帰宅した奏は暗い表情でぼんやりしていた。
現在奏がいる部屋は、空調が管理された楽器部屋。
父は交響楽団のピアニスト、母は交響楽団のヴァイオリニスト、父方の祖父母も音楽関係者ということで、大月家の一軒家には楽器部屋があるのだ。
奏は楽器部屋で立ち尽くしていた。
(吹奏楽部……フルート……)
奏は置いてあった自身のフルートケースに手を伸ばす。
ケースをゆっくりと開けると、銀色に輝くフルートが姿を現す。頭部管、胴部管、足部管を組み立てて、奏はフルートを吹いてみようとした。
しかしその瞬間、三年前のことを思い出してしまう。
三年前、奏が中学一年の冬。
突如右腕の痛みが激しくなり、奏は舞台ど真ん中に座り込んでしまう。
何事かと騒つく観客達。
奏は絶望したような表情だった。
(もう二度と……あんな思いはしたくない……。だからフルートはもう二度と……)
奏はフルートを再びケースにしまうのであった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日。
昨日の奏の様子が気になり、響はまた放課後一年生の教室に向かった。ちなみに、昨日と同じで吹奏楽部の新入生勧誘看板を持っている。
(かなちゃん……本当に何があったんだろう……? 音楽が嫌い、フルートをもう二度とやらないなんて……)
響の表情は曇っていた。
その時、奏の姿を見つけた。どうやら帰るところのようだ。
「かなちゃん……!」
喉に詰まりかけた声を振り絞る響。
「響先輩……」
奏は響の姿を見ると、表情を暗くした。
「吹奏楽部なら入部する気はありません」
響から目をそらす奏。
「いや、あの……そうなんだけど、そうじゃなくて……」
響はしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
「何で……フルート辞めちゃったの? 一体何があったの?」
響の言葉に奏はうつむき黙り込む。
「かなちゃん?」
響は心配そうに奏の顔を覗き込んだ。
「……実は」
「奏!」
奏が何か言おうとした瞬間、鋭い声に遮られた。
響は驚き、声の主を見る。
そこには一年生らしき女子生徒がいた。
綺麗に巻かれたミディアムヘアで、響と同じくらいの身長。そして誰もが思わず振り返るような華のある顔立ちだ。
「彩歌」
その少女、彩歌はどうやら奏の知り合いらしい。
「ちょっとあんた! 奏に何してるの!?」
明らかに怒っているような表情で彩歌が響に詰め寄る。
「えっと、俺はその……」
突然のことにたじろいでしまう響。
そして彩歌は響が持っていた吹奏楽部の新入生勧誘看板を見つけて更に目を吊り上げる。
「はあ!? 吹奏楽部!? あんたそんなのに奏を勧誘しようとしてたの!? 奏を傷付けんな! このクソ野郎が!」
物凄い剣幕である。
「彩歌、大丈夫だから、落ち着いて」
奏は困ったような表情で彩歌を宥めている。
「金輪際奏に近付くなこのクソ野郎! 奏、行こう」
彩歌はそう吐き捨て、奏を連れて行ってしまった。
(えっと……)
響は呆然と立ち尽くしていた。
「ああ、小日向くん、災難だったね」
「ドンマイ、小日向」
すると、女子生徒二人から話しかけられた。
雨松小夜と雨松セレナだ。二人共二年生で吹奏楽部である。
オーボエ担当の小夜は黒髪のロングヘアをポニーテールにしている。
アルトサックス担当のセレナは色素薄めのふわふわとした癖毛。母親がフランス人なので、響より背が高く日本人離れした顔立ちだ。しかし、本人は日本生まれでずっと日本暮らしである。
ちなみに、この二人は従姉妹同士なのだ。
「ああ、小夜さんにセレナさん……」
失意の中、力なく笑う響。
二人共苗字が雨松なので下の名前で呼んでいるのだ。
「さっきの子、天沢彩歌ちゃんっていうんだけど、あの子男子には先輩後輩問わずあんな態度だから、あんまり気にしなくて良いよ」
小夜は苦笑しながら響を慰める。
先程の様子を終始見ていたようだ。
「それにしても、彩歌って相変わらず。まさかまた後輩として入って来るとは思わなかった」
セレナは先程の彩歌の様子を思い出し、懐かしそうに苦笑していた。
「二人はさっきの子と知り合いなんだ」
響は目を丸くした。
「うん。彩歌ちゃんとさっきのもう一人いた奏ちゃんは私達と同じ中学だよ。奏ちゃん、新入生代表挨拶してたからきっと入試トップだよね。うちの高校で入試トップってことは、相当学力あるってことだよね」
小夜が懐かしそうに微笑む。
ちなみに、音宮高校は偏差値七十二の進学校だ。
「そうそう。彩歌と奏は中学から頭良いって言われてたし。彩歌も奏も吹奏楽部でウチらの後輩だったよね」
セレナは小夜に頷きながら補足する。
「え……かなちゃん、中学で吹奏楽部だったの?」
響は目を大きく見開いた。
「小日向、奏のことそう呼んでるんだ。知り合いか何か?」
セレナは響の呼び方に興味深そうに目を丸くしている。
「まあ、小学生の時マンションの部屋が隣同士で、同じ音楽教室に通ってた……幼馴染ってやつ」
「そうだったんだ。小日向くんと奏ちゃんが」
意外そうな表情の小夜。
「かなちゃんに何があったのか教えて欲しい。昨日吹奏楽部に勧誘したら、音楽は嫌い、フルートはもう二度と吹かないって言われてさ……」
響は昨日奏に言われたことを思い出し、沈んだ表情になった。
「ああ……そのことか」
セレナはポツリと呟き、小夜と顔を合わせて表情を曇らせる。
「実は奏ちゃん、中一の冬に退部しちゃったんだよ」
小夜は少し悲しそうな表情になる。
「確かに奏、あの時ちょっと無理してたもんね。部活の定期演奏会と個人的に出る大きなフルートコンクールが重なって……」
セレナもその時のことを思い出し、苦々しい表情になる。
「奏ちゃん、部活もコンクールも頑張り過ぎて、腱鞘炎になっちゃったみたいでさ」
「フルートコンクールの本戦で、演奏している最中に腕が痛み出したみたいで棄権したらしいよ。定期演奏会も出ずに結局退部。奏、限界が来たのかもね」
「奏ちゃんが退部した時、彩歌ちゃんも一緒になって退部しようとしてたから、それは流石に止めたけどさ」
「うんうん。ピッコロ吹けるの彩歌しかいなかったし。でも、フルートの中で一番実力あった奏が退部したから、あの時結構ダメージ大きかった」
小夜とセレナはそう話してくれた。
ちなみに、ピッコロとはフルートを小型化したような木管楽器だ。高音域を担当する。
「かなちゃんにそんなことが……」
響は自分が知らない奏の過去を聞き、表情を曇らせた。
(でも……)
響はふと入学式の時、吹奏楽部だと言ったら奏が一瞬表情を輝かせたこと思い出した。
(音楽が嫌いなら……あんな表情はしないよね)
響はほんの少しだけ希望を見出した。
(だけど、真正面から部活の勧誘とか音楽の話をしたらきっと避けられる。まずはかなちゃんと音楽以外の話をしたい。イタリアでの生活はどうだったかとか、中学時代の部活以外のこととか、おじさんとおばさんは元気かとか)
響は奏ともう一度話そうと決意した。
♪♪♪♪♪♪♪♪
しかし、奏と話そうとしても彩歌に邪魔されて話すことすら出来ない。
(どうしたら良いんだ……?)
響は音楽室でクラリネットを組み立てながらため息をつく。
「奏ちゃんのこと?」
近くでオーボエを組み立てる小夜がそう聞いてきた。
「うん、まあ……。あの天沢さんって子がいるから話しかけにくくて」
響は苦笑した。
「彩歌は中々手強いよ。中学の頃も何かと奏優先だったしさ」
そこへアルトサックスを持ったセレナが加わる。
「奏ちゃんのフルートの腕は確かだし、彩歌ちゃんもピッコロが出来るからうちの部活に欲しい人材ではあるよね」
「奏が吹奏楽部に入部するなら、彩歌も引っ張られて入部するだろうけど。ウチもこの前奏を勧誘してみたけど、断られた」
小夜とセレナは二人でそう話している。
「そっか……。せめてかなちゃんと話が出来たら良いんだけど……」
響は困ったように苦笑した。
「彩歌を一時的に奏から引き離すのなら、ウチらが協力しよっか?」
「え……良いの?」
セレナからの提案に、響は目を丸くした。
確かに彩歌がいない方が奏と話がしやすいのだ。
「まあ彩歌ちゃん勧誘ついでに。奏ちゃんが入らない限り入部してくれないとは思うけど」
小夜は苦笑していた。
「……ありがとう。じゃあ天沢さんって子の件は二人に任せる」
響は少しだけ表情を和らげた。
「じゃあ明日の放課後、ウチらが奏から彩歌引き離すから」
セレナがニッと笑った。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日の放課後。
響は一年の教室がある階に向かい、奏を待っていた。
案の定、奏の隣には彩歌がいる。
睨まれたり邪魔されたりしたせいか、響は少しだけ彩歌に対して苦手意識を持っていた。
響は小夜とセレナと目配せをする。
そして二人は奏と彩歌の元へ向かった。
「やっほー、彩歌、奏」
「ちょっと彩歌ちゃん借りるね」
「え、ちょっと、小夜先輩、セレナ先輩!?」
小夜とセレナから連行される彩歌は完全に戸惑いつつも逆らえなかった。
奏はポツンと一人残された。
「何か……騒がしかったね」
響は恐る恐る奏に話しかけた。
「響先輩……」
表情を曇らせて響から目をそらす奏。
「かなちゃん、別に俺は勧誘に来たわけじゃないから、安心して」
穏やかな表情の響。
奏は黙り込んだままだ。
「学校生活には慣れた?」
優しい声色の響。
「……はい」
控えめに頷く奏。
「もしかしてさ、数Aって水岡先生だったりする?」
「そうですね」
奏はぎこちなく頷いた。
「あの先生容赦なく課題出すよね」
「はい。初回からワーク十五ページ分出されたから、クラス全員戸惑っていました」
奏は思い出したように苦笑する。
「俺の時もそうだったよ。でもあの先生、課題を提出さえしたら中身が適当だったり間違ってても大丈夫だから」
響は去年のことを思い出し、懐かしげに笑う。
「そうなのですか? 知りませんでした」
奏は響の情報に目を丸くした。
響と奏は部活以外の当たり障りのない話題で盛り上がった。
「それでさ、かなちゃん。連絡先教えてもらえる? ほら、何か困った時とかすぐ連絡出来るようにさ」
響はやや緊張しながらスマートフォンを取り出した。
「それに、俺の母さんにかなちゃんのこと話したら、大月家の近況とか知りたいって懐かしそうに言ってたし。俺らが連絡先知ってたら、そういうのもスムーズになると思うんだけど」
奏から少し目をそらす響。
「そういうことなら、良いですよ」
奏はゆっくりと制服のスカートのポケットから、スマートフォンを取り出した。
「私の両親も、響先輩のご両親のことはきっと知りたいと思いますし」
奏は柔らかに口角を上げた。
「ありがとう。今俺のQRコード出すから」
響はメッセージアプリを起動させ、自身の連絡先のQRコードを出した。
それを読み込む奏。
「かなちゃんの連絡先は……あ、今来たやつか。追加しとくね」
「はい、よろしくお願いします」
こうして響は奏の連絡先を手に入れることが出来た。
(これで少しはかなちゃんと話しやすくなるはず)
少しだけ前進した響だった。
現在奏がいる部屋は、空調が管理された楽器部屋。
父は交響楽団のピアニスト、母は交響楽団のヴァイオリニスト、父方の祖父母も音楽関係者ということで、大月家の一軒家には楽器部屋があるのだ。
奏は楽器部屋で立ち尽くしていた。
(吹奏楽部……フルート……)
奏は置いてあった自身のフルートケースに手を伸ばす。
ケースをゆっくりと開けると、銀色に輝くフルートが姿を現す。頭部管、胴部管、足部管を組み立てて、奏はフルートを吹いてみようとした。
しかしその瞬間、三年前のことを思い出してしまう。
三年前、奏が中学一年の冬。
突如右腕の痛みが激しくなり、奏は舞台ど真ん中に座り込んでしまう。
何事かと騒つく観客達。
奏は絶望したような表情だった。
(もう二度と……あんな思いはしたくない……。だからフルートはもう二度と……)
奏はフルートを再びケースにしまうのであった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日。
昨日の奏の様子が気になり、響はまた放課後一年生の教室に向かった。ちなみに、昨日と同じで吹奏楽部の新入生勧誘看板を持っている。
(かなちゃん……本当に何があったんだろう……? 音楽が嫌い、フルートをもう二度とやらないなんて……)
響の表情は曇っていた。
その時、奏の姿を見つけた。どうやら帰るところのようだ。
「かなちゃん……!」
喉に詰まりかけた声を振り絞る響。
「響先輩……」
奏は響の姿を見ると、表情を暗くした。
「吹奏楽部なら入部する気はありません」
響から目をそらす奏。
「いや、あの……そうなんだけど、そうじゃなくて……」
響はしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
「何で……フルート辞めちゃったの? 一体何があったの?」
響の言葉に奏はうつむき黙り込む。
「かなちゃん?」
響は心配そうに奏の顔を覗き込んだ。
「……実は」
「奏!」
奏が何か言おうとした瞬間、鋭い声に遮られた。
響は驚き、声の主を見る。
そこには一年生らしき女子生徒がいた。
綺麗に巻かれたミディアムヘアで、響と同じくらいの身長。そして誰もが思わず振り返るような華のある顔立ちだ。
「彩歌」
その少女、彩歌はどうやら奏の知り合いらしい。
「ちょっとあんた! 奏に何してるの!?」
明らかに怒っているような表情で彩歌が響に詰め寄る。
「えっと、俺はその……」
突然のことにたじろいでしまう響。
そして彩歌は響が持っていた吹奏楽部の新入生勧誘看板を見つけて更に目を吊り上げる。
「はあ!? 吹奏楽部!? あんたそんなのに奏を勧誘しようとしてたの!? 奏を傷付けんな! このクソ野郎が!」
物凄い剣幕である。
「彩歌、大丈夫だから、落ち着いて」
奏は困ったような表情で彩歌を宥めている。
「金輪際奏に近付くなこのクソ野郎! 奏、行こう」
彩歌はそう吐き捨て、奏を連れて行ってしまった。
(えっと……)
響は呆然と立ち尽くしていた。
「ああ、小日向くん、災難だったね」
「ドンマイ、小日向」
すると、女子生徒二人から話しかけられた。
雨松小夜と雨松セレナだ。二人共二年生で吹奏楽部である。
オーボエ担当の小夜は黒髪のロングヘアをポニーテールにしている。
アルトサックス担当のセレナは色素薄めのふわふわとした癖毛。母親がフランス人なので、響より背が高く日本人離れした顔立ちだ。しかし、本人は日本生まれでずっと日本暮らしである。
ちなみに、この二人は従姉妹同士なのだ。
「ああ、小夜さんにセレナさん……」
失意の中、力なく笑う響。
二人共苗字が雨松なので下の名前で呼んでいるのだ。
「さっきの子、天沢彩歌ちゃんっていうんだけど、あの子男子には先輩後輩問わずあんな態度だから、あんまり気にしなくて良いよ」
小夜は苦笑しながら響を慰める。
先程の様子を終始見ていたようだ。
「それにしても、彩歌って相変わらず。まさかまた後輩として入って来るとは思わなかった」
セレナは先程の彩歌の様子を思い出し、懐かしそうに苦笑していた。
「二人はさっきの子と知り合いなんだ」
響は目を丸くした。
「うん。彩歌ちゃんとさっきのもう一人いた奏ちゃんは私達と同じ中学だよ。奏ちゃん、新入生代表挨拶してたからきっと入試トップだよね。うちの高校で入試トップってことは、相当学力あるってことだよね」
小夜が懐かしそうに微笑む。
ちなみに、音宮高校は偏差値七十二の進学校だ。
「そうそう。彩歌と奏は中学から頭良いって言われてたし。彩歌も奏も吹奏楽部でウチらの後輩だったよね」
セレナは小夜に頷きながら補足する。
「え……かなちゃん、中学で吹奏楽部だったの?」
響は目を大きく見開いた。
「小日向、奏のことそう呼んでるんだ。知り合いか何か?」
セレナは響の呼び方に興味深そうに目を丸くしている。
「まあ、小学生の時マンションの部屋が隣同士で、同じ音楽教室に通ってた……幼馴染ってやつ」
「そうだったんだ。小日向くんと奏ちゃんが」
意外そうな表情の小夜。
「かなちゃんに何があったのか教えて欲しい。昨日吹奏楽部に勧誘したら、音楽は嫌い、フルートはもう二度と吹かないって言われてさ……」
響は昨日奏に言われたことを思い出し、沈んだ表情になった。
「ああ……そのことか」
セレナはポツリと呟き、小夜と顔を合わせて表情を曇らせる。
「実は奏ちゃん、中一の冬に退部しちゃったんだよ」
小夜は少し悲しそうな表情になる。
「確かに奏、あの時ちょっと無理してたもんね。部活の定期演奏会と個人的に出る大きなフルートコンクールが重なって……」
セレナもその時のことを思い出し、苦々しい表情になる。
「奏ちゃん、部活もコンクールも頑張り過ぎて、腱鞘炎になっちゃったみたいでさ」
「フルートコンクールの本戦で、演奏している最中に腕が痛み出したみたいで棄権したらしいよ。定期演奏会も出ずに結局退部。奏、限界が来たのかもね」
「奏ちゃんが退部した時、彩歌ちゃんも一緒になって退部しようとしてたから、それは流石に止めたけどさ」
「うんうん。ピッコロ吹けるの彩歌しかいなかったし。でも、フルートの中で一番実力あった奏が退部したから、あの時結構ダメージ大きかった」
小夜とセレナはそう話してくれた。
ちなみに、ピッコロとはフルートを小型化したような木管楽器だ。高音域を担当する。
「かなちゃんにそんなことが……」
響は自分が知らない奏の過去を聞き、表情を曇らせた。
(でも……)
響はふと入学式の時、吹奏楽部だと言ったら奏が一瞬表情を輝かせたこと思い出した。
(音楽が嫌いなら……あんな表情はしないよね)
響はほんの少しだけ希望を見出した。
(だけど、真正面から部活の勧誘とか音楽の話をしたらきっと避けられる。まずはかなちゃんと音楽以外の話をしたい。イタリアでの生活はどうだったかとか、中学時代の部活以外のこととか、おじさんとおばさんは元気かとか)
響は奏ともう一度話そうと決意した。
♪♪♪♪♪♪♪♪
しかし、奏と話そうとしても彩歌に邪魔されて話すことすら出来ない。
(どうしたら良いんだ……?)
響は音楽室でクラリネットを組み立てながらため息をつく。
「奏ちゃんのこと?」
近くでオーボエを組み立てる小夜がそう聞いてきた。
「うん、まあ……。あの天沢さんって子がいるから話しかけにくくて」
響は苦笑した。
「彩歌は中々手強いよ。中学の頃も何かと奏優先だったしさ」
そこへアルトサックスを持ったセレナが加わる。
「奏ちゃんのフルートの腕は確かだし、彩歌ちゃんもピッコロが出来るからうちの部活に欲しい人材ではあるよね」
「奏が吹奏楽部に入部するなら、彩歌も引っ張られて入部するだろうけど。ウチもこの前奏を勧誘してみたけど、断られた」
小夜とセレナは二人でそう話している。
「そっか……。せめてかなちゃんと話が出来たら良いんだけど……」
響は困ったように苦笑した。
「彩歌を一時的に奏から引き離すのなら、ウチらが協力しよっか?」
「え……良いの?」
セレナからの提案に、響は目を丸くした。
確かに彩歌がいない方が奏と話がしやすいのだ。
「まあ彩歌ちゃん勧誘ついでに。奏ちゃんが入らない限り入部してくれないとは思うけど」
小夜は苦笑していた。
「……ありがとう。じゃあ天沢さんって子の件は二人に任せる」
響は少しだけ表情を和らげた。
「じゃあ明日の放課後、ウチらが奏から彩歌引き離すから」
セレナがニッと笑った。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日の放課後。
響は一年の教室がある階に向かい、奏を待っていた。
案の定、奏の隣には彩歌がいる。
睨まれたり邪魔されたりしたせいか、響は少しだけ彩歌に対して苦手意識を持っていた。
響は小夜とセレナと目配せをする。
そして二人は奏と彩歌の元へ向かった。
「やっほー、彩歌、奏」
「ちょっと彩歌ちゃん借りるね」
「え、ちょっと、小夜先輩、セレナ先輩!?」
小夜とセレナから連行される彩歌は完全に戸惑いつつも逆らえなかった。
奏はポツンと一人残された。
「何か……騒がしかったね」
響は恐る恐る奏に話しかけた。
「響先輩……」
表情を曇らせて響から目をそらす奏。
「かなちゃん、別に俺は勧誘に来たわけじゃないから、安心して」
穏やかな表情の響。
奏は黙り込んだままだ。
「学校生活には慣れた?」
優しい声色の響。
「……はい」
控えめに頷く奏。
「もしかしてさ、数Aって水岡先生だったりする?」
「そうですね」
奏はぎこちなく頷いた。
「あの先生容赦なく課題出すよね」
「はい。初回からワーク十五ページ分出されたから、クラス全員戸惑っていました」
奏は思い出したように苦笑する。
「俺の時もそうだったよ。でもあの先生、課題を提出さえしたら中身が適当だったり間違ってても大丈夫だから」
響は去年のことを思い出し、懐かしげに笑う。
「そうなのですか? 知りませんでした」
奏は響の情報に目を丸くした。
響と奏は部活以外の当たり障りのない話題で盛り上がった。
「それでさ、かなちゃん。連絡先教えてもらえる? ほら、何か困った時とかすぐ連絡出来るようにさ」
響はやや緊張しながらスマートフォンを取り出した。
「それに、俺の母さんにかなちゃんのこと話したら、大月家の近況とか知りたいって懐かしそうに言ってたし。俺らが連絡先知ってたら、そういうのもスムーズになると思うんだけど」
奏から少し目をそらす響。
「そういうことなら、良いですよ」
奏はゆっくりと制服のスカートのポケットから、スマートフォンを取り出した。
「私の両親も、響先輩のご両親のことはきっと知りたいと思いますし」
奏は柔らかに口角を上げた。
「ありがとう。今俺のQRコード出すから」
響はメッセージアプリを起動させ、自身の連絡先のQRコードを出した。
それを読み込む奏。
「かなちゃんの連絡先は……あ、今来たやつか。追加しとくね」
「はい、よろしくお願いします」
こうして響は奏の連絡先を手に入れることが出来た。
(これで少しはかなちゃんと話しやすくなるはず)
少しだけ前進した響だった。