僕は、沈みかけていた気持ちと一緒にガックリと下がっていた頭を勢いよくあげた。

「ど、どうして、それ……」
「まあ僕も一応、冥界区役所の職員なので」

 小鬼はそう言いながら、首から下がる端末を少し持ち上げて見せた。どうやらあの端末には、パーソナルデータから個人感情まで、様々なことがデータとして記録されているようだ。

「個人の感情までデータ化されてるとか……。一体どんなところだよ。冥界区役所っていうのは。個人情報丸見えじゃないか……」

 死んだ後に個人情報もなにもないだろうとは思いながらも、自分の胸の内を見られた羞恥から、僕は非難めいた抗議をした。

「はい〜。冥界区役所は、故人様の全てを知り管理しています〜。しかし、だからこそ僕たちは、故人様の尊厳を護るために、故人様に対して踏み込み過ぎてはいけない。常に事務的でなければいけないと教えられます〜」
「じゃあ……」
「さっきの僕の発言が、古森さんのお気持ちに踏み込み過ぎていることは承知しています〜。ですが、古森さんが大変落ち込まれているのを見ていたら、その……言わずにはいられませんでした。不愉快な思いをさせてしまったのでしたらすみません〜」

 小鬼は腰掛けたまま、小さな体をくの字に曲げて深々と頭を下げた。その姿を見たら本当に心配してくれていたのだと思えた。

「小鬼。大丈夫だよ。頭を上げて」

 優しく声をかける。小鬼が顔を上げると、僕は正直な気持ちを口にした。

「僕は自分の不甲斐なさが、今になって嫌になったよ。自分の殻に閉じこもってウジウジして。好きな人に想いを素直にぶつけられない、そんな自分に嫌気が差したんだ」
「だったら、今からでもあの天使さんを探しましょう〜」

 小鬼は早速飛び出さんばかりにベンチから飛び降りた。僕はそれを素早く制する。

「待って。僕はあの子を探す気はないよ」
「どうしてですか〜?」
「だってあの子は、咲だけど咲じゃないんだ」
「それは、そうですけど〜。……古森さんのお気持ちが消化不良なのでは〜?」

 僕は素直に頷く。

「それはそうだよ。でもそれは、自業自得。現世で咲とちゃんと向き合って来なかったのだから仕方がない……と思うんだ」
「ですが〜……」
「消化不良の気持ちを抱えて、生きて……っじゃないか、死んでいく、っていうのもなんか変だけど、そうするべきなんじゃないのかなって。あの子に自分の気持ちを伝えても、それは、現世にいる咲に伝えたことにはならないでしょ」