すると、小鬼はいつもよりもさらに低い位置から僕を見上げ、二ヘラっと笑う。

「そうなんですよ〜。川とか海って、なんか良くないですか〜? 自然を感じるというか……壮大な感じがするというか……、生きてるっていうか、生命体じゃ無いのに、なんか意志を持って動いている感じがして、つい触りたくなってしまうんですよ〜」

 小鬼の饒舌ぶりに若干戸惑いながら、ふと疑問に思う。

「あれ? 宿泊所のある辺りには何もなかったと思うけど、黄泉の国にも川や海があるの?」

 小鬼は、まだ水面をパシャパシャとやりながら、当たり前というように軽く答える。

「ありますよ〜。まぁ、現世の海や川とは少し異なりますけどね〜」
「ふ〜ん」
「例えば有名な川ですと、三途の川ですね〜」
「あ、ああ」

 何気ない小鬼の言葉が、死後の世界を唐突に意識させる。思わず僕の喉がひりついた。

「そうですね〜。後は、地獄の血の池とかが有名ですかね〜」
「い、池じゃん!」

 僕の(ども)ったツッコミに、小鬼はアハハと笑う。

「ほんとですね〜。池でした〜。他にも、僕はまだ行ったことがありませんが、天国の桃源郷と言うところにも、素敵な川があるらしいですよ〜」
「そ、そうなんだ……」

 小鬼はフフっと笑いながら、水面に手を入れてバシャバシャと水の感触を楽しんでいる。

「でも、三途の川なんかでは、さすがにこのように水に触れることはできないんですよ〜。触れてはいけない決まりがあるのです〜。それに、この川のように流れを感じることもないですね〜。ただそこに大量の水があるって感じで……。やっぱり、生きてるって感じるのは現世の水だけです〜。と言っても、僕は現世へは行ったことがないので、僕が知っているのは、この体感ルームに現れる川や海だけなんですけどね〜」

 川の流れのように、小鬼の口からは川への思いがサラサラと流れ出る。いや、それは現世への思いだろうか。

 確かにここのように、大きな川や海を眺めて居ると、流れに心を洗われるのか無心になれるし、流れを眺めているだけで楽しくもある。僕も、近所に流れる川を眺めるのが好きだった。

「小鬼たち冥界区役所の職員が、現世へ行くことはないの? 仕事とかで? う〜ん。例えば、迷信だと思うけど、現世では『死神が命を取りに来た』とか言われたりするよ。そういうのは、区役所の仕事ではないの?」

 小鬼はキョトンとしながら、僕を見上げる。

「古森さんは、区役所のお仕事に興味がお有りなんですか〜?」