なんとか顔の痙攣を抑え込むと、それを見計らったかのように小野様は僕に向き直った。

「さてそれでは、私付きの特別補佐となった古森に早速指示を出す」
「あ、はい!」

 僕に出来る仕事だろうか。少しだけソワソワとしながらも、僕はピシリと姿勢を正す。

「そなたにはこれから、現世にて研修を行なってもらう」

 そういえば、そんな事を言われていたと思い出す。

「あの、現世でどのような研修をするのですか?」
「そなたはこの五日間で、気持ちを大切に出来る様になった。今回の研修では、それを魂に定着させてくるのだ」
「えっと……それは、どう言う……?」
「そなたには、これから現世時間経過で五拾の(よわい)となるまで、現世での生活を課すこととする!」

 僕は小野様の言葉が瞬時に理解できなくて、しばしの間押し黙る。

 (よわい)と言うのは、確か年齢を意味する言葉だったはず。つまり、次の研修は現世で五十歳になるまで生活しろってことか。

 なるほど…………

「え゛っ?」
「なんだ?」

 首を絞めたような疑問の声に、小野様は訝しげに反応する。

 僕の胸はもう動いてはいないはずなのに、ドキドキと脈打っているような気がした。

「あの、つまりそれは……」

 期待しすぎるなと自らを制しようとするが、なかなか胸の高まりは収まらない。僕はゴクリと喉を鳴らす。

「それは……もしかして、生き返ると言うことでしょうか?」

 まさかとは思いながらも、震える声で小野様に確認する。

「厳密に言うと違うのだが、まぁ、そう解釈してかまわない」

 小野様は、眼鏡のレンズをキラリと光らせ、とても真面目な顔で頷いた。

「ほ、本当ですか?」
「うむ」
「で、でも、なぜ? なぜ、僕が生き返ることになるのですか? 先ほど、特別補佐になったばかりなのに」

 小野様は、これ見よがしに軽くため息を吐く。

「先ほど言ったではないか。自我の強いそなたでは、ここで研修を行うことは無理なのだ。思いが現世に縛られすぎている。未練を解消してこい。そのためにも研修先を現世としたのだ」
「未練ですか?」

 不意に家族の顔が思い浮かぶ。

「今回、そなたは不慮の事故によりこちらへ来たわけだが、事故に遭わなければ天寿を全うするのは八拾の齢であったのだ」
「八十!! 僕、八十歳まで生きるはずだったのですか!?」

 思わず声が高くなる。確か、平均寿命がそれくらいだと何かで読んだような気がするけれど、まさか自分に人並みに年を重ね続けていく未来があったとは、想像したことがなかった。