「僕は、あなたの息子さんと同じでしたよ。極度の人見知りで、人とまともに話すことも、目を合わせることもしない。ましてや、自分の意見を主張したこともない」
「え? でも、今……」
「そうです。今、僕は自分の意見を主張しています。主張することができています」

 母の目を見て、僕はゆっくりと、しかしはっきりと口を動かす。

「それは、今がそうすべき場面であると気が付いたからです。人の気持ちを察してあげるなど、人にはできないことです。例えば、彼の気持ちを察し、それが彼の希望に沿っていたとして、しかし、それは彼にとって甘えに繋がります。言葉で言わなくても、人は分ってくれると。逆に、もし彼の希望に沿っていなければ、やはり誰も僕のことなど分ってくれないと、心に高い壁を築くことになります。周りの人にできることは、彼の気持ちを察することではありません。推測し、それが正しいかどうかを確認することです」
「推測し、確認する?」

 母を見据え、怒涛の言葉を吐き続ける僕を、母は小首を傾げながら見つめ返す。

「そうです。そうすることで、いかに彼が自身の周りに高い壁を張り巡らせていようとも、あなたと……ご家族と、コミュニケーションを取らざるを得なくなります。大切なのは、先回りをして察することではなく、推測し、寄り添うことなのです」
「察するのではなく、推測し、寄り添う……」

 僕は、内にある言葉をすべて出し尽くしたような気がした。こんなにも長く自分の気持ちを外に吐き出したことなどなかった。

 息継ぎも忘れて心の中の言葉を口にしていたようで、僕は軽い眩暈を感じた。眼を閉じる。大きく息を吐きだして、自分が吐き出した言葉の渦に少しの間呑まれる。

 静かな沈黙が室内に流れた。やがて、同じように言葉の渦に呑まれていたのか、少しぼうっとした表情の母がポツリとつぶやいた。

「あなたは……」
「はい?」

 母の声に反応し声を出すと、喉が掠れて少し痛かった。やはり、しゃべりすぎたようだ。

「あなたは、息子と同じように人見知りだと言ったわ」

 母は、僕の喉の掠れなど気にも留めず話を続ける。その表情は、焦点がどことなく定まっていない浮ついた感じだ。

 母の意識をはっきりとさせるためにも、僕はしっかりと声を出す。

「はい! そうです」
「今のあなたからはなかなか想像がつかないのだけれど、仮にあなたの言っていることが本当だとして、あなたはいつ、どうやって、人見知りを克服できたの?」