外へと出ると辺りは静まり返っていた。
踏んだままだった片方の靴のかかとを指で引っ張り、トントンと地面につま先を打ち付ける。扉をしっかりと施錠すると、キィッと音のする門を開け外へ。その門も音が響かないように静かに閉めると僕は静まり返る住宅街をやはり静かに歩き出した。
四月。春。
冬が終わりだいぶ暖かくなってきた。
とはいえまだまだ切り替わりの季節。時折思い出したかのように肌寒い日もある。夜分ともなればなおさらだ。
現に肌寒さを感じ、上着を取りに戻るか一瞬考えたが面倒だという思いが勝った。
夜空を見上げると月は未だに雲に隠れてしまっており、その光は本来の明るさを十分には届けられてはおらず、僕の見る世界はその分暗く闇の色を増す。
もっともそれで闇に包まれるかと言えば当然そんなことはなく、街の人工的な光がその代役を必要以上に担っている。
道の端等間隔に設置された電柱、街灯の明かりは僕の進む道を不自由ない程度に照らし出し、家々の玄関そして窓には温かな団欒の明かりが灯る。住宅街の遥か向こうにそびえる工場の煙突、その先端にはまるで誰かに信号を送るように、もしくは自らの存在を主張するかのように小さな明かりが点滅している。
人工のものとはいえ明かりは明かり。
それらは人々が生活していくのには十分で、最適で、その明かりが行き届く限りは闇に包まれ恐怖にうずくまることも、寒さに震えることもないだろう。
視界の右手側には高いマンションが建っており、その窓にはそこに住まう人、その営みの数だけ明かりが灯っている。マンションの輪郭は過剰な明かりの数々によって、この夜の闇の中においても割合ハッキリと分かるものだ。
僕は目を細めそれをあえてぼかし闇へと溶け込ませる。すると暗い闇の中に無数の光が浮かび上がっているかのように見えた。
まるで星空のようだ、そう感じた。
けれどその直後やはり別物だと改める。
それは星空というにはあまりに整い過ぎている。
縦横へとほぼ等間隔にほぼ同じ輝きを見せる光。その様は計算されていて、統一されていて、単調で、なんとも硬く感じた。
やはり自然の物とは違う。「人工の星空」その範疇を出ることはない。
そんな人の手と僕の想像によってつくられた星空を眺めながら、自然の星空はどんなだっただろうかと思い、再び視線を頭上へと向けた。
そこには微かな輝き。
人工の光とは異なる控えめな光がランダムに散りばめられ瞬いている。
ああ……うん、そうだ。こんな感じだ。
控えめながらもその中にある違い。比較的ハッキリと主張してくるものから目を凝らさなくては見逃してしまうほどに希薄なものと様々だ。僕には観測できていないものも数多くあるのだろう。
その不揃いで不平等で統一されていない様はどこか僕たち人間を彷彿とさせる。
いや……違うか。
それは人間や夜空の星々に限らず、自然におけるすべてのものに言えることなのかもしれない。それぞれ異なっていて完全に一致し整うことなんてない。
それを一つにまとめようとし、けれど未だ成せていないのがこの世界だ。そしてそれはこの先も変わらないだろう。
それが良いのか悪いのか、それはハッキリとは答えられそうにない。
ただ、僕たち人間とこの夜空の星々は不揃いなくらいが良いと、そう感じた。
そこでハッとする。
ああ……まただ。また見上げてしまっている。
そのことに嫌気がさし、溜息が漏れた。
星空を、そしてそれを見上げそこに何かを感じることを肯定する気持ちと否定する気持ち。天秤に乗せたその相反する二つの感情の間、「自分」という針をはたしてどちらに傾ければ良いのか……。
迷った針は双方へ行ったり来たりを繰り返す。
けれど結局どちらにも振り切ることなどできず落ち着く先は双方のちょうど真ん中。そんな位置で今日も僕は平静を保つ。
そうして気持ちに折り合いをつけたちょうどその時、僕は目的の場所へと辿り着いた。