額に当てがっていた手をパッと離し、勢いよく事務官の顔を見る。

 相変わらず感情を読み取らせない事務方然とした表情ではあったけれど、それでも、僕にはなんとなく彼が満足気にしているような気がした。

「もしかして、僕は勘違いを……?」
「言ってみろ」

 事務官は、細長い指の背で細眼鏡のフレームをくいっとあげると、腕組みをして僕の話を聞く態勢をとる。

「もしかしてなんですけど……、五回全てクリアすれば、最恐レベルが回避できるとは言っていない?」

 事務官は今度はしっかりと満足しているとわかる少し意地悪そうな笑みを浮かべて頷いた。

「そうだ。我らは、五日間の研修を受けよと言っただけ。そなたが勝手に早合点して騒いでいただけのこと」

 僕はあんぐりと口を開け、しばらく放心してしまった。しかしそうであるならば、あれほど言っていた最恐レベル行きとはなんだったのか。

 呆然としながらも、僕が疑問を吐き出そうと口を開きかけると、僕の言葉に被せるようにして事務官も口を開いた。

「しかし、そなたが此度の研修を投げ出すと言うのであれば、研修は無効と見做し、即、最恐レベル行きを決定する」
「やっぱり……」

 『最恐レベル』という単語に、消沈し掛けた僕は、(すんで)のところで踏み止まり、考える。

「ん? 投げ出した場合……? ということは、僕にはまだチャンスがある?」
「そういうことだ。全ての研修の結果を受けて、初めて、そなたの処遇は検討される」

 僕は、再びポカンとした顔で事務官小野を見つめる。

 そんな視線を鬱陶しいと言いたげに事務官は眉間に皺を寄せた。

「最後まで研修をやり終えたからと言って、そなたの思う最悪の事態が免れるとは言い切れぬ。しかし、認証印が足りぬからと言って、紋切型に決定を下すこともせぬ。それを踏まえたうえで、今一度答えよ。そなたは、本日の研修を受ける意思があるのか?」

 事務官小野は、眼鏡の奥から僕をしっかりと見据えて問う。

 僕は心を落ち着けて考える。

 僕がこれまで『ありがとう体感プログラム』とやらを受けてきたのは、最恐レベルの地獄行きを回避するためだ。

 四回目は失敗してしまったが、まだ巻き返せるかもしれないと事務官は遠回しに言っているのだろう。

 だったら、答えはもう決まっている。

「はい。あります!」

 僕は、事務官の眼鏡の奥をしっかりと捉えて頷いた。

 僕が答えを出すのを待っていたのか、それまで静かにしていた小鬼が、事務官の後ろからチラリと顔を覗かせる。