小鬼の言葉に促されて、薄ぼんやりとしていた僕の記憶が次第にはっきりとしてきた。

 僕はいつものように小銭だけを持って、自宅から徒歩五分もかからない近所のコンビニへ漫画雑誌を買いに行った。そして、いつものように雑誌が陳列してある棚へ行き、いつものようにしばし漫画雑誌の立ち読みに耽っていた。いつもならば、そのあと、その雑誌だけを買って帰路に着く、なんの変哲もない大学生の日常なのだが、今日は違った。

 駐車場を物凄いスピードで突っ切ってきた車が、そのまま店に突っ込んで、雑誌の陳列棚と立ち読みをしていた僕を一緒になぎ倒した。

 僕の記憶ではそこまでなのだが、小鬼曰く、どうやらその事故に巻き込まれた僕はそのまま絶命し、いわゆる黄泉の国への入り口を(くぐ)ろうとしていたらしい。

「つまり、僕はあの事故で死んだってこと?」
「そうです〜。ご理解頂けて良かったです〜」
「あー、えーっと、因みに、どうしてあんな事故が起きたのか、キミは理由を知っているかい?」

 顔から焦りの色が消えた小鬼は、ニカっと笑った。小鬼の癖なのだろうか。やけに間延びした語尾が、どうにも緊迫感を遠ざける。つられて僕もどうでもいいことを聞いてしまった。僕の問いに、小鬼は首から下げていたタブレットらしき端末を数回スクロールさせる。

「あ、はい〜。情報によると、車の運転手は、風邪薬を服用後に運転をしていたようです〜。発熱と薬の作用とで、意識が朦朧となり事故を起こしたようです〜」
「そ……、そんなことで僕は死んだの?」
「ご愁傷様です〜」

 全く心の籠もらない慰めの言葉を口にしながら、小鬼は読んでいた端末から目を離した。彼は何処か楽しげである。僕は、こんな状況なのにと憤慨しかけて、しかし、他人事なのだから致し方ないのかもしれないと思い直す。

「僕が死んだことはわかったけど、それで、この状況はどう言うこと?」
「あ、はい〜。古森さんには、別室待機の指示が出ましたので、こうしてお迎えに参りました〜」
「ちょ、ちょっと待って……順を追って説明してもらえるかな?」

 小鬼曰く、僕は黄泉の国へと続く道を他の死者たちとともに進んでいた。黄泉の国へと続く道とは、先ほどまでいた、あんず色の世界のことだ。

 あの道の先には、天国や地獄、他にもよくわからないけれど、それぞれの行き先へ繋がった門が六つあり、各門を(くぐ)ること、すなわち黄泉の国へ行くことで、魂と肉体はすっぱりと切り離されるらしい。