「はい〜。では最後になります〜。不殺生。生き物を殺したことはありますか〜?」
「いいえ」

 地獄行き確定を認識した僕は、もうどうでもよくなって投げやりに答えた。しかし、小鬼からの思いがけない返しに僕は瞬時に苛立った。

「ブ〜。違います。古森さんは、殺生したことがあります〜」
「はぁ! 何言ってんだよ! 人殺しなんかしたことないわっ!!」

 両手を固く握り締め苛立ちの勢いに任せてベッドの淵から立ち上がった僕の右膝を、小鬼はまるで肩を叩いて宥めるようにポンポンと優しく叩いた。

「落ち着いてください〜。五戒の不殺生は、人殺しを意味しているわけではありません〜。もちろん人殺しは大罪ですが、古森さんの記録に、殺人歴がないことは確認済みです〜」
「じゃ、じゃあ……」

 小鬼の言葉を聞いて、力んでいた両拳が軽く緩む。

「ですが〜、不殺生とは殺人だけに限りません。例えば〜、古森さんは蚊を叩いて潰したことがありませんか〜?」
「それは、もちろんあるさ」
「その行為は、不殺生に該当するのです〜」
「な……まさか……」
「本当です〜。虫だけでなく、動物の肉を食すことも不殺生を犯すことになります! アウトです〜」
「!!」
「つまり〜、現世人(げんせびと)のほとんどが五戒を犯しており、ほとんどの人は地獄へ行くことになるのです〜!」

 小鬼の高らかとした宣言に、僕は頭を思いっきり殴られた様な気がして、ヘナヘナとベッドの淵に座り込んだ。もう頭を抱えるしかなかった。

 そんな僕の様子に気づいたのか小鬼は、そっと僕のそばを離れた。しばらくして戻ってくると、手にした小さな白いカップをスッと僕に差し出してきた。

「古森さん、大丈夫ですか〜? 色々と混乱されたことでしょう〜。コチラをどうぞ〜」

 手渡されたカップには、七色に揺らめく液体が一口分注がれていた。

「これは?」
「冥界区限定のリラックス効果の高い飲むサプリです〜。効果は保証しますよ〜」

 胡散臭い物を見る目で、手の中のカップを眺めていると、小鬼は満面の笑みで煽ってくる。

「さぁさぁ〜! グイーッと一気にいっちゃってください〜!」
「本当に大丈夫?」
「はい〜。死ぬことはありませんよ。もう死んでますから〜」

 手の中のカップからは、金木犀から漂うような甘い香りがしている。僕は、その香りに誘われるかのように、警戒していたはずのカップに口をつけると、不思議な液体を一気に飲み干してしまった。

「どうですか〜? 甘くて美味しいでしょ〜?」
「うん」