「できるなら、したいと思うなら、やるべきだよ。小鬼」

 小鬼は小首を傾げながら僕を見る。僕は嫌味にならないように微笑む。

「ほら、僕はもうできないから」

 小鬼はハッとしたように目を見開き、それから小さく呟く。

「あの……もしかしたら……」

 何かを言おうとした小鬼の言葉に被せるように、室内にチャイムが鳴り響き、来訪者があることを知らせた。そして、すぐに事務官小野が室内にパッと姿を現した。

 地獄へ結果を報告に行くと言って姿を消していたから、僕の処遇が決まったのだろうか。事務官の表情からは何も読み取れない。

 僕はベッドの縁に腰かけたまま、両手を握り体を固くする。そんな僕の気配を感じたのか、僕の太腿を小鬼が優しくポンポンと叩いた。

 目を向けると、小鬼は笑顔を見せる。そして、うんと一つ頷いた。それは、大丈夫だと言っている気がして僕も無言で頷き返した。

「待たせた」

 事務官の事務的な声が、室内にやけに大きく響く。

「……いえ」

 それに引き換え、僕の声は掠れきっていて、本当に声が出ているのか分からないほどに小さい。

「古森。今回の研修結果を受け、先ほど、地獄の裁判にてそなたの処遇が決まった。早速伝えても良いか?」
「……は、はい」

 しっかりと声を出そうと思っているのに、全く喉から音が出ない。そんな僕を見兼ねて、事務官は小鬼に指示を出す。

「小鬼。例のサプリを古森に」
「はい〜」

 小鬼はピョンとベッドから飛び降りる。しばらくして、手に小さな白いカップを持って戻ってきた。

「古森さん〜。コチラをどうぞ〜」

 手渡されたカップからは金木犀から漂うような甘い香り。このサプリを口にするのも、おそらくこれが最後だろう。

 素直にカップに口をつける。一口コクリと飲むだけで、気持ちも喉も解される。

 どんな結果になっても大丈夫。

 本当は潔くそう思いたいけれど、やっぱり最恐レベルの地獄なんて怖すぎて、このまま耳も目も塞いでしまいたい。

 だけど、今回のことで遅まきながら少しは変わったであろう僕が、地獄でどのように評価されたのか、気になるのもまた事実だ。

 がんばったと言ってくれた小鬼の言葉に背中を押され、僕は大きく息を吐き出す。

「お待たせしました。お願いします」

 僕の表情から大丈夫だと判断したのか、事務官は頷くと口を開いた。

「さて、古森よ。今回の研修の趣旨は何であったかを覚えているか?」
「日常生活において、感謝の気持ちが生まれる場面を体感する……ことですか?」