「……それでどしたん? DMで話あるって言ってたけど?」
 次の日の放課後。川崎くんとの話も片が付いたので、私は最後になった佐々木さんを呼び出した。
 私と佐々木さん、校舎と校庭の間にある石の階段に腰を下ろしていた。
 この場所は校門からも遠く、植え込みの陰にあるので、見つかり辛い場所でもある。自販機の裏にもなってるし。
 人気もない場所で、改まって校内で二人で話すのって、緊張する……
 誰にでも声かける佐々木さんだから、私と二人でいるところを見つかっても、それほど違和感はないはず。たぶん。
「甘ブ○とかアイ○ツとかの話じゃないんだけどね」
「ん? 違うの? こんな場所に呼び出したから、てっきりそうかと思ったんだけど?」
 私と佐々木さんの共通点なんて、アニメしかないからね。それに、彼女のアニヲタは秘密になってるから、尚更その話だと思ってたんだろうけど――
「話ってのは、谷川くんとか、佐々木さんとか、その……陽キャ軍団のことでね」
「……また出た、陽キャって」
 佐々木さんは呆れた表情をする。不服そうに私に説明をする。
「前にも話したけど、私はアニヲタだし、他人には興味無いから……星村さんと逆の方向性でね」
 そう言って私に向けて人差し指を向ける。
「私は、陰キャね。星村さんと一緒で」
 人差し指を上にあげ、最後にまた私に向けて言い終える。
「実は佐々木さんは、陰キャだったということで」
 私も倣って人差し指を佐々木さんに向けた。
「うん」
 首肯する佐々木さん。
「ってことで、つまり陽キャ皆さんは、陰キャだったってね。他のメンツも」
「……え? 他のメンツ?」
「谷川くんはエロゲヲタ」
「は?」
「川崎くんは……病んでる」
「はぁっ?」
 絶句する佐々木さん。
「それで、佐々木さんはそういうの気持ち悪いって思う?」
「……ってか、何言ってんの? あいつらがそんな訳――」
 佐々木さんはその言葉に否定しようとするが、その途中で押し黙り考え込む。
 そして、何やら納得した顔をしたかと思うと、
「あぁ、そういう……」
 俯いたまま佐々木さんは呟いた。
「みんなそうだったみたい。押し黙って演じて生きてるって」
「……何でそんなことカミングアウトしたの? しかも星村さんが?」
「谷川くんに頼まれた。オープンにしたいみたい……自分の本性も含めてね。他の人は面倒だから全部ばらした」
「……趣味の云々に加えて、本性って……しかも、巻き込みでばらしたって……」
「谷川くんはチャラくなくて真面目だったよ。親が自営業だから対人スルースキルが半端ないんだと思う。そして川崎くんは毒親で病んでる感じ」
「……マジか」
 ため息まじりに佐々木さんは私を見つめる。見ないで。
 その言葉に、私は顔をそらしながら頷く。
 すると、佐々木さんは私に詰め寄って問いかける。
「優斗も? 春樹も? え? もしかして白石さんも?」
 佐々木さんの勢い……! 顔が近いっての。寄ってくるな……ドキドキするじゃん。
「……白石さんのは……ちょっと違うけど、まぁ、彼女も訳ありかな」
 めぐについて踏み込むには、話を通してからじゃないとね……って、訳ありって言っちゃったけど……でも、巻き込むつもりだし。
「だから、みんなもう陰キャをオープンにしたいんだって。だから佐々木さんもどう?」
 私は気を取り直した後、彼女にそう告げる。
 佐々木さんは私を睨み、一言告げる。
「星村さんは?」
「私?」
「星村さんはずっとオープンじゃん。何を変えたいの?」
 その問いかけに疑問が浮かぶ。
「……私も変えたいって、なんで分かった?」
「そうじゃなきゃ、私たちと絡まないでしょ?」
「まぁ……そりゃそうか」
 私は考える。そもそも自分は何を変えたかったのか。
 考える。自分を。自分が求めているくだらないものを。不必要なものを。
 一瞬、時間が止まるような錯覚に陥る。
 だけど、校庭から聞こえる声と、後ろから聞こえる雑踏が、嫌でも現実を背景にする思考を止められない。そのせいか、意外に早く結論付けができた。
「私は、逆に……少し、人らしく有りたい」
「ほほう……? じゃあ"陽キャ"になりたいってこと? 無知で愚鈍で人の痛みを知ろうとしない人に?」
「……そうかも。何も考えず、流されるようになりたい」
「そりゃ無理じゃない? その話だと、みんな星村さんに影響されてると思うし……それに、星村さんはそれが本質じゃないと思う」
「私に影響されてる? 私の本質?」
「この前話してたじゃん……星村さんは居場所がほしいんじゃないの? だから私たちとは"逆に"自分を偽り変えようとしてる」
「……そう……?」
「何事にも諦観を気取って、全てに否定的で。そのまま死にそうだったじゃん……それが私たちに"寄る"ことで解決するとは思えないけど」
「そっか……危ういって言ってたもんね」
「……でも、私たちもそうなのかも。本性を出したいって言うのは、要は自分の本当の居場所がほしいんだと思う」
 偽らずにいられる居場所がほしい。
 私はすでに諦めて放置していた。
 でも、陽キャ軍団は変えたかったと。本当の自分を出しても、なおかつ自分の入れる場所を。
「居場所か……」
 よし、そうだね。言われてみると確かにそうだ。
 このクソみたいな性格は変わるはずもない。でも、私を救ってくれる何かを探したかった。
 何故か満たされない自分。何をやっても楽しく感じない。
 めぐが言っていた「誰を嫌ってもいい、未来を嫌ってもいい、それでも私を肯定してくれる」という言葉。
 川崎くんが言っていた「やりたいことや夢がないと人は無価値なのか」という言葉。
 どれも私の心を掴み上げる。
「佐々木さん……私の居場所にいてほしい」
「――えっ?」
 俺の言葉に麻紀が硬直する。うん、突然過ぎたよね。
「やっぱりプリルさんとアニメの話したいし、それに……佐々木さんも、私を肯定してくれるなら……そこが居場所になるかなって」
「あ……う、うん……そうだね……恥ずかしいけど、うん」
 佐々木さんは顔を真っ赤にして、戸惑っている。
「よし! じゃあ、佐々木さんも、谷川くんは問題ないってことで」
「あ、うん、そうね。それは問題ないけど……エロゲヲタね……ってか春樹の病んでる方が気になるけど……」
「じゃあ、もう佐々木さんのアニヲタもばらそうよ、それがいいって。よし、行こう」
 私はそう言って立ち上がる。もう帰宅してるだろうけど、勢いとタイミングが大事だよね。こうなったら全員道連れで、居場所を作ってやる。
「え……? 一体何の――」
 私は佐々木さんの手を握って、そのまま校庭を横切って校門へと向かう。
「ね、時間ある? このまま谷川くんの所に行こうと思ってんだけど……予定とかある?」
「え? あ、え? な、何で!? 予定?」
 私の握ってる手を見て、挙動不審になってる。たかが手を繋いだだけで真っ赤になるなんて、きっと直球タイプに弱いんだね。意外とウブだ……あ、そっか。そもそもギャルっぽい格好してるのは親の影響だし、そもそもこういう事態が初めてなのかも知れない。
 私はそもそも興味ないから、別になんてことはない……はず。ちょっとドキドキしてきた。
 一旦、立ち止まって一旦手放す。すると、落ち着いたのか麻紀の表情が和らぐが、顔は赤いままだ。
「ま、無理にとは言わないけど、どうする? せっかくだしさ、佐々木さんも私たちの居場所に居てほしいと思って」
「……」
 佐々木さんは両手を摩りながら俯いている。その仕草は汚れを取り払ってるようにも見えなくもない……私の手が汚いと思われてるのかな……
「……分かった……じゃあ、行こうか……」
「うん! やっぱりさ、普通にアニメの話とかしたいじゃん?」
「……そうだね」
 ふむ。なんか大人しくなった……無理に誘い過ぎたかな……
 とりあえず、谷川くんに向かうとメッセージで伝える。
『全員に聞いたから、今から家に報告に行く』
『まじで? 何か悪いな。さんきゅ』
 佐々木さんの件は触れない。直接会って、ビビらせて話を聞いた方が面白いし。
 弟にも連絡しとこう。遅くなるっと。
『どこ行くの?』
『谷川くんの家。面白いことしてくる。それで――』
 メッセージを送ってると、佐々木さんがどうやって家まで行くのか訪ねてきた。
「んー……いつもは自転車で行ってるけど、バスがいいかなと思う」
 弟とのやり取りの途中だけど、一旦スマホを仕舞って佐々木さんに返事をした。
「……そうなの? じゃあ星村さんの自転車は?」
「学校に置いて行こうかと思って」
「……」
 私がそう言うと、佐々木さんは黙って考え込む。そして、良いことを思い付いたと言わんばかりの笑顔で私に迫った。
「じゃあ、ニケツして行こうよ。自転車で。私、一回やってみたかったのよ!」
「……あぁ、アニメとかで良く見るよね」
「そう! 分かってんじゃーん!」
 一気にテンション高くなった佐々木さんは、駐輪場の方へと駆け出した。
 そして、青春ヨロシクってことで、佐々木さんは荷台に横向きに座る。これで道が海岸線だと完璧だったんだけど、残念ながら団地の中。まぁ、それでもラブラブカップルの青春ヨロシク(二回目)には見えるだろう。
 ――と思ったのは一瞬で
「痛いっ! ちょっと! 段差はゆっくり!」
「いや、ゆっくりやってるんだけど……荷台にはサスがないから」
「もっとゆっくり! でもスピード落とすとカッコ悪いから、適切な速度で」
「注文、多いな……」
 荷台に座ると、ダイレクトで地面の振動が伝わるらしくケツが痛いらしい。
「そういや、佐々木さんの家ってどこ? 帰りは学校まで戻る必要ある?」
「ん? 地下鉄だからこのままで大丈夫」
「あ、そうなのね」
 そんなやり取りを繰り広げながら、私はすっかり慣れた道を自転車で疾走する。
 通り過ぎる窓ガラスや、商店のガラス戸に映る私たちを見ると、確かに青春っぽいなぁ……とかふと思う。
「お前ら青春してるね」
 谷川くんの家に着くと、玄関先に既に出ていた。
「そう、凄いでしょ。佐々木さんとイチャイチャしちゃった」
「――ちょ、ちょっと! 何言ってんの!?」
 お、照れてるし。
 そして、私たちは工務店の中に入り、先日と同じ事務机にあるキャスター椅子にそれぞれ座る。
 そういえば事務所の中、いつも誰もいないけど、経営的に大丈夫なのかな? 私たちの貸切状態なんだよ……
「ん? あぁ、うちは従業員いないんだよ」
 私がキョロキョロしてるのを察してから、谷川くんはそんなことを言った。
「昔は会社やってて、従業員も多かったんだけどな。今はもう誰もいなくて親が一人でやってるんだわ」
 会社を畳むか解散したってことかな。そんなことを淡々と話す。その語り口調から、会社解散という事実は重い話ではないのだろうか……うーん、分からないから突っ込むのはよそう。
 瑠斗くんは友達の家に遊びに行ってるらしい。なので、私たち三人の声は静かに、でも、どこか軽さを持って、会話を始めた。
 めぐとの話、川崎くんとの話、そして佐々木さんとの話。谷川くんへの回答に加えてて、それぞれの事情を一通り話した後、彼は安堵の溜め息を漏らした。
「そっか……そうだったのか」
 その落ち着いた声に、佐々木さんは訝しげな表情を浮かべる。
「……違和感だわぁ……その言動」
 チャラ男のイメージが崩れ去ったんだろう。確かに教室での谷川くんは真逆だし。
「でも……別に無理して、エロゲヲタをアピールして、本当に自分を出しまくることもないんじゃない?」
 佐々木さんは呆れたように言った。
「でもな……結構辛いんだぞ、それ。ずっと――」
「分かってるって。私もそうだって」
 佐々木さんは言葉を重ねた。
「……私のお母さんは、雑誌の編集長でさ、ギャル系の雑誌のね。元々そういうファッションが好きで。私もそれを見て育ってるし、そういう格好好きなんだけどね」
 頬杖をついて、思い出すように、ゆっくりと語る。
「見た目がギャルってだけで、明るく元気で馬鹿なギャルっていう認識になって。あげくには男好き、ヤリマン、酷いもんだよね……」
 憤りに近い内容だけど、淡々としている。
「……私もさ、なんか面倒っていうか、それが楽になっちゃってさ。それを受け入れたんだよね……私の本質を知られるのも嫌だったし……」
 そこまで言うと、私たちを見回す。
「だから……私たちが互いに受け皿になればいいんじゃない? 私も……星村さんにそう言われたし?」
 彼女は赤くなりながら、私に向けてそう言い放つ。だから、そんな表情しながらこっち見ないで……
 私は顔を逸らして、その言葉を反芻する。そして、谷川くんに向かって、私は――
「私たちが居場所になる、ってこと……互いが互いの……それでいいんじゃないかって。似た者同士だし」
 放課後に佐々木さんと話した内容を思い出しながら、私はそう告げる。
 私たちの居場所。私が欲しかったもの。そして、みんなが欲しかったもの。互いに相反するところからのスタートだったけど、目的は同じだった。
「……そっか……なるほどな……」
 谷川くんは満足そうに頷く
「俺たちは、"友達"になるってことか」
 ……恥ずかしげもなく、よくそんなことを言えるね……
 佐々木さんも同じ気持ちだったようで、その言葉に私たちは互いに顔を見合わせると、恥ずかしくなり、同時に顔を逸らす。と、その時――
「良かったね……姉さん!」
「りんりん……!」
 どうやら話を聞いてたであろう、二人が入って来た。
「……お、おう……早かったね?」
「海くんが、心配だからって急かされたんだよ……」
 実は弟へのメッセージで、二人で谷川くんの家に来るように言っておいた。
 その目的はめぐの事情をみんなに聞かせようと思って。内容が重いので、私だけでは不安だから、言える範囲で相談できればと思ったから。これは、めぐも私たちの居場所にいてほしい願いの一つ。要は佐々木さんと一緒。
「……で、いつから聞いたの?」
「えーと?」
 私の質問に、弟が躊躇うよう答えた。どうやらほとんど最初から聞かれてたらしい。
 中に入るのが躊躇うような内容だったみたい。だけど、私のことを心配してタイミング見てたのかな……
 そして、佐々木さんは二人を見て呆然としている。谷川くんが意外にも落ち着いたが、それでもめぐの姿には驚いてるようだ。
「ちょっと? 星村さん? この子は……!? ってか、白石さんも?」
 フリーズから解けた佐々木さんは私に詰め寄ってくる。
「こっちは私の弟で、そっちはいつもの白石さん――ってかめぐね」
「あ、弟……イケメンじゃん……ん? じゃあ白石さんは? あ、優斗が狙ってたから呼んだの?」
「ううん、めぐは私たちの幼馴染なの……私たちの件、みんなにも話すつもりで呼んだんだけど」
 その言葉に佐々木さんと谷川くんは驚愕の表情を浮かべたかと思うと――
「出たよ……幼馴染……陽キャは星村さんじゃんか」
「うっわ! 幼馴染! なにそれ! アニメでしか見たことないのに! アニメでしか見たことないのに!」
 彼は憤慨し、彼女は憤慨した。うん、憤慨だらけだ……そして佐々木さんは何故、同じことを二回言った? そっか、大事だからだな……
「あ、そうそう。俺は別に白石さんを狙ってないから。エロゲの二次元ならまだしも。でも、そう思われた方は都合良かったけど」
 そして谷川くんはクールに言ってのける。漢だな、お前は。
「うっわ……全然違う……優斗のチャラが全然出ないし、その達観……そしてエロゲ……そして都合とも来た。うん、まぁいいさ。うん」
 唖然とする佐々木さんを始め、ワチャワチャした混乱の場はなかなか収まらず、私たちは互いに罵り合い、いじり倒した。そこには遠慮や作法、別の人格も存在せず、私たちは好き勝手に言い合いをし、互いに互いを知るための儀式は無事に進んだ。
 ただ、めぐが自分の事情を話した時は、二人は驚くと同時に真剣に聞き、空気は一瞬逸れそうになるが、それでも、私たちと根っこは同じであることを理解した。
 その結果、私たちの居場所は簡単に構築できた。
「んじゃ、残りは川崎くんかな」
 私は明日の塾で彼と話すことを皆に告げ、その日はお開きとした。
 さて、病んだ川崎くんは私たちと同じ居場所を共有してくれるだろうか。と思うものの、杞憂に終わるだろうなと直感していた。
 そして当日。
「なるほどな……」
 二日前と同じ公園で、私と川崎くんはブランコに乗って話していた。こうやってると童心に戻るよね。お互い疲れ切った顔してるけども。
 川崎くんは、私の話を聞くと納得したとばかりに頷く。
「はぁ……みんなそうだったってこと? ……気合入ってた俺が馬鹿みたいだ」
 手で目を覆いながら、言葉を漏らした。
「ま、それでもいいか……」
 不満ながらも満足した笑みを浮かべた。そして何かに気付いたように一瞬考え込むと、私に視線を向けて尋ねる。
「それで、神宮司はどうすんの?」
「え? ……神宮司くん? 何で?」
 ここで彼の名前が出る意味が分からず、素で返した。
「……神宮司って、星村さんと同じじゃないの?」
 真面目な表情で私に告げる。決して冗談を言ってる雰囲気ではなかった。
「……同じ?」
「話を聞いてて思ったんだけどな……」
 クールなイケメンな神宮寺冴。誰も寄せ付けず、話しかけられても毅然と付き放つその姿勢。まさに孤高。だけど、その実態はただの人見知り。
「……そう? 似てるって言われたことはないけど?」
「んー、本当に孤高なんだよな。寄せ付けない態度ってのも、結構相当だぞ?」
「……そんなに?」
 それは知らなかった。単純に人見知りだからって思ってたんだが、実はそれ以上に距離を開いてる?
「だから、まぁ、星村さんや俺たちと根っこで似てるって思ったわけだ。何というか、全てに諦めてるような」
 川崎くんは揺れるブランコを止めて告げる。その錆びついた音が夜の公園に響き、風と共に溶け込んでいく。
「星村さんといると態度が違うようだけどな。だから……星村さんが神宮司の居場所なのかと思った。だからこのまま放っておいていいか、気になった。それに――」
 川崎くんの言葉尻の強さに、私もブランコを止めて続きを促す。
「……星村さんも満更じゃなかったはずだぞ?」
 そう断言した。
「せっかくだから、全員を救ってくれよ」
 そう言ってブランコから立ち上がった川崎くんは良い表情で背伸びする。その仕草と表情で、何か吹っ切れたような空気を受けた。だが、救うとは何だろう。私は首を傾げると、それを目聡く見つけた彼は苦笑いしながら、こう告げる。
「星村さんにその気は無かったかも知れなけど……全員救ってるぞ? 俺に優斗、佐々木さんと白石さんとな……だから、次は奴ってわけだ」
 意味深なことを言っちゃって……とは思うものの、言うことは正しいかもと思ってしまった。それに、確かに私も満更ではなかった。
 じゃあ早速、明日にでも話してみようかね……
 スマホを取り出して、アニメばかり呟いてるアカウントへダイレクトメッセージを送った。
 かと言って、何を話せばいいのか……と思ってると、返事が返ってきた。
 明日学校で話そうと思っていたら、二人だけで話するならこれから会った方がいいとの返事。だが夜も遅いから、悪いと思って断ろうかと考える。
「これから会うのか?」
 答えを言ったので驚いた。どうして分かったんだろう?
「ん? いや、神宮司の家ってこの近くって聞いたことあるから。そんな話は学校でし辛いだろうし、この辺りで話した方が早そうってな」
 その言葉で、神宮司くんと一緒にアニメ○トに行った時を思い出す。そういえば、駅の裏側に住んでるって言ってたっけ。丁度、私たちが通ってる塾も駅の裏側だから本当にこの辺りなのかも?
「じゃ、そういうことでよろしくな」
 川崎くんはそう言って帰ろうとする。
「って、帰るの?」
「おう。後はよろしく……ラスボスと戦うのにモブは邪魔だし」
「ラスボス?」
「雰囲気的にな。……じゃあな。後でどうなったか教えてくれ」
 そんなことを言い、公園から立ち去った。
 私はスマホに視線を戻し、であるならば。と神宮司くんに了承と場所の返事をする。
 ブランコを揺らし考える。何を話そう。
 夜も暑くなってきたので、思い切り漕いで涼もうかと思ったが、今以上に暑くなるので思い留まった。童心に帰るのは雰囲気だけで十分だ。
 星空を眺めた後、視線を公園の木々や時計に移す。
 一瞬のような、それでも長いような空虚な時間が過ぎ去っていく。
 見上げる視線を水平に戻し、人影が見えたので公園の入口に視線を固定する。見慣れた人影は挙動不審でおどおどしながら、私のいるブランコの方へ歩いてくる。
 今の自分を変えたいと思った。
 全てに諦め、全ての興味を失ってる自分。全てが無機質な光景に写っていた。
 周りを見ると、同じような彼らがいた。
 私とは逆に、自分を偽っている彼らだった。偽ることに疲れ、本来の自分を知って貰える居場所をどこかで欲していた。
 私は興味を惹かれた。少しでもそちら側へ引っ張ってもらう為に。深淵に吸い込まれなようにするために。
 だけど、私も居場所を欲していただけなのかも知れない。
 見せかけのくだらない強固な熱い結合ではなく、うっすらといつ切れてもおかしくない仲間のような結合を。
 何を話すればいいか分からないままではある。
 立ち上がった私は神宮司くんと対峙し、そんなことを語った。
「……何を変えたいの? どうなりたい……の?」
 半袖のシャツにゆったりとしたストレートジーンズ。クールな雰囲気に良く似合っている。
 そんな神宮司くんは、私の言葉に疑問を投げた。
「どうもなりたくないよ。私は自分が嫌いだし、他の人も嫌い……そもそも興味がないのは変わらない」
「……」
 私の返答に彼は目を逸らす。
「でも、私は自分が嫌いでも……私を知ってくれる人がいれば、自分に興味を持ってくれる人がいれば……」
 ゆったりとした口調で私は続ける。
「自分を嫌いに思いながらも、何かに興味を持って……そこに居場所を感じられるのかって思った。そして、それを望んでいるのかも」
 そこまで言うと、神宮司くんは私に向き直り、真っ直ぐな視線を向ける。
「……自分にも他人にも、興味を持ちたい? 自分を好きになりたいってこと?」
「そうなのかも……怖いけど」
「怖いよね……分かる……俺も……怖い」
 彼はそう言って、ブランコの囲いに寄りかかる。
「俺も自分が嫌いで、ずっと一人でいたくで、このままでは駄目なのも知っていて、何かをしたいけど何もしたくなくて」
 彼の言葉が流暢になる。自分の思いを率直に語れるくらいに、今の彼は何かに憤りを持っている。
「距離を詰めると、自分が傷つくだけだよ? 面倒だよ? どうせ興味持てないよ?」
「……そうなのかもね……」
「お互い、興味を持たない関係が心地良いと思わない? 当たり障りなく、上辺の部分をなぞるだけで」
「……」
 それは私だ。いつもの私。そして皆でもある。
「だから、俺……星村さんとの関係は凄く心地良かったよ。一緒に出掛けた時も、教室で他愛もない話する時も」
「そもそも、俺は星村さんには興味無いから――」
 だよね。知ってる。だって――
「星村さんも、俺に興味が無い。だから……」
 私たちの視線が交差する。
「SNSのような関係が心地良いよね」
「そうだね……でも、私は、ちょっと試そうと思うんだ。そんな関係が……そんな薄さのままで、色だけを塗り替えるように」
 自分が何を言ってるか分からない。何を例えに言ってるのかも当てずっぽう。けど、これが私の正直の気持ち。
 居場所を作って、みんな親友になって、パリピになる、のではない。
 居場所とは形ある物でも、仲良く遊ぶための物でも、陽キャのような熱い関係を築くものでもない。
「……だから、神宮司くんも」
「嫌だね」
 彼は即答する。私を見つめたまま微動だにしない。
「怖いから? 傷つくから? 興味が無いから?」
 私はその理由を思いつくまま並べる。だけど、どれも神宮司くんの心ではない。彼の恐怖、抱えてるもの、諦観を想像するのは難しい。だが、私と同じであるならば――
「……自分が嫌いだから?」
「――っ」
 私の言葉に彼は揺れる。
 だと思った。彼は私だ。だから考えてることが分かる。
「私もそうだから……だから一緒に」
「やだ」
 神宮司くんは頑なに首を振る。
 ……はぁ、困った。私は神宮司くん連れて行きたい。
 彼は私で、私の本質そのものだった。
 そこまで考えて、私は矛盾してる事実に気付く。
 そうだ。興味が無いなんて、そんなことはなくなっていたんだ。神宮司くんもそうだ。だから、頑なに拒否している。
 つまり、興味を示してる。互いに。だから私は彼を誘い、彼もここに来てる。興味がないなんて……それは偽りだ。
 私たちは恐れている。
 人の気持ち。自分の気持ち。この世の真理。目に見えない何か。普通という言葉。当たり前という言葉。安寧。人生。目標。目的。友達。愛。そんな下らないどうしようもない物に私たちは恐怖を感じている。
 だからは私たちは逃げたくなる。お互いの関係すら空虚にしたくなる。興味を持たず関わらず、当たり障りない人格を作り上げ、その場をやり過ごす技術を身に付ける。それが武器だからだ。
 でも、私はそこから少しでも抜け出したい。他の皆もそうだ。彼も深層ではそうだ。興味を持ってしまった。だから私も、彼も、あと少し。
 抜け出そう。私と一緒に、でも、どうすれば……
「……俺とはいつもの関係でいよう……」
 そう言って彼は視線を外す。いつもの殻に籠ろうとする。逃げようとする。私から離れようとする。
 行かせない。
 私は神宮司くんの腕を掴む。
 興味が無いなら、頑ななその扉を無理やりにでも開いてやる。
 そうすれば、その扉はもう閉まることはない――
『――強引にやれば、私も変われるのかな』
 不意に思い浮かんだのは海との言葉。弟が見ている映画の内容だった。興味が無いからキスは余裕でできる、興味があるからキスなんて難しい、そう弟に言った。
『うん、確かによく分からない気持ちかもね……キスでもすれば分かるようになるのかなぁ』
 だから私は――
「――っ」
 私は神宮司くんにキスを――しようとしてできなかった。
 呼吸が荒い。心臓がうねっている。顔は真っ赤だろう。
 神宮司くんは真っ赤な顔で、震えていた。
「……興味が無いのに、キスをしようとた……の?」
 神宮司くんは自分の唇に手を当て、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「うん」
 私の肯定に彼は悲しく、寂しく、顔を歪める。
「興味がないから……簡単だと思ったんだけどね……できなかった……でも、神宮司くんも、そんな顔真っ赤になって……これで、私に興味を持たざるを得なくなったんじゃない?」
「な、何それ……!」
 真っ赤な顔のまま憤っている。
「私たちは……互いに興味を持ってた……だからこじ開けた」
「……な……だ、だからって……」
「ちょっと可愛かった」
「――っ!」
 私のその言葉に何も言えなくなったのか、神宮司くんはよろよろとブランコまで歩き、そのままブランコへ座り込んだ。燃え尽きたようなその姿に、私はある種の喜びを感じた。
 と言っても、キスをした訳ではない。なので、実際にこじ開けられたかは不明だけど、あの様子だと上手くいったのかも。
 そのままどのくらいの時間が過ぎただろう。
 一瞬のような、でも永遠のような。
「それで……その薄っぺらい色だけが違う居場所って……どんなの?」
 諦めたような顔をした神宮司くんは、私を見据える。
 その姿に男を感じた私は、鼓動が早くなるのを感じながら。
「それは――」
 居場所の形を作る必要はあるのか?
 似たもの同士、何か行動を起こすべきなのか。
 "普通"なら、部活を作ったり、サークル作ったり、"形"に拘るのだろう。
 だけど、私たちは一つの信念すらなく、くだらなくどうしようもなくて。ただの傷の舐め合いに近い。
 でも、それでいい。それがいい。私たちに志も信念も無く、似ているだけの舐め合いの場所が必要だった。
 いやいや、何故、そんな居場所が不必要だと言える? 誰もが心の奥底では、そんな居場所を求めてるんじゃない?
 私たちは繋がる。薄い絆で。合理的な理由もなく、損得もなく、メリットすらなく、ただただお互いの感情だけで繋がる薄い絆。それだけが私たちの望みだ。
 私たちは共感し合う。互いが分かり合うだけ。
 それに名を付けるならば――
「友達……」
 言うと恥ずかしい。谷川くんはすごいな……あんな言葉恥ずかし気もなく言えたもんだよ……
「……」
 私の言葉に何も言えなくなる神宮司くん。
「それだけで十分でしょ。私たちは互いに知っているというだけで、強くなれそうな気がしない?」
 ただそれだけ。互いが互いを分かってるだけ。他に要らない。
 干渉してもしなくても良い。でも……知ってるから、それだけで救われる。
「……そうだね」
 神宮司くんは頷く。
「でも」
 そこで顔を上げた神宮司くんは、睨むような目で私を捉える。
「友達でキスをしようってどういうこと……?」
 ですよね……
 互いに興味を持ち始めたのを足がかりに、思いっきりこじ開けるための行為だったから。
 でも、そのお陰で私は思うところができた。
「実際にはしなかったじゃない……でも、神宮司くんには……その、それさえもできないと思う」
「……?」
 私たちは仲がよく、いつも近い距離にいた。何の抵抗もなくデートをし、そしてキスをしようとした。
 何故そんなことが軽々しくできたのか? それは単純に意識してなかったからだ。興味が無かったから簡単にできただけ。
 だけど、扉をこじ開けようとした結果、強烈に意識を――
「キスはおろか近付くのも……気軽に軽々しく、なんて……もう何も……できないかも知れない」
「……」
 私の言葉に、その真意を見つけた神宮司くんは真っ赤になって俯く。
 全ての距離が消える時、近過ぎてしまう時、離れてしまう時、それは壊れてしまう?
 そんなのは特に何てことはない、ただ最初から壊れていただけ。何も作っていなかっただけ。
 だから、私たちは作り上げる。関係を。
 単純だった。私たちは"何もしていなかった"だけだ。
「じゃあ、始めよう」