「わかりました」

 僕は、小野様の眼鏡の奥の瞳を見つめて頷いた。

「ちなみに、なぜ五十歳になるまでなのですか? 八十歳まで生きられる可能性があったのならば、そちらに合わせても良かったのではないですか?」
「なんらかの理由で現世へと戻る際は、残っていた天命の半分を消費しなければいけないのだ。そなたの場合、残りの天命は、六拾年。そのうちの半分を消費するということは……」

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 ピッピッと電子音が一定のリズムを刻む中、コポコポと水が湧くような音がする。ピクリと右手の指を動かすと、瞬間、手を握られた。

「衛っ!」
「にいちゃん!」

 耳に届く大きな呼びかけに反応して、ゆっくりと目を開く。開けた視界に映ったのは、白い天井に白い壁。先ほどまで、小野様や小鬼と話をしていた部屋と同じ色の部屋。しかし、そこにはなかった明るい日差しの溢れる窓。そして、その光を背に浴びながら、僕を覗き込む母と弟の心配そうな顔。

 戻ってきた。二人の顔を見て、そう思った。まだぼんやりとする頭に小野様の言葉が浮かぶ。

(現世での未練をなくしてこい)

 そうだ。僕に再び与えられた時間は三十年。長いようであっという間に過ぎてしまうであろうその時間を、意味のあるものにしなくては。

 僕は、ぼんやりとしていた頭の中の靄を払うように声を出す。

「……かあ……さん……」

 その声に応えるように、母は握っていた僕の手をさらに強く握った。

「衛……良かった……」

 鼻声でそれだけ言うと、母は弟に声をかける。

「保、医師(せんせい)を呼んで頂戴」
「うん」

 弟が僕の頭上へと手を伸ばし、ナースコールをした。しばらくすると、医師とナースが連れ立ってやってきて、目を覚ましたばかりの僕の頭や体を色々と触る。

 どうやら僕は、あの事故の後、丸一日意識がなかったらしい。大きな事故だった割に、怪我は両足骨折だけにとどまった。ただ、事故に巻き込まれた際に頭を強く打ったため、いつ目覚めるかは分からない状態だったと、医師から説明を受けた。

 医師の話を聞きながら、僕はどこか夢見心地のままだった。

 自分が死んだことをしっかりと覚えている。もちろん、小野様や小鬼、冥界区役所の宿泊所や体感ルーム内での出来事の全てをはっきりと覚えている。それでも、自分のおかれている現状との違いに、あれらが全て夢だったのではないかと思えた。

 しかし、全てが夢ではない証が僕の体には刻まれている。