何かしらの異変が起こるのではないかとほんの少し身構えたが、体調に異変はない。僕が、身構えたまま固まっていると、僕の手から小鬼はカップを取り、何処かへ持って行った。カップを片付けたのだろうか。戻ってきた小鬼は、部屋に入る前に見せたように姿勢を正す。

「では〜、長い時間お話をしてしまいましたが、僕はこれで失礼します〜。古森さんはこちらで、しばらく待機していてください〜」
「しばらくって?」
「区役所は、土日は業務を行いませんので、二日間待機をお願いします〜。月曜に小野さまと一緒にまたお伺いします〜」
「二日間っ!? ここに一人で?」

 戸惑っている僕に向かって、深く一礼すると、小鬼はパチンと指を鳴らしながらその場でクルッとターンを一回した。

 すると、小鬼の姿は跡形もなく消えてしまった。

「ったく、勝手に部屋に押し込んどいて、なんだって言うんだ」

 僕は文句を言いながら、ベッドに寝転ぶ。ベッドは自分の部屋のものよりも、フカフカとしていて気持ちが良かった。その柔らかさを感じながら、目を閉じる。

 すると、ピンポーンと玄関チャイムのような音がした。なんだろうと体を起こすと、先ほど消えたはずの小鬼と、スーツをビシッと着こなし、細めの眼鏡をかけた、いかにもやり手ビジネスマン風の長身痩躯の男性が突然室内に現れた。

「古森さん〜、おはようございます〜」
「えっ!? なに?」
「月曜になりましたので、手続きに来ました〜」
「ええ?? だって、さっき消えて……」
「ふむ。なるほど。これほど自我が強いとは、厄介な奴だ」

 小鬼の隣に立つ長身痩躯の男性がとてつもなく面倒そうな声を出しながら、目を細めて、まるで僕を見定めるかのように一瞥してから、彼の足元にいる小鬼へと視線を向ける。

「小鬼、こやつに説明は?」
「はい〜、ご本人の死亡理由、ここが冥界区であること、地獄行きの説明はしたかと思います〜」
「ふむ。余計な事ばかり口にするそなたにしては、いい働きだ」
「ありがとう〜ございます〜」
「あの? 一体……」

 小鬼と男の会話に割って入る形で僕は声を上げた。そんな僕に再び視線を戻した男の声は事務的だ。

「古森衛」
「は、はい?」
「そなたには、本日から研修を受けてもらう」
「け、研修?」
「『ありがとう体感プログラム』です〜」
「ありがとう……プログラム?」

 困惑し、ベッドの上で身動きせずにいる僕を、頭の回転が悪い奴だとでも言いたげな眼差しで見つめてくる長身痩躯の男。