小鬼の疑問に僕も首を捻る。二人して訳がわからず首を捻っていると、また母の雷が落ちた。

「早く川から離れなさい!」
「なんでっ!?」

 高圧的で理不尽な母の態度に、つい僕も強くでる。しかし、母はそんなことはお構いなしに必死に捲し立てながら僕の手首を掴む。

「もうすぐ雨が降るのよ。この川はすぐに増水してしまうのに、それを分かっていてこんな危ないところにいるの?」
「えっ?」

 母の言葉に僕は空を仰ぎ見る。確かに今にも雨が降り出しそうな黒い雲が空を覆い始めていた。

 空模様になるほどと納得しつつも、僕を川岸から引き剥がそうとするかのように強い力で僕の腕を引っ張る母に、抗議の声を上げる。

「痛い! 離して!」

 そんな声を無視して、母は僕を引きずるようにして土手の上を目指して歩き始めた。

 母の勢いに抵抗すべく、僕は腕を引っ張られながらも必死にもがく。そんな僕を母は容赦なく叱り飛ばす。

「いい加減にしなさい! 何があったか知らないけど、命を粗末にして言い訳がないでしょ! こんなことをして、親御さんが悲しむとは思わないのっ!」
「え?」

 母の言葉に、僕は抵抗していた力が一気に抜ける。

 必死の形相で僕の腕を引っ張る母の横顔を、僕はポカンと見つめる。この物言いはまさか、母は何か勘違いをしているのではないだろうか。

 僕が抵抗するのをやめたのをいいことに、母は有無を言わさぬ勢いで土手の上へと僕を追い立てる。

 母に急かされて土手の上まで戻ると、その光景を片眉を上げて見ていた事務官小野と視線がぶつかった。

 無表情がトレードマークの彼が、ニヤリと笑ったような気がした。

 不意に、母に世話を焼かれているところを友達に見られて恥ずかしくなったような、そんな羞恥を感じて僕は事務官の視線からパッと顔を背けた。

 僕を安全地帯へと導いた母は、手にしていた買い物袋を地面へ下ろすと、膝に両手をついて息を整えながら僕に話しかけてきた。

「どうしてあんなことするの?」

 そこまで言って、荒い息を整えるかのように、母は大きく一つ息を吐き出した。

 そんな母に向けて、僕は口を開く。

「あの……。もしかして、何か勘違いしてたり……?」

 何をと問いたげな視線を向けてくる母に、僕は、思い切って事実を告げる。

「もしかしてだけど、……僕が川へ入って、その……自ら命を絶つとか、そんな風に思ってる?」

 僕の問いかけに、今度は母がポカンと僕の顔を見つめる。答えは無くともその表情が全てを物語っていた。