「そうだ。生きている間に人が当たり前に体感するべき感謝の気持ち。そなたはそれを経験せずにこちらへ来てしまった。この、感謝の経験度合いによって、地獄では救済措置が施されることになる訳だが、そなたにどのような救済措置を施すべきか、はたまた、救済措置なしの最恐地獄送りにすべきかが、これまで検討されてきた……」

 そこで事務官小野は言葉を切る。居た堪れないほどの緊張感に、僕はゴクリと生唾を飲み込む。

「そなたの研修の出来具合により、概ねの結論は出ていた」
「そ、それは……?」
「こちらがある程度道筋を立てていたとはいえ、そなたは謝意を表すことも受ける事もできた。つまり、そなたの心意は極悪という程のことはなかろう。したがって、等活地獄行きが妥当という判断だった」
「等活地獄?」
「まぁ、最も多くの死者が送られる一般的な地獄、とでもいえば良いか」
「え〜っと、つまり僕は最恐レベルの地獄行きを回避出来たという事ですか?」
「結論から言えば、そうなる」

 事務官小野のさらっとした肯定に、しばしの間が開く。

 それから、僕は眉間に皺を寄せつつ目を閉じた。最大級の安堵を噛み締めながら、叫び出したい気持ちをグッと堪える。しかし、内なる喜びは隠せるはずもなく、僕の口からは喜びが漏れ出る。

「……やった……やったよ、小鬼」

 そばに立つ小鬼を見下ろせば、当然という笑顔が返ってくる。事務官は、そんな僕たちのことなどお構いなしに淡々と口を開く。

「これからの話をしても良いか?」
「あ、はい。すみません」

 事務的な声は少しだけ僕を冷静にさせた。僕は気持ちを落ち着かせ、居ずまいを正す。

 事務官はそんな僕からスッと視線を外すと、僕の足下にいる小鬼に向かって事務的な連絡事項とでもいう口調で用件をさらりと伝えた。

「例の件は、そなたの提案が承認された。故に、準備を」
「本当ですか~! よかったです~!」

 全く内容の分からない話に、僕は大きく首を傾げた。そんな僕の脹脛(ふくらはぎ)を小鬼はチョンチョンと突き、意識を下へ向けさせる。

「古森さん~、カップをお預かりしますね~」
「あ、ああ」

 小鬼は僕の手からリラックスサプリの入ったカップを受け取ると、それを自分の背丈よりも高い机の上にぴょんとジャンプをして置き、僕の方へと戻って来た。

 何故だか、小鬼の顔は先ほどよりも笑みが深まっている。ニコニコ顔の小鬼は、ベッドへ向かうと放り出したままになっていた焼鏝をズルリと引きずり下ろした。