いつも買っていた漫画雑誌を手に取ってパラパラとページを捲る。いつものように立ち読みを始めようとしたその時、小さな子どもが泣きじゃくる声が聞こえてきた。

 キョロキョロと声の発信源を探していると、小鬼が僕の右膝をペチペチと叩いた。

「あそこですよ〜」

 小鬼の指差す方へ視線を向けると、店の外、駐車場で小さな男の子が一人声を上げて泣いていた。その姿をガラス越しに確認すると、僕は視線を雑誌へと戻し気の無い返事をした。

「ああ」

 そんな僕の右膝を小鬼はペシっと叩く。

「痛っ」
「それだけですか〜?」
「えっ? だってどうするのさ?」
「声をかけてみましょう〜」
「ええ〜。なんで? イヤだよ」
「古森さん〜。もう忘れたのですか? 今は研修中ですよ〜。積極的に人と関わらなくてはいけません〜」

 ああ、そうか。面倒くさい。正直、本当に面倒くさい。しかし、ここで踏ん張らなければ最恐レベルの地獄が待っている。ここはやるしかないのだ。

 僕は自身を鼓舞すると、手にしていた漫画雑誌を棚に戻し出口へ向かった。

 店を出た途端、泣き声がより一層高くなる。

「うわーーん、うわーーんうわーーん」

 大きな声で泣いている四、五歳くらいの男の子に僕は渋々近づく。しかし、どう声を掛けたらよいか分からずあと一歩が踏み出せない。傍から見たら不審者かもしれない。それくらいの挙動不審っぷりだが、本当にどう対処したらよいのか分からない。

「ねぇ、どうしたらいいと思う?」

 情けなさ満載で早速小鬼に助けを求める。小鬼は完全に呆れ顔だが、それでも僕を助けてくれた。

「まずは、泣き止ませるべきでしょうね~。優しく声を掛けてみましょう~」

 僕はゴクリと喉を鳴らす。いきなりレベルマックスの難易度である。これは本当にやらなければいけないことなのか?

 顔と声を引きつらせ、僕は決死の覚悟で一歩を踏み出した。

「ど、……ど、……どう……したの?」

 男の子は涙をたっぷりと両眼に溜めたまま僕を見上げた。その顔に僕は言葉を失う。見間違いだ。瞬間的にそう思った。しかし、僕の鼓動は早鐘のように打ち始める。そんな僕に、彼は何か言いたそうに小さな口を開けたり閉じたりしていたが、結局何も言わずに俯いてしまった。

 どうやら、僕は決死の一歩を踏み外してしまったようだ。

「小鬼ぃぃ」
「大丈夫ですよ~。ほら、泣き止みました。もう一度トライです~」

 足元にいる小鬼に泣きつこうとしたら、ガッツポーズと共に再トライを命じられた。