僕は苦笑いを返す。

「はい……。大泣きでした」
「どこかで待っているの?」
「はい。隣のコンビニで……」
「じゃあ、早く戻って上げなくちゃね。お兄ちゃん」
「はぁ……それでは……」

 僕は頭を軽く下げ、その場を立ち去ろうとした。その時、ペシっと右膝に軽く痛みが走る。

 慌てて足元へ目をやると、それまで特に何も言わずに大人しく僕の後ろをついて回っていた小鬼が僕を見上げていた。

「な、何?」
「何じゃありません〜。ご婦人に、何か言うことはないのですか〜?」
「何か?」
「親切にして頂いたのですよ〜」
「ゔ……」

 言葉を詰まらせながら、僕は家主へと視線を戻す。家主はニコニコとしている。まるで次の僕の言動を待っているかのようだ。

「あ、あの……」
「はい?」
「あの、……脚立……あり、あり、ありがとうございましたっ!」

 言葉とともに僕はバッと頭を勢いよく下げた。

 テッテレ~~

 突然、ゲーム中にレベルアップをしたかのような音が辺りに鳴り響く。

 僕は頭を上げてキョロキョロと周りを見回した。特に変わったことは起きていない。一体何の音かと訝る僕を余所に、目の前にいる家主は何事もなかったかのようにすました顔で別れの挨拶を口にした。

「それじゃあ、私はこれで」

 家の中へと戻っていく家主の後ろ姿をボケっと眺めていると、間の抜けた声が足元から聞こえてきた。

「古森さん~。早く戻りましょうよ~」
「あ、ああ」

 赤い風船を手に僕は弟の待つコンビニへと戻った。弟は約束した通り一人で大人しく待っていたようだ。

「保、お待たせ」
「あ! ぼくのりんごのフーセン」

 僕の手に握られた赤い風船を目にして、弟の顔は輝いた。

「はい。もう飛ばすなよ」

 兄らしく弟に風船を差し出すと、弟はそれをギュッと握り満面の笑みを僕に向けた。

「うん! おにいちゃん、どうもありがとう」

 テッテレ~~

 また、レベルアップをしたかのような音が辺りに鳴り響く。一体何の音なのか?

 弟は不思議な音に気を留めた様子はなかったが、何やらモジモジとしている。

「どうした?」
「あのね。このりんごのフーセン、にぃににあげるの」
「にぃに?」
「うん。ぼく、おうちで、まどあけてたら、にぃにのりんごのフーセン、とんでいっちゃったの。だから、ぼく、にぃににあげるの」

 弟のそんな言葉を聞いた途端、僕の記憶が呼び覚まされた。

 小さかった僕は風船を飛ばしてしまった弟のことを物凄く怒った。弟は物凄く泣いた。そして、僕は母さんに物凄く怒られた。