「あ、ちょっと……」

 事務官と小鬼は姿を消し、僕は一人白い部屋に取り残された。

 いろいろと説明がなさすぎる。僕はぶつぶつと文句を言いながらベッドに寝転ぶ。ベッドは相変わらずフカフカとしていて気持ちが良かった。

 柔らかさに誘われて徐々に目蓋が降りてくる。間も無く睡魔の手中に収まろうかというところで、僕の脳裏を何かがよぎった。不安に駆られて僕は目をパチリと開けた。

 そういえば、明日の僕の誕生日までに今回の研修を終えなければいけないのではなかったか?

 こんなところでゴロゴロとしていて良いのだろうか?

 もし研修が終わらなかったら、僕はどうなるんだっけ?

 気がついてしまうと、疑問と不安が洪水のように押し寄せる。僕は跳ね起きベッドから降りると、意味もなく室内をウロウロとし始めた。

 明日までに研修を終わらせるには……

 どうする……どうすれば……

 僕一人では解決できない難問に頭を抱えていると、ピンポーンと玄関チャイムのような音が室内に鳴り響いた。

 ハッとして顔を上げると、先ほど消えたはずの小鬼と相変わらずスーツをビシッと着こなした事務官小野が、パッと室内に現れた。

「古森さん〜、おはようございます〜」

 小鬼はペコリと頭を下げて、元気に挨拶をしてきた。

「えっ? お、おはよ……う?」
「なんだ。まだ自我が強すぎて、こちらの世に馴染まぬのか」

 事務官は、ドギマギと朝の挨拶を返す僕を面倒臭そうに見る。

「……あの、もしかして、既に一日経ってたりします?」
「もしかしなくても、その通りだ」

 つい先程この人たちに一人置き去りにされたと思ったのだが、既に翌日になっているらしい。どうやら僕は睡眠を取り損ねたようだ。

 どうも、この世界の時の流れが掴めない。

 時の流れ方について首を捻る僕に構わず、事務官小野は、業務連絡を淡々と行う。

「これより本日の研修を開始する。しかし、私は役所にて諸々の仕事があるため、そなたの研修には立ち会えぬ。本日も、研修中は小鬼に付いてもらう」
「はぁ……」
「それから、昨日のように業務時間外に我らの手を煩わせることの無いよう、くれぐれも気をつけよ」

 僕はチラリと自分の右膝を見た。膝上部に赤黒い傷が一つできている。

 痛みはなかったものの、肉を焼かれる恐怖が蘇り、僕は小さく身震いをした。

「では、役所へ戻る。小鬼、後は任せるぞ」
「はい〜。承りました〜」

 小鬼に向けて指示を出した事務官小野は、指をパチンと鳴らしターンをして姿を消した。