実行委員があったおかげで、塾へ向かう時間となった。
 いつもは教室や図書室で時間を潰してるから、時間潰しになったと思う。
 それに谷川くんとも久々に話せたし。相手は陽キャパリピでゲーマーではないけど、わざわざ私の趣味にも合わせてくれるからね。神宮寺くんはアニメだけだし。
「よ」
 塾に着くと、既に座っていた春樹に声をかけられた。
「よ」
 私はいつものように、隣は見ずにそのまま席に座る。
「……文化祭の実行委員?」
「うん」
 こんな感じで、以前よりも世間話を振ってくるようになった。
「優斗と一緒か」
「うん」
 キャッチボールできなくてすみませんね……ってか、そういう会話止めてほしい……私が語彙力無いように見えるじゃん。無いんだども。
「川崎くんって仲いいんだっけ?」
 なので、私も当たり障りない言葉を返す。というか、よく考えると当たり障りあった。別に彼らは仲良くないもんね。
「普通」
 普通を普通に応える。ですよね。教室でワイワイ賑やかだけど、互いに距離置いてんの分かるから。
「そっか……だよね、被ってる日程でわざわざ誘ってくるし」
「……?」
 あれ? 私の勘違い?
「いや、川崎くんに用事がある日。谷川くんは、いつもそこに合わせて誘ってくるじゃない?」
 だから、仲良く見せるだけで本当は一緒に行動したくないんだろうな、っていっつも思ってた。
「あー、言われてみればそうだな……優斗も上手いな」
 何の感慨も無く、川崎くんはその言葉に頷く。
「あ、そうそう、俺、サッカー部辞めるわ」
 ――はっ? 辞める?
 サッカー部のエースなのに? え? 何で? え? 何故それを私に言うの?
「総体も終わってキリがいいし、やっぱつまんねーし……ウチのアレと揉めたけどな」
 混乱中の私を他所に、親と揉めたことまで披露する。
 いや、本当どうしたの? 私と貴方はそんな関係じゃないのに。塾の中で、ほんの一瞬の時間だけ共有して、最後は存在を忘却させるだけの関係だよね?
「俺、逃げるわ。やってれんねーし。本当の意味で逃げないとなって、思って」
 あぁ……なるほど。この前の私の発言が、彼の中で結構……深い所まで潜り込んだのか。適当に言っただけなのに、消化しちゃったのか。吐き出してくれても構わないんだけど。
「それに、学校でも……逃げたいんだけどな……」
 ……? 学校でも?
 何を言ってるかさっぱり分からない……私みたいな陰キャの株が上がったとか? いやいや、そんな訳ない。そんな簡単な問題じゃない。陰キャがちょっとマシなこと言ったから、少し深入りしただけだよね。
「……うん」
 すっかり語彙力をなくした私は、三回目の同じ単語を吐き出すと、すぐに塾の講師が入ってきて、いつも通りの授業風景となった。時間を巻き戻す不思議な空間の授業へと。