今日もまた、雨が降っている。梅雨入りを知らせるニュース番組を見てから、毎日律儀(りちぎ)に雨が降っている。梅雨の中休みにはまだ程遠いのか。ザーザーとアスファルトを濡らし続ける雨は、不思議と私の心までどんよりさせる。

 席替えで真ん中から窓際の席になった。教室棟からは体育館の出入り口と体育教官室が丸見えで、ニコニコと体育教師が並んで歩く様子が良く見える。

 佐藤先生も例外ではない。


「はい。では予告通り、今月末にあるクラスマッチの種目分けをします」

 現在は6限目のロングホームルーム。担任は声高らかにそう言い放って、黒板に白いチョークで種目名を書いていく。『ドッヂボール』『卓球』『バスケットボール』『リバーシブル』そして、クラス全員参加の『大縄跳び』。まるで私への嫌がらせかのような文字の羅列に、思わず頭を抱えてしまう。
 4種目から必ず選ばなければならないのならば、どう考えても私は『リバーシブル』一択だ。そう思い立候補するも、思っていた以上に希望者が居た。定員10名に対し、15名の立候補。この時点でもう、嫌な予感しかしない。

「『リバーシブル』は人気ですね。ジャンケンでもしますか」

 呑気な担任に対し、闘志剥き出しの同級生。15人によるジャンケン大会が急遽開幕し、出場権の奪い合いだ。実は私、運動は苦手だが、ジャンケンも苦手。なかなか勝てた試しが無い為、何となく予想はしていたが……案の定、ジャンケン大会敗退。『リバーシブル』出場権は他の人の元へ行ってしまい、私はなんと1番出場してはならないであろう、『ドッヂボール』への参加で決定してしまった。


 クラスマッチ当日。未だに梅雨の中休みが訪れる気配の無い空からは、ザーザーを通り越して、ゴーッと強すぎる雨を降り注いでいた。

 『ドッヂボール』は8人で行うらしい。参加者が各クラス10人いるということは、2人見学できる……。そう考え、うちのチームリーダーとなった男子に「ごめん、お腹痛いから保健室に行く」と大嘘をついてその場を離れることにした。クラスマッチは勝利を目指すイベント。私のような運動が出来ない人がいても、クラスの足を引っ張るだけだから。

 競技が始まり、盛り上がる体育館。そんな場所から一歩外に出て、渡り廊下の目立たない場所に腰を掛けた。この場所と校舎の間に植えられている沢山の紫陽花(あじさい)。青とピンクと紫が入り混じって咲いている紫陽花を見て『ここの土は中性なのかな』なんて、最近生物の授業で習った記憶を蘇らせては、独り鼻で笑う。
 紫陽花はタフだ。ゴーッと降り注ぐ雨にもめげずに、凛と鮮やかな花を咲き誇っている。強い衝撃に茎が曲がることはあっても、決して折れる気配は無い。そんなタフな紫陽花に私もなれたら……なんて、思ったりして。そんな物思いにふける自分が妙に面白い。

「……森野」
「ん?」

 背後で私の名前を呼ぶ声。その声がする方へ体を向けると、そこには真っ黒のTシャツとハーフパンツを身に着けた人物が立っていた。首からぶら下げている赤い笛が良く目立っている。そんな人物に向かってそっと微笑むと、その人は溜息をついて呆れたように声を上げた。

「『ドッヂボール』メンバーの森野サン。今、あなたのクラスが試合をしているはずだけど、何をしているんだい?」
「お腹が痛いから、見学していま~す……」
「嘘つけ!!」

 周りに誰も居ないことを確認すると、その人物……佐藤先生は、私の頭を拳でゴツッと1回軽く殴った。けれどやっぱり痛くはないその優しい拳にまた微笑むと、先生は苦虫を噛み潰したような表情をした。

「お前な……。せめて試合を見て応援くらいしろよな」
「だって、お腹が痛いんですから」
「嘘つくなって~!!」

 はぁ……と分かりやすく溜息をついた先生は、同じように腰を掛けた。目の前で強い雨に打ち付けられる紫陽花を一緒に眺めながら、体育館内の喧騒(けんそう)に耳を傾けると、勢いよく放たれたであろうボールが誰かの体に強く当たる音が響き渡る。観戦者から「ひっ」と息を飲む声が聞こえてくるくらい、当たりが強かったのだと思う。
 私、見学していて良かった。ありがとう、頑張れ。……なんて、悪びれもせず同級生たちにそんな念を送ったりして。

「てか森野、何で『ドッヂボール』を選んだんだ?」
「選んでません。『リバーシブル』への出場権を巡る(いくさ)で敗退しただけです」
「言い方な」

 先生によると、どの学年も『リバーシブル』が人気らしい。汗を掻きたくない人がみんな集まるんだと、先生は笑う。そして「クラスマッチ止めて、『リバーシブル』大会にすりゃ良いのにね」なんて訳の分からないことを言うから、思わず笑いが零れた。

 ゴーッと相変わらず紫陽花に降り注ぐ雨は、全く止む気配が無い。私は良いけれど、先生はこんなところに座っていて良いのだろうか。そんな疑問に駆られて先生に言葉を掛けようとすると、私よりも先に先生が口を開いた。

「こんなこと聞いて良いか分からないんだけど、森野は友達を作らないのか?」
「友達?」
「あぁ、いつも1人じゃん」

 体育絡みでしか先生と話さないのに、意外と良く見ている。
 私の“事情”を知らない人にどこまで話そうか。そう思い首を傾げて少し悩んだ。

 高校入学時の抱負。私は、友達を作らない。友達を作っても、悲しくなるだけなんだから。そんなもの、最初から作らないに限る……。ってこんなの、人に話すことではないし。

「…………」

 返答に悩み黙り込んでしまうと、先生はフッと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。そして「また、話せるようになったら教えてくれ」と優しく微笑んで言ってくれた先生は、試合終了のブザー音が鳴ると同時に、急いで体育館内に戻って行った。

 アナウンスを聞くに、どうやら私のクラスである1年A組が勝ったらしい。……予選敗退してくれたら良かったのに、なんてまた酷いことを頭の片隅で思いながら、今度こそちゃんと保健室に向かった。