そんな気がした。

「……美味しい」

 思わず口をついて出た僕の言葉に、母は微笑む。

「あら? おしゃべりしすぎて喉が乾いていたの? って、喋りすぎは私か」

 母は、自分の言葉に自分でツッコミを入れて、ケラケラと笑っている。

「……いえ」

 僕は、何に対しての否定か分からない言葉を発しつつ、中身がなくなり本来の透明な色に戻ったグラスを、テーブルへ戻す。すると、母がすっと手を出してきた。

「……え?」
「貸して。もう一杯持ってくるわ」
「すみません」
「いいのよ。気にしないで。それから、こう言う時は『ありがとう』って言った方がいいわよ。恐縮されるより、感謝される方が嬉しいもの」

 どこかで言われた耳に残っている助言に僕はハッとなる。視界の端でソファに座る小鬼がピョコンと背筋を伸ばしたのを感じた。

「あの……ありがとうございます」

 テッテレ〜〜

 クリアを知らせるメロディが鳴り響く。

 母の助言のおかげで、本日分の『ありがとう』を言うことができた。残すは、母に『ありがとう』と言ってもらうのみ。

 しかしこの僕が、母に一体どんな事ができるだろうか。

 ヒントを求めてソファで待機している二人へ視線を向ける。事務官小野は相変わらずの無表情で腕を組んで座っているだけで、何もヒントをくれそうにない。

 事務官の横で、楽しそうにチョコンと座っている小鬼は、僕の視線に気がついて両手をグッと握り込み、全力ガッツポーズで僕にエールを送ってきた。

 小鬼の応援は嬉しいけれど、母を攻略するヒントが欲しい。

 僕は、苦笑いをしつつ視線を戻す。

「はい。お待たせ」

 目の前に、黄金色をしたオクスス茶がなみなみと入っているグラスが置かれ、母は自分の定位置へと腰掛ける。

「あの……」

 何を話せば良いか分からなかったが、自然と言葉が口をついて出た。

「先程の話、違うと思います」
「えっ?」

 母は、唐突に話し出した僕に向かって首を傾げる。

「先程の……、シュークリームを勝手に食べてしまったので、息子さんを叱った件です」
「ああ、アレね」
「きっと、息子さんは、気にしていないと思います」
「そうかしら?」
「はい。だってその話、小さい頃のことなんですよね? たぶん、本人は覚えていないと思います」
「でも……だったら、どうしてあの子は、私たち家族にも胸の内を見せてくれなくなってしまったのかしら?」

 母は困惑気味に顔を(しか)める。原因が思い浮かばない。そんな顔をしている。

 それはそうだろう。母に否はないのだから。