「うちの子もそうなのよ。我慢ばっかりするの。本当はシュークリームが大好きなのに、下の子が欲しがるとすぐに譲っちゃうのよ」

 母は空になった皿を見つめて、話し続ける。

「シュークリームに限ったことではないけれど、いつもそうなのよね。下の子はいつまで経っても我儘なのよ。我儘……、う〜ん、ちょっと違うかしら。いつまで経っても甘えてるのね。下の子の(さが)ってやつかしら」

 そこで母は小さくため息をつくと、カモミールティーへと手を伸ばす。僕もつられてティーカップを手に取った。

 喉を潤した母は再び口を開く。

「昔ね、上の子が冷蔵庫にあったシュークリームを勝手に食べてしまったことがあったの。私はその時、きつく叱ってしまったんだけどね、後で思ったのよ。『あぁ、この子はきっと一人で思う存分シュークリームを味わってみたかったのかな』って。いつも弟に取られてしまって、半分も食べられないから」
「それって……」

 母の言葉に、俯きがちに話を聞いていた僕は思わず顔をあげる。目が合った母は軽く微笑む。

「ふふ。これは、私の推測。あの子の本心は、分からないわ。もともと自分の気持ちを上手く表現できない子だったのだけど、私がきつく怒ってしまったからかしら? それから、あの子はどんどん内向的になってしまって……親の私たちにも胸の内を見せてくれなくなってしまったの。……ずいぶん小さい頃のことだけれど、なんだか、あの子があの時のことを引きずっているような気がするのよね……」

 そう言うと母は、ティーカップへと視線を落とした。その顔はどこか寂しそうで、僕は何か声を掛けなければいけないような気がした。

「あ、あの……」

 うまく言葉が出ず、口籠ってしまった僕を見て、母は、はっとしたかのように笑顔を取り繕う。

「あら、ごめんなさいね。私ばかり喋ってしまって……。つまり、何が言いたかったかって言うと、あなたはきっと優しすぎるのよ。うちの子もそうだけど、兄弟、家族にまで気を使うことなんてないのよってことが言いたかったの。それなのに私ったら、余計なことまで話してしまって……。ダメね〜。これだから、おしゃべりなおばさんは鬱陶しがられるのね」

 母は、自分の言葉にふふっと笑うと席を立った。

「お茶のおかわり、いかがかしら?」

 僕は、手に持ったままになっていたカップへと視線を落とす。喉を潤すために無意識に飲んでいたのか、カップの中は空になっていた。

「……あの、頂きます」