「……疲れた」
 帰宅後、私は弟に説教された……
 エロゲーじゃなくてギャルゲーだと言っても、問題はそうじゃないと言う。
 分からない……男心……いや、思春期、それ故の理由なき反抗に違いない。
 とにかく泣きゲーだから、感動するゲームなんだ、と言ってその場は収め、ぜひ海と一緒にやろうと言ったら少し機嫌は良くなった。助かった……抜きゲーじゃなくて良かったわ本当。
「ん?」
 スマホを見ると、通知の点灯が見える。
 頼むから、神宮寺くんじゃないことを祈って見ると、谷川くんだった。
「どうしたんだろう?……さっき会ったばっかじゃん」
 いつもは平日の夜にゲームを手伝ってほしいとか、ギャルゲーの感想を聞いたりするくらいで、そこまで連絡を頻繁にする間柄ではない。さっき会ったばかりで連絡をするなんて、何かあったのかと勘ぐるのは不思議ではない。
「あぁ……弟かな」
 どうやらさっき会った弟に、私とモン○ンをやってるのがバレたらしく、一緒にやりたいらしい。それで暇なら一緒にやらないかという話だった。それなら別に問題ないんだけど――
「谷川くんの家でやるのか」
 オンラインを使うのではなく、通信でやりたいらしい。何故なら弟はオンライン会員になってないからだ。
「そりゃそうか。小学生でオンラインの月額課金はやらないよね……家族会員も高いし……」
 私もモン○ンは好きだし、多人数でワイワイやるのも好きなので、快く返事する。
「ってか、谷川くんの家ってどこ? 遠かったらキツイな……」
 メッセージで聞くと、共有されたマップデータが送られてくる。どうやら自転車で行ける距離だ。助かった。
 よし、じゃあさっさと行ってこよう。
「ちょっと出かけてくるね」
 私は両親と弟がいるリビングに物理的に顔だけ出すと、すぐ玄関へと向かった。
 そう言えば、珍しく今日は父さんがいるんだよね。死にそうな顔してたけど……まぁ、休めて良かった……
 玄関を出て、自転車に跨ったところで――
「姉さん、どこに行くの? 俺に怒られたから家出したくなった?」
「そんなわけないでしょ。ちょっと……友達? の家?」
「友達いないっていったじゃん。え? メンタルやられたの?」
「メンタルはやられてるけど、確かに友達と言うのは微妙だね」
「……相変わらず面倒くさいね」
 呆れたように言った弟は、隣にある自分の自転車に跨った。
「俺も行く」
「え? ……何で?」
「めぐちゃんの家以外で出かけるなんて怪しいから、俺も行く」
「う、うん……まぁ、大丈夫だとは思うけど」
 そう言えば昔はこうやって私の後を付いてきたね。反抗期終わって、シスコンの弟に戻ったのかな?
「その生暖かい目を止めて」
「はい」
 そして私たちは、自転車で谷川くんの家に向かった。十分から十五分ってところかな。地下鉄沿線の居住地だった。
 私の家は電車は通っておらずバスがメインとなる不便な場所なので、若干羨ましくもある。と言っても、学校もバス沿線なので、谷川くんも結局はバスか自転車で来ることになるのだけど。
 向かう途中で弟が誰を訪ねるのか聞いて来たので、さっき会った人だと説明をする。
「え? あ、さっき街で会った人の家なんだ?」
「うん、そう。弟がいたでしょ? 一緒にゲームやりたいんだって」
「なんだ……てっきり、あの怪しいツイッターの人かと思った」
「あぁ……あれ」
「隣の席の人なんでしょ? 友達じゃなくて」
「……うん」
「そして、アイ○ツ先輩だと?」
「い、いや、先輩じゃないけど?」
 あ、あれ? 何故か急に圧を感じるんだけど……変なスキル使ってる?
「……それか、最近親しげにしてる、別のツイッターの人」
「あぁ、プリルさんね。プリルさんとはアニメの話しかしてないし、それ以外の情報は知らないよ」
 下り坂となってる住宅街を抜け、県道へと抜ける。下り坂になってるから楽でいいね。
 私の髪が風を受けて軽やかに踊っている。顔にビシビシ当たってちょっと痛いけども。
 弟を見ると、服装も街に行ってきたそのままなので、おしゃれスタイルで自転車で駆け抜けるアンバランスさがそのまま弟に合致する記号のようで、私は思わず笑みを浮かべた。
 そのまま道沿いを走り、地下鉄の駅方面へと向かった。この辺りから下り坂ではなくなる。
 一旦立ち止まり、アプリでマップを確かめると、住宅街に続く路地へ入った。
 このまま道沿いに進むと――
「谷川工務店」
 谷川優斗……彼の苗字と合致する。うん、ここだね。自営業なんだ。
「ここなの?」
「うん。そうみたい」
 私たちの自転車が止まる音に気付いたのだろう、谷川工務店の両開きのガラス戸がガラガラと音を立てて開く。古く使い込まれた事務机が見え、そこに丸くなって座ってるのは、街で会った谷川くんの弟だった。
「おう。悪いな。さっきぶり」
 そう言ったのは、ガラス戸を開いた谷川くん。
「んじゃさっそく――って!?  弟じゃん!」
 またもや驚愕してる、感情が忙しいね。学校とは全然違う態度に面白くなるけど、ビビるのは分かる。友達の家に弟が一緒にくるとそんな感じになるよね。うん、懐かしい。
「そう。行きたいって言うから、別に大丈夫でしょ?」
「いや、そりゃ構わないが……って、いや、ちょっとこっち来い」
「え? あ、うん!?」
「あ、悪い。弟くん、こっち入って、その机辺りに座っててくれ」
 谷川くんは弟に言うと、私の腕を掴んで工務店の裏の方へ連れていく。
 え? 何? これから何されちゃうの~♪ エロ同人みたいなことされちゃうっ!? それともマイ弟と弟くんの方で何かイベント起きちゃうの~♪
「……絶対、お前変な想像してるよな……ま、エロゲ脳だから知ってるけども」
 呆れたように言って、私を未舗装の駐車場へと連れてきた。ここはどうやら工務店の工事車両用の専用スペースらしい。意外と広い敷地あるんだ。
「それで。お前はリア充っぷりを俺にアピールして、さぞかし気持ちいいんか?」
 駐車場の広さにボーっとしてると、私に向かってそんなことを言ってくる。
「ん? 何言ってんの? リア充はそっちじゃん」
「は? そっちこそ何言ってんの? 俺みたいなエロゲオタに対して、あんなイケメン弟とデートをアピールしてくるってどういうことよ? 昨日も弟とアニメ鑑賞でラブラブだったみたいじゃん」
「……エロゲオタ?」
 あれ? 変な言葉が出てきたんだけど……
 チャラ男で陽キャの谷川くん。私みたいな陰キャオタ相手にも、優しく"普通の口調で"接してくれて。わざわざゲームの話にも"付き合ってくれた"、ちょっと優しいチャラ男くんだよね。それがエロゲ?
「おう」
「……」
「……?」
「そんな訳ないじゃない! 茶髪でチャラ男で陽キャのパリピの谷川くんがヲタなわけないじゃん」
「お前、俺を何だと思ってんだ!? あんだけオススメのエロゲー教えてやって、オンでゲームもやってんだろ!?」
「陰キャの私を慰めてくれてるだけじゃないの? わざわざ話を合わせて」
「いやいや、そもそも、何でお前が陰キャなんだよ? って陰キャって何だよ?」
「暗くてジメッとしてヤツのことかな? 私じゃん」
「あぁ、じゃあお前だわ」
「でしょ?」
「……おう」
「……うん」
「……」
「いや、酷くない?」
 そこで肯定しないでよ……話終わっちゃったじゃん……何気にショックなんだけど。
 お互いに微妙な空気となったが、マイ弟と弟くんの二人を残してきたのが気になったので、私たちはとりあえず戻ることにした。
「……ってか、陽キャのパリピって……」
 彼は頭を抱えてる。いやいや、それは本当でしょう。少しエロゲをかじったとしても、私とは全然違う人種じゃない? コミュ能力も段違いだもん。
 谷川工務店のガラス戸を開けると、二人は同じ机に向かい、何やら仲良さげに話していた。
 背後から覗き込むと、マイ弟はゲームを教えてもらいながら一緒にモン○ンをやってるところだった。私のゲーム機の最強装備でやってるから、弟くんは興奮しながらクエを手伝ってくれとお願いしている。
 私たちが帰って来たのに気付き、弟は代わってくれと言うが、せっかくなのでそのまま続けさせる。
「まぁ、やってみなよ。少しはできるようになったんでしょ?」
「うーん……まぁ……じゃあ、あと少しね」
 意外にも楽しそうな弟の様子を見ながら、私たちは近くのキャスター椅子を引っ張って適当に座った。
「谷川くんも一緒に三人でやればいいじゃん」
「そうだよ! 兄ちゃん、一緒にやろうぜ!」
 私の提案に弟くんは乗っかって、彼もそれに笑顔で答える。
「うし、じゃあ俺もやるか。弟くんも初心者なんだろ? じゃあ俺とそんな変わらないし」
 そう言って、マイ弟にチャラい笑顔を送る。おい、止めろ。その汚い笑顔をマイ弟に向けるな。殺すぞ。
 それから、私を除く三人が、初心者モン○ン教室で、モンスターの狩りを楽しんだ。私はモンスターの特性や弱点などを教え、攻略できるように裏方に徹した。マイ弟が楽しければそれでいいってことね。
「やった! 倒した!」
 そして、弟くんのキークエを攻略し、そこでお開きとなった。
 橙色から薄群青へ変わる刹那の時間。こうやって誰かの家に集まって遊ぶなんて、変な気分だった。
「……姉さん?」
 遠い目をしていた私を、弟が訝し気な表情で見つめている。
「いや、楽しかったと思ってね」
「……そうだね……俺も少し練習してみようかな」
 私の言葉に弟も楽しそうな表情で首肯する。
「付き合わせて悪かったな」
 谷川くんも満足そうだ。教室とは全く異なる表情、全く異なる態度。こっちの姿が本来に思えてくる。
 去年、私とゲーム談義をしていた彼。教室での彼。家での彼。一体、何が違うのだろう。
「……ううん、弟も楽しかったと思うし、全然平気だよ」
 私は少し混乱する頭を落ち着かせるため、弟を引き合いに出し礼を言った。
「こんな時間まで友達と遊ぶなんて、久々だな」
 谷川くんのその言葉に、私は更に混乱する。
 ――友達
 これが友達と遊ぶことなの? 彼が友達? 谷川くんは友達と言ってる? じゃあ私は? え? 友達なの? 友達って何だろう?
 様々な問い掛けが、頭の中を反響する。締め付ける。殺そうとしてくる。
「またやろうぜ」
 そう言って、谷川くんは破顔した。
 あぁ、君はやっぱり凄いよ。こうやって誰かを誘うことも、簡単に友達を言えることも、私にはできないよ。やっぱり君は陽キャパリピだよ。例え君が本当にエロゲ好きだったとしても、私とは違う。
「姉さん、やっぱり友達だったじゃない」
「いや、違うでしょ」
「は?」
「谷川くんは先輩だな」
 その言葉に、弟は呆れたような表情を浮かべ、谷川くんと弟くんは意味が分からないと首を傾げてる。
 まぁ、私も言ってて意味が分からなかったんだけども。
 友達という全ての距離をゼロにする可能性を持つ言葉が怖くてたまらない。自分が受け入れられるという前提が怖い。他人を受け入れるというその思惑が怖い。そんな不条理が存在するのが怖い。例え、もしそれが憧れであったとしても。
 薄暗くなる一歩手前の貴重な時間。
「印象が変わっちゃった……」
 帰り道に自転車を漕ぎながら、私は言葉を漏らした。
「教室の谷川くんと違いすぎて、よく分からない……」
 私とチャラく話しても、彼にとって意味が無いのだろう。
 でも、そもそもだ。その意味とは何だろう?
 そんなの私が気にしても仕方ないし、どうでもいいことなんだけど……深く入り過ぎたせいで、いつもよりも感情が揺らいでしまう。
「谷川さんは普通だよ。めぐちゃんも普通」
 私の言葉に、弟が答える。何故そこでめぐが出てくるか分からなかったけど――
「みんな同じ人が、同じ人だけやってるわけないじゃん」
 あぁ……そうか。そうだったね。私がめぐに言ったことじゃん。それと同じだ。
 でも、谷川くんが私に対してあれをやる意味が分からない……チャラ男のままの方が楽な気もするんだけど……
 ……そして、私もそうなのかな? 考えたことなかったな。でもやってるんだろうね。私みたいなヤツは特に。
「姉さんは……率直すぎるんだと思うよ」
 あぁ、私は違うってことだよね。サンキュー、マイ弟。