焼鏝を手にした小鬼は、やはり満面の笑みだ。

「な、なに?」

 小鬼の意味不明な行動に、僕は半身仰け反る。そんな僕を小鬼はニコニコと見つめてくる。

 さらに体を仰け反らせようとしたその時、わざとらしい咳払いが室内に響いた。視線をそちらへ向けると、事務官小野が、細眼鏡の真ん中あたりを指で押し上げていた。

「話を続けても良いか? 古森?」
「えっ? ああ、はい。えっ? でも……」

 僕は事務官と小鬼を交互に見る。全くの無表情と全開の笑顔。どちらも心情が読み取れず、見れば見る程不安感が募っていく。

「あ、あの、なんで小鬼は、焼鏝を手にしている……のかなぁ?」

 これまでの経験から、小鬼の手の中にあるものがそれほど恐怖心を抱かずとも良いものであることは分っているのだが、状況が状況だけに恐怖心が煽られる。

「古森さん~。右膝を出してください~」

 満面の笑みで僕との距離を詰めてくる小鬼を回避すべく、僕はベッドの上へと上がり、じりじりと後ずさる。数瞬の攻防を冷めた目で見つめていた事務官は、面倒くさそうに小鬼を制した。

「小鬼。しばし待て。まだ古森に何も説明しておらぬ」

 事務官の言葉に、小鬼はハッとしたように事務官と僕の顔を見る。

「申し訳ありません~。つい、嬉しくて先走りました~。続けてください~」

 小鬼は焼鏝を両手で持ち、その場でシュンとなる。小さな体をさらに小さくしている様は、先ほど異様な恐怖心を煽ってきたそれと同一とは思えないほどに、かわいらしく反省の態度を示している。

 事務官小野は小さくため息を吐くと、僕へと向き直る。

「小鬼が先走ってしまったが、これからそなたには認証印を一つ施す」
「えっ? 認証印って……」

 僕は俯き、自分の右膝を見やる。ズボンに隠れて見えないが、右膝には研修修了の証の焼印が四つある。

 僕の視線の先にあるものを肯定するように、事務官小野は軽く頷いた。

「そうだ。そこに、認証印を追加する」
「……追加? なぜですか?」
「小鬼の申し出によるものだ」
「小鬼の?」

 待機モードで大人しくしている小鬼に目を向けると、相変わらず満面の笑みだ。

「そなたは、四回目の研修を失敗した。覚えているか?」
「……はい。不貞腐れて、研修を放棄するような態度をとり、無意味に時間を過ごしてしまい……」

 僕は、自分の不甲斐なさに思わず俯く。

「そうだ。時間ギリギリで、謝意を受けることはできたが、自ら謝意を示すことができなかったため、認証印を与えなかった」