
「今はいい。でも明日一日、車の整備と調整をしたい。お兄ちゃんには、そっちを手伝って欲しいかな。出発は準備が整ってからにした方が良いかもね」
部屋に戻ろうとするペスカの肩を、後ろからしっかり空が掴む。
「ペスカちゃん。冬也さんとは別の部屋ね。それか私と同じ部屋」
「嫌だ~! 兄妹の触れ合いを邪魔すんな~! それと残念ながら、部屋は余分に用意できませんでした~!」
「じゃあ、次は私と冬也さんが同室になる!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 兄妹ならまだしも、年頃の男女が同じ部屋は不味いだろ!」
「冬也さん。ペスカちゃんばっかりずるいです!」
顔を真っ赤にして、空は憤りを示す。しかし、冬也は譲らない。
「取り敢えず今日は、みんな体を休める事! この後だって、しんどい事が続くんだからな」
ペスカは、空に向けて舌を出して挑発する。空は沸騰したヤカンの様に、怒りを露にする。朝のキャットファイトが再び始まろうかと、ペスカと空は視線をぶつけ合わせる。
翔一は今度こそ巻き込まれない様にと、無言で部屋に戻った。
「ペスカはちょっと来い! 空ちゃんは、ゆっくり体を休めるんだ。良いな!」
ペスカが冬也に引きずられて、部屋に入ると空は独りになった。そしてこの一連の行動が、空の不満を募らせる事になる。
兄妹だから許されるなんて不公平だ。ペスカばかりが優遇されて、自分はいつも蚊帳の外。冬也を守りたくて、ここに残ったのになんで一緒には居させてくれない。
何でいつも、ペスカちゃんばっかり!
何で、私じゃ駄目なの?
冬也さんの馬鹿!
空の嫉妬は、高まっていた。隠れ潜む嫉妬の女神でも気が付く程に。
連日の生死をかけた戦いの中に、やっと訪れたひと時、戦士達の休息。しかし未だ闇が晴れない、ラフィスフィア大陸。これは、平和を取り戻す為に、ペスカがしかけた布石であった。
モンスターが王都を埋め尽くした時、誰もが死を想起させた。しかし、死の脅威は消え失せた。それは一時的な平和なのかもしれない。そして、自分達は勝利した。生きる事を勝ち取ったのだ。
ペスカ達に送られた喝采は、勝利の喜びである。
喝采を受けたペスカ達四人は、一様に疲れた表情を浮かべていた。食事もそこそこに、交代で仮眠を取るだけで、碌な睡眠も取らずに戦い続けて来たのだから。
自分達が倒したモンスターは、進路上にいる奴らだけ。この国のあちこちで、モンスターの被害に遭っている人々がいる。まだ終わりではない。
しかし、王都を囲む大軍を消滅させた事で緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが込み上げて来た。
結界を張り終えたペスカは、ケーリアに懇願する様に語りかける。
「ケーリア。悪いんだけど、部屋を三つ用意してくれない。ちょっと私たち休みたい」
「三つ? 四つではなく?」
「三つで良いの」
「承知しました。直ぐに用意させます」
ケーリアは少し首を傾げながらも了承し、官職達に指示を送る。直ぐに部屋は用意され、ペスカ達は部屋へと案内された。疲れが顕著に表れていたのは、空と翔一であろう。口を開く事なく、案内に従って歩いていく。
空、翔一と順番に部屋に入っていく。そして残りの一部屋は、ペスカと冬也が入っていった。空と翔一は、連日の疲れのせいか、頭が働いていない。流石の冬也も、気にする余裕が無かった。
部屋に入ると直ぐに、空と翔一はベッドに身を任せる。冬也も部屋に入るなり、ベッドに飛び込み直ぐに寝息を立て始める。そしてペスカは部屋に侵入防止の結界を張り、冬也に布団をかけるふりをして、同じベッドに潜り込んだ。
これは策士ペスカがもぎ取った、小さなご褒美であった。
同時にケーリアも、国王から休息を厳命されていた。軽い食事を取りながら、周りの従者達にあれこれと指示を送る。そして与えられた部屋に入り、ケーリアはベッドに身を預けた。
気持ちが荒ぶり、とても眠れる気がしない。しかし、本来なら動くはずの無い体を、無理に動かし戦ったのだ。体の疲れは既に限界を超えている。ケーリアは次第に眠りに落ちていった。
その後、ペスカ達は丸二日の間、眠っていた。
過酷な戦いを強いられて来たのだから、仕方が無いかも知れない。
王都に到着して四日目の朝、ベッドの上で目を覚ました空は、ぼ~っとし未だ覚醒しない頭を働かせていた。
「あれ? ここどこ?」
「う~ん、そう言えば、頑張ってモンスターをやっつけて、ボコボコ道を車で走って、王都に着いて。そっか、王都に着いたら、部屋に案内されて、直ぐ寝ちゃったんだ~」
「でも、何か忘れてる気がするんだけど。ん? あれ?」
「ペスカちゃん達は、どうしたのかな~? あれれ? いや、まさかね。まさかだけどね」
ベッドから飛び出し、空は部屋を出る。そして、たまたま廊下を歩いていた官職を捉まえて、問いただす。
「あの! ペスカちゃん、いや、私の友人はどこにいるんですか?」
慌てた表情の空を宥める様に、官職の男は問いに答えた。
「お目覚めになりましたか、お客人。お仲間は、隣の二部屋でまだお休みなさっている様です」
「あ、あの! 女の子がいましたよね! その子はどの部屋ですか?」
「ペスカ殿ですか? 確か兄上とご一緒に、部屋に入られたと聞いております」
その時ようやく空は悟った。
あの時の自分と翔一は、疲れて頭が働かなかった。まさか、そんな時を狙って来るとは思わなかった。確かにペスカの疲れもピークを超えてたはず。しかしその土壇場で、ペスカは勝ちをもぎ取った。
それならば何で冬也は、一緒の部屋を拒まなかったのか。いや、あの男の事だ、何も考えてなかったのだろう。
そして、同じベッドで寝ているのだ。
添い寝とか、添い寝とか~! 私だって、あんな事とかそんな事とか、キャ~!
空は冬也の腕の中で眠る自分を夢想し、少し顔を赤らめる。しかし、出し抜いたペスカには、叱らないと気が済まない。
「鉄拳制裁あるのみ!」
空は心の中で呟くと、力こぶを作りペスカの寝る部屋へ向かう。ペスカの部屋のノブを触ると、バチっと手が弾かれた。
「なっ! 結界? そこまでする~!」
空は大声を上げて、戸を叩くが、何度叩いても戸を叩く音がしない。
「防音までしてるって訳~? 良いじゃない、ペスカちゃん。私を怒らせたら、どういう目に合うか教えてあげる。フフフフフフフフ!」
ペスカ達の部屋の前で騒ぎ立てる空の周囲に、官職達が集まって来る。外が騒がしかったのか、翔一が目を擦りながら、部屋から出て来る。
「空ちゃん? 何してるんだい?」
「工藤先輩! 丁度良かった。この戸を破るの、手伝って下さい!」
「空ちゃん、物騒な事言わないで! 何が有ったの?」
「良いから早く! ペスカちゃんが冬也さんと添い寝で色々なんです~!」
空の一言で、全てを察した翔一は頭を抱えた。
面倒な事になった。空はヤンデレヒロインの様に、フフフと笑っている。自分では対処しきれない。
頼む、冬也。早く目を覚ましてくれ。
翔一はそう願いながらも、空に逆らえなかった。そして扉の結界を破る為の手伝いを始めた。
一方その頃ペスカは、冬也にしがみつき、幸な顔で寝息を立てている。
一番多くモンスターを屠り、マナを消費したペスカは回復に時間を要する。冬也も多くの神気を使った為、ペスカ同様に回復に時間を要する。
冬也はペスカを気にする事無く、ぐっすりと眠り目覚める様子は無い。
ドンドンと戸を叩く音は、消音効果により部屋の内部には一切聞こえない。久しぶりの冬也との添い寝を、たっぷりとペスカは堪能していた。
「開けゴマ! 開け、開け~! あ~もう、何で開かないのよ~!」
「そ、空ちゃん、落ち着いて!」
「落ち着けって何言ってるんですか工藤先輩! 馬鹿なの?」
「すみません……」
「何か良い案出してください。工藤先輩は知能だけが取り柄なんですから!」
「結構酷い事言ってない?」
「はぁ? 何か言いました?」
「いえ、何も……」
「早く頭と手を動かして下さい、工藤先輩!」
「はい、わかりました」
「そうだ工藤先輩! ライフル取ってきて下さい!」
「空ちゃん、流石にそれは!」
「何か文句でも有るんですか?」
「いいえ、何でもありません」
戸を開くまで優に三時間以上もかかり、空と翔一部屋への侵入を果たす。そして血相を変えた空は布団を引っぺがし、ペスカをベッドから引きずり落とす。
ゴンっと鈍い音を立てて腰を打ち付け、ペスカは目を覚ます。だが依然として冬也は寝ていた。
「ペスカちゃん! 抜け駆けしない約束でしょ!」
「痛いよ! 何? 空ちゃん? 結界壊したの? 何してんの?」
熱り立つ空に対し、ペスカは呑気に答えている。
空はベッドからペスカを追い出すと、自分が冬也の横に滑り込む。その瞬間、我に返った様にペスカは目を覚まし、空をベッドから排除しようとする。
こうして、冬也の添い寝をかけた、キャットファイトが始まった。
翔一は関わるまいと、部屋を出ようとする。しかし部屋の中を覗き込む官職達で、戸の前が占拠されており出られない。
ガヤガヤと喧しい部屋で、やっと冬也が目を覚ました。
「うっせぇぞ! 何してんだ!」
冬也の鉄拳が、ペスカと空の頭に降り注ぐ。美少女二人は、頭を抱え部屋の中を転げまわった。
「翔一! お前がいるのに何騒いでんだ! 迷惑を考えろ! ちょっと来い!」
部屋から逃げられずにいた翔一は、怖ず怖ずと冬也に近づく。そして傍観を決め込んでいた翔一にも、鉄拳が降り注いだ。翔一は痛さの余り、声を出す事が出来なかった。
それから一時間、ペスカ、空、翔一は正座させられ、冬也の説教を喰らう。
「油断してる冬也さんが悪いです!」
「そうだよ! 私は悪くないよ!」
「冬也、僕は巻き込まれただけだよ」
「うるせえ! 黙れ!」
「はい!」
「ごめんなさい!」
「済まない冬也!」
「沢山の人に迷惑をかけたんだ、誤りなさい!」
「空ちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした」
「ペスカちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした」
「この子達が迷惑をかけて、すみませんでした」
冬也に叱られすっかり静かになった三人は、戸を覗き込んでいた官職達に頭を下げる。三人の言葉を聞けば、然程反省していないのがわかる。しかし国を救った者達に、感謝はすれど文句は言えまい。官職達は、恐れ多いとばかりに、恐縮していた。
「まぁその位で、良いのでは無いですか?」
官職達で囲まれた、戸の後ろから優し気な声が聞こえる。官職達は振り向くと、直ぐに膝をつく。そして官職の一人が問いかけた。
「陛下、何故ここへ? それにケーリア将軍も」
「なにやら騒いでいると聞いてな」
「ペスカ殿が目を覚まされたのだろう?」
急いで官職達は戸の付近から退き、国王とケーリアを部屋へと通す。そして、部屋の中へ入るなり、国王とケーリアは頭を下げ、ペスカ達に感謝の言葉を重ねた。
「この度は誠にありがとうございます、ペスカ殿達が駆けつけてくれなければ、死んでいたかもしれません」
「聞けば各町を巡り、住民達を救ってくれたとか、其方らには感謝の言葉も幾重に重ねても足りぬ」
「情報が早いですね。まぁ私達はやるべきことをやった迄ですよ」
ペスカは立ち上がり、国王達に答える。立ち上がる際に、脚が痺れたふりをして冬也に抱き着く、チャッカリを忘れないペスカであった。
「出来れば詳しいお話を聞きたい所です。ここでは何ですから、食堂へお越しください。直ぐに食事を用意させます。陛下よろしいですね?」
「構わん。それとペスカ殿等は、何かと物入りだろう。せめてもの恩だ。必要な物は何でも用意してやると良い」
「畏まりました陛下。では、皆さまどうぞ」
食堂に入り、各々が腰かける。そして食事の準備が整うまで、情報交換が始まった。
ペスカはシュロスタイン王国やアーグニール王国でのこれまでの出来事や、邪神ロメリアの関与についてを話して聞かせる。
国王からは、シュロスタイン側との通信が行われ、国王同士の会議が行われた事。戦場の混乱を治めたモーリスが残った兵を引き連れて、残ったモンスターを駆逐し始めている事を知らされた。
しかし、グラスキルス王国とは通信が行えず、状況は分からないとの事だった。
やがて、料理が運ばれてくる。何せ丸二日も寝ていたので、お腹が減っている。
いきなりガツガツ食べるとお腹を壊すかも知れない、そう考えた料理長が出したのはスープであった。
トマトをベースに、細切れの野菜を煮込んだスープ。これは、味付けをシンプルにして野菜の味を引き出した、料理長の自信作である。お腹に染み渡り、体をじんわりと温めていく優しい味に、ペスカ達はほっこりと頬を緩めていく。
「ミネストローネみたいな味だな。うめぇな」
「うん。おなかに優しい味だね」
続いてサラダやパンが出された後、肉料理へと移る。空腹であったせいか全員が完食し、満足げな笑みを浮かべていた。
「では、ペスカ殿は直ぐに出立されると」
「ケーリア。あんたやモーリスがいてくれれば、シュロスタインやアーグニールはもう大丈夫でしょ? まだ嫌な予感がするんだよ。早く西に行かないと、手遅れになりそうな気がする」
「まぁあの糞野郎の事だ、何して来るかわかんねぇからな。あんた等、油断すんなよ!」
「わかっています、冬也殿。この国はお任せ下さい。モンスター掃討後、我等もグラスキルスへ馳せ参じます」
「ケーリア。助かるよ。でも無理はしない様にね」
食事を終えたペスカは、ケーリアに兵站の補給を依頼する。それと、ガラス板数枚と魔石を数個用意させた。
「ペスカ、お前何作るんだ?」
「ん~。車の技術を応用した、モンスター感知器かな」
「何か手伝うか?」
「今はいい。でも明日一日、車の整備と調整をしたい。お兄ちゃんには、そっちを手伝って欲しいかな。出発は準備が整ってからにした方が良いかもね」
部屋に戻ろうとするペスカの肩を、後ろからしっかり空が掴む。
「ペスカちゃん。冬也さんとは別の部屋ね。それか私と同じ部屋」
「嫌だ~! 兄妹の触れ合いを邪魔すんな~! それと残念ながら、部屋は余分に用意できませんでした~!」
「じゃあ、次は私と冬也さんが同室になる!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 兄妹ならまだしも、年頃の男女が同じ部屋は不味いだろ!」
「冬也さん。ペスカちゃんばっかりずるいです!」
顔を真っ赤にして、空は憤りを示す。しかし、冬也は譲らない。
「取り敢えず今日は、みんな体を休める事! この後だって、しんどい事が続くんだからな」
ペスカは、空に向けて舌を出して挑発する。空は沸騰したヤカンの様に、怒りを露にする。朝のキャットファイトが再び始まろうかと、ペスカと空は視線をぶつけ合わせる。
翔一は今度こそ巻き込まれない様にと、無言で部屋に戻った。
「ペスカはちょっと来い! 空ちゃんは、ゆっくり体を休めるんだ。良いな!」
ペスカが冬也に引きずられて、部屋に入ると空は独りになった。そしてこの一連の行動が、空の不満を募らせる事になる。
兄妹だから許されるなんて不公平だ。ペスカばかりが優遇されて、自分はいつも蚊帳の外。冬也を守りたくて、ここに残ったのになんで一緒には居させてくれない。
何でいつも、ペスカちゃんばっかり!
何で、私じゃ駄目なの?
冬也さんの馬鹿!
空の嫉妬は、高まっていた。隠れ潜む嫉妬の女神でも気が付く程に。
連日の生死をかけた戦いの中に、やっと訪れたひと時、戦士達の休息。しかし未だ闇が晴れない、ラフィスフィア大陸。これは、平和を取り戻す為に、ペスカがしかけた布石であった。