すると、わざとらしい咳払いが一つ室内に響いた。僕たち二人は、ピタリと口を噤む。

「そなたたちは、要らぬことを喋りすぎる。時間がないと伝えてあるはずだが?」

 事務官小野は、眼鏡越しにジロリと僕たちへ視線を投げた。

 その視線を浴びた僕たち二人は、体を小さくする。

「す、すみません……」
「申し訳ございません〜」
「それで? 古森、状況は把握できたのか?」
「あ、はい。事務官さん……小野様のおかげで、地獄行きを免れたのですよね? ありがとうございます」

 僕は、小野様に向かって深く頭を下げた。足元の小鬼をチラリと見れば、もっと深くお辞儀をしていて、僕はさらに腰を折る。

「先ほども言ったが、そなたには見込みがあると思ったから取り立てたまでだ」

 小野様の声は相変わらず事務的だったが、以前よりもどこか柔らかく聞こえる。

「あの、見込みって……?」

 小野様は少しだけ間を開けて、僕の目をしっかりと見つめて言った。

「人の気持ちを素直に受け取れるようになったところだ」
「人の気持ち……ですか?」
「そうだ。ここへ来たばかりの頃のそなたは、自分の思いも、他人の思いも、ぞんざいに扱っておった。しかし、そなたは変わった。気持ちを大切にするようになった。最初のままのそなたなら、幾ら小鬼に進言されたとしても、私はそなたを受け入れはしなかった」

 確かに僕は『ありがとう体感プログラム』を通して変わったと思う。

 しかし今はまだ、極度の人見知りが少し自分の殻から出てきただけだ。人並みにほんの少し近づいただけのように思う。そんな事を思い、つい卑屈になりそうになる。でも、ここでもう少しだけ考えてみた。

 小野様はこれまで事務的に、しかし的確な物言いしかしていない。つまり、そこには本心以外含まれていないのだ。

 そんな人が「変わった」と言っている。これは彼の本心なのだ。つまり、この言葉は実直な彼からの最大級の賞賛なのではないだろうか。

 自分ではほんの少しだと思っていても、周りはそのほんの少しをしっかりと評価してくれているということではないだろうか。

 小野様の言葉を胸の内で温めながら、足元にいる小鬼へと視線をやると、しっかりと僕を見上げていた視線とぶつかる。小鬼は、無言で力一杯頷いた。

 小鬼の反応に、僕は自分の考えに自信を持つ。そして、小野様をしっかりと見据えた。

「ありがとうございます。ご期待に答えられるよう、これからがんばります」
「うむ。なかなかに良い返しだ」