「それで、どうしたんだ? 珍しいな」
 そう言って川崎くんは公園のブランコに座る。
 週明け。塾が終わった後、帰ろうとする川崎くんを呼び止めた。話があると言って、近くの公園まで来たはいいものの、どこから話そうか……谷川くんのメンツもあるだろうし……
「……谷川くんってエロゲオタクなんだけど、気持ち悪いって思う?」
 だが、面倒だから直球で聞いた。
「……え? どういうこと?」
 ぽかーんとする川崎くん。
「いや、妹系のエロゲが好きなんだけど、川崎くんみたいな陽キャからすると、エロゲヲタとか気持ち悪くてハブりたくなったり、とかあるのかなと思って」
「……はぁ……」
 川崎くんは頭を抱え込む。イケメンの溜め息は効果は抜群だ……それだけでアンニュイな気分になるぜ。アンニュイって何か分からんけど。
「……まぁ、そうだね……いや、それよりも、陽キャって止めてくれ……そんなんじゃないって。見てて分からなかった?」
 川崎くんは顔を上げると、呆れた表情で私を見つめた。いやいや、そのイケメンジト目止めて……心が抉れる……
「俺は誤魔化しながら……自分を嫌いながら、過ごしてるだけ。それでもこの前の星村さんの言葉で、前に進めたんだぞ?」
「……え?」
 先日のめぐの話が思い浮かぶ。
「……川崎くんも……そう、だったの……?」
「……? 何の話?」
「あ、その、川崎くんも……まぁ、見た目通りじゃないっていうか?」
「……今更?」
 今更だったのか……そっか……
「そもそも、俺は、それなりに星村さんに影響されてんだぞ?」
「ぇ? マジで? 陰キャの私を適当に扱ってるだけじゃなくて……?」
「んなわけないでしょ……まぁ、学校で話すと俺の"素"が出るから、避けてたけど……それで勘違いしてたのか?」
「お、おう……そうだったのね……」
 やべぇ……そっか……川崎くんも谷川くんもめぐも佐々木さんも……陽キャどころじゃないってか。
「それで? 優斗がエロゲヲタ? 別にいいよ、そんなの。そもそも、そんなに仲良くないっていうか――」
 そこで川崎くんが止まる。少し考え込んだかと思うと、私に確認するように問いかける。
「え? 優斗って……俺と同じ系?」
「……うん」
「そっか……はぁ……やっぱり素を出した方が良かったか」
「そう言えば、学校でも"逃げる"とか、"それで行く"とか言ってたのって、そのこと?」
 川崎くんの素ってやつは、私と話してた方の姿だったのか。逆だと思ってたよ……そして、それを出したかったと。
 そっか……皆、同じじゃん……私は違うけど。
「まあな。でも、一度根付いた自分ってのは、そうそう変えられないっていうか……躊躇したっていうか」
 川崎くんは自虐的に呟き、ブランコをゆらゆらし始める。
 それにしても――
「……変えたいんだ?」
 私の問いに、川崎くんはゆらゆらの動きを止めて顔を上げた。
「……そうだな。変えたくなった。サッカー部を辞めたのも、変えたくなったからだし」
「谷川くんも同じこと言ってたね。だから私に、他の奴らのことを聞いてくれって頼まれた訳で」
「そういうことか……なら、星村さんと優斗となら……できそうだ」
「ん?」
「いや、俺も星村さんみたいになりたいってことだ」
「陰キャ?」
「違うって。そもそも、星村さんが陰キャだって認めない。毎日、神宮司とイチャイチャしてデートまでしてんのに」
 いやいや、ただのヲタなんだけどね。
「ま、これからもよろしく。あと優斗は平気。むしろ今までより仲良くなれるかもな」
 そう言って川崎くんはブランコから立ち上がり、ズボンの汚れを払って落とす。
「……そして、星村さんも変えたくなったと」
 彼はそう言いながら、まるで独り言のように呟く。
 同意だけど、そのまま応えるのも何故か癪なので、話を逸らすことにした。
「……サッカー本当、嫌いだったんだ?」
「おう。親に言われて続けてただけ。学校の"調子の良い俺"も」
「そっか……」
「あのさ……」
 川崎くんは私の相槌に重ねるようにして詰めてきた。その少し切羽詰まった様子に、私は怯んでしまう。
「夢がないと生きてる価値はない? やりたいことがないと駄目なの? 誇れるものがないと人は無価値なのか?」
 川崎くんは私に問いかける。
「夢を持て? 一度限りの人生? やりたいことをやれ? 好きなものを持て? くっそくだらねぇ」
 川崎くんは吐き捨てる。その胸の奥にある闇の部分を吐露する。これが彼の本質的な苛立ちなのだろう。毒親に何を言われてるのか、どんな影響を受けているのか、その言葉だけでおおよそ推測が付く。
「んなもの、欲しくない……」
 最後にそう言うと、川崎くんは私から離れて、公園を出ていく。
 生きる目的が無ければ生きる価値はないのか?
 確かにくだらない。生きる価値なんて全員に平等にない。それは全員に平等に死ぬからだ。当たり前だ。価値なんて必要ない。くだらない。ただ生きて死ぬだけだ。そんな物に意味付けするのが滑稽だ。
 私たちは奥深く、そんな考えを共有していたのだろう。表に出すか出さないかの違いだけで。
「川崎くんも病んでるな……」
 私の独り言は何処へも反響せず、ただ捨てられる。どこへ落ちたか見向きもせず、私は自転車に跨って暗闇に沈む公園を後にした。