咲は肩で息をしながらも、その顔は相変わらず花が咲いたように華やかで可憐だ。

「そ、そんなに慌てなくても、ちゃんと居るよ」
「良かったぁ」

 僕の言葉に咲はニコニコとしながら、先ほどと同じようにスッと僕の左隣に腰を下ろす。そして、手に持っていた小さな箱をそっと脇に置いた。

 チョコレートの甘い香りがほんのりと鼻を擽る。

「お待たせしてごめんなさい。準備に少し手間取ってしまって」

 そう言いながら咲は頭をペコリと下げる。そんな彼女に、僕は顔の前で両手をぶんぶんと振った。

「そ、そんな……。全然、待ってないよ」

 頭を上げた咲は、かわいらしく小首をかしげながらクスっと笑う。

「全然ですかぁ? そんなことはないと思いますけどぉ。待っている間、お暇でしたでしょう。何をされていたんですかぁ?」
「えっ……と」

 きみのことを考えていました……とは言えないので、僕は目を泳がせながら、それらしい答えを捻り出す。

「こ、子供のころのことを思い出していたんだ。ここで、お、弟や幼馴染と、よく遊んだなぁ……なんて」
「あら、お兄さんもですかぁ? 私もですぅ! 案外、私たちご近所さんなのかもしれませんねぇ」

 瞳をキラキラとさせながらそんなことを言う咲の顔を、僕はまともに見られなくて視線を小さな箱へと移す。

「い、いい匂いだね」
「……そうですか」

 僕の言葉に、咲は先ほどまでの華やかな笑顔とは違い、ぎこちなくフッと笑う。

 僕はそれが気になった。もうずっと咲のことを見てきたから、僕にはわかる。咲がこんな風に笑った時は何か嫌なことがあった時だ。

 しかし、咲の笑顔はどんなにぎこちなくても、周りの人にはそうとは気づかせない。それくらい素敵な笑顔だ。

 もしかしたら、咲本人もうまく笑えていると思っているのかもしれない。
 そう思うと、僕が今すぐに咲の胸の内を確かめるようなことはしてはいけない気がした。今の僕は、咲にとっては先ほど出逢ったばかりの、見ず知らずのお兄さんなのだから。

 どうしたら、胸の内を自然に聞き出すことができるだろうか。

 そんなことを考えながら、僕は何とか話の糸口を見つけ出そうと喉から言葉を絞り出す。

「あ、あの……本当に、水のお礼が、ケーキを食べることでいいのかな? もっと……他のことでお礼をした方が良いような……」

 僕の問いかけに、咲は迷うことなくきっぱりと答える。

「いいんです。お兄さんに食べて貰いたいんです。……って言うのは、なんか変だな。ええっと……」