眼鏡をかけているからなのか、口調のせいなのか、気難しい雰囲気が漂っている。どうにも近寄りがたい存在だ。

 そんな気難しそうな男の足元で、小鬼はキラキラとした目で男を見上げ、嬉しそうにしている。

 一体この人は、誰なのだろう?

 困惑のままに答えを求めて視線を彷徨わせていると、事務的な声が僕を射抜く。

「オドオドとするな。男だろう」

 そんな男の言葉を、困ったように小鬼が(たしな)める。

「あの〜、小野さま。このご時世、そう言った発言はコンプライアンス的にアウトになりますので、ご注意下さい〜」
「うむ。そうか。いろいろとやりにくくなったものだ」

 そんなことを言いながら男は、ベッドの向かいに設置された机から椅子を引き出し、足を組んで座ると顎を摩りながら思案顔になる。案外物分かりの良い態度に少し拍子抜けしながらも、まだ男との距離を縮められないでいる僕は、あえて小鬼に声をかけた。

「ねぇ、小鬼。この人は?」
「あれ〜? ご紹介がまだでしたか? こちらの方は、冥界区役所事務官の小野(おの)(たかむら)さまです〜。僕の尊敬する上司です〜」
「また、余計なことを」

 事務官小野は小鬼を呆れたように一瞥し、冷めた口調で突き放した態度をとっている。しかし、余計なことを口にする小鬼のことを叱るわけでもなく、どうやら満更でもなさそうだ。

 こっそりと小野という男を観察していた僕は、そこで彼の名前が頭の片隅に引っ掛かった。

「小野篁? どこかで聞いたことがあるような……」
「ほう」

 事務官は眼鏡の奥の目を細めて、僕を見る。その視線が気になってなかなか答えを導き出せない僕は、俯き右手親指の爪を噛む。考えが纏まらない時に出る僕の悪癖だった。

 しかし、それをしたことにより平常心に近づいたらしく、答えが閃いた。

「あぁ、そうだっ! 地獄へ繋がる井戸を通った人だ」
「えぇ〜! 小野さまは現世でも有名なのですか〜? さすがですね〜」
「ほう。よく知っているな」

 小鬼の驚く様を無視して、事務官小野は僕に少しばかりの関心を示したようだった。

「でも、確か小野篁って平安時代の人だったような……。そんな昔の人が、今、目の前にいるなんてことはあり得ないし、僕の勘違いですね。すみません」
「謝ることはない。そなたは間違っていない」

「えっと……それは……」

 小野篁は、平安時代、何代もの帝に仕えた非常に優秀な人だったらしい。なにしろ頭脳明晰にして博学、博識、さらに実務能力にも優れているという、いわゆる、できる男。