「それじゃね」
 そう言って佐々木さんは可愛げに手を振る。こういうところがあざと可愛いんだよね。
 私たちは待ち合わせ場所の駅構内に戻っていた。このまま佐々木さんは帰るそうだ。
「デートの邪魔しちゃ悪いし……嘘だけど」
 そんなことを言いつつ、彼女は改札の方へ向かおうとするが、一旦立ち止まる。
 何か忘れ物かと思ったが、表情を見るに何かを言いたそうな感じ。
「……どうしたの?」
「私たち、似てるかもけども……でも、私はそこまで嫌いじゃないよ」
 さっきの話? でも、何を嫌ってるって?
「……私はそこまで人が嫌いじゃないってこと。星村さんの興味の無さは、嫌ってるに近いかなって」
「……」
「そもそも……私に対してもあんな態度じゃない? ほとんど話したことないのに……それに、私の……キツイ言葉にも、全然、適当に扱うし……もう周りの人みんな嫌いだからどうでもいいってスタンスなのかなって」
「そんなことはないと思う……けど」
「ううん。興味が無いんじゃなくて、嫌いなんだと思う。みんなのこと。自分のことも」
 彼女は断言する。私の深いところを。根本的な所を。
 でも、その言葉が私の深淵へとすんなり入ってくる。あぁ、なるほど。言われてみると確かにその通りだと。私は自分本位で他者への配慮など面倒だと思ってるし、全員いなくなってほしいとすら思う時がある。私はクソみたいな存在だとも思ってる。そう思い始めたところで――
「でも、別に悪いことじゃないと思うよ? 興味がないのと対して変わらないし」
 佐々木さんはそう言い出した。断言して糾弾されるのかと思ったけど、そうじゃないのかな? ってか、何を言いたいんだろう? それを私に自覚させたかったのかとか? でも、それに何の意味もないだろうに……
 頭の中が疑問符だらけになり、佐々木さんは真意を告げる。
「他は存分に嫌ってもいいと思う。――でも、自分は傷つけないでね。せめて、自分だけは自分の味方でいたほうが……いいと思う……」
 最後の言葉は小さく、何かを堪えるような声色で、その言葉を紡いだ。
「ほら、私って、いろんな人の話とか聞いたりしてるけど……その、危うい雰囲気ってあるのよ……それに似てるって思ったから」
 危うい……? 私が? 弟もそんなことを言ってたけど……?
「気に触ったらごめんね……んじゃ! また学校で! あ、アニヲタのことは言わないでよ! 秘密ね! 神宮寺くんも、またね! アイ○ーツ!」
 そう言って彼女は改札へと走って行ってしまった。
「アイ……○ーツ……!」
 そして隣では、楽しそうに返事を返す神宮司くん。
 その声に私は毒気を抜かれ、私は私であることを再認識する。危うい自覚はないけど、弟や佐々木さんの言いたいことは何となく分かる。でも仕方ないんだよね。
「……」
「ん?」
 珍しく神宮司くんが私を見てくる。いや、私の目を見てくる。無意識に目を合わせてしまうけど、私は彼の雰囲気に飲まれ、羞恥心は覚えずにされるままに目を合わせてしまう。ほんの一瞬だとは思う。でも長く感じるこの瞬間、何の感情も起伏せずにこうやって目を合わせるのはいつ以来だろう?
「大……丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ」
「良かった」
 ホッとする、神宮司くん。
 たったそれだけの言葉に、何故か救われたような気分になる。弟と話してる時にも似ているけど、ちょっと違う。彼の持つ空気のせいかな。
 近くにいるようで、遠くにいるようで、それでたまに風で凪いでくれる。それが心地良いというのか、見守ってくれると言うか。
 でも、このような瞬間が途切れると……私はどうなるのだろう……
 これだけじゃない。今を保ってられる何か。それが途切れる瞬間が来るのだろうか。そして、危ういという言葉の意味が、その時に分かりそうで少し不安になる。
「……ま、別に……」
 割り切りの言葉を吐き、私は神宮司くんに頼んで別のショップへ付き合ってもらうことにした。何てことはない、新刊を探したくなっただけ。