僕は苦笑いを隠したくて頬を軽く掻く。そんな僕を気にする様子もなく小鬼は話を続けた。

「今は体感ルーム使用中なので、同じ空間内にいる間は全員強制的に同じ体感時間になっているのです〜」
「ふ〜ん」

 なんだかよくわからないけれど、このバーチャル空間はものすごく万能ということだろう。

「ところでさ、僕たちは何処へ向かっているんだい?」
「さあ〜?」

 小鬼は僕を見上げて、僕は小鬼を見下ろして立ち止まる。

「えっ? あれ? ありがとうプログラムが行われる場所に向かっているのでは?」
「研修は既に始まっていますよ〜。古森さんは好きなように行動してください〜」
「どういうこと?」
「日常生活において、感謝の気持ちが生まれる場面を体感することが研修の目的ですから〜。古森さんは、生きていた時のように自由に行動してもらえれば大丈夫です~」

 相変わらず、すごくざっくりとした説明過ぎて、この空間でどんなことが行われるのかよくわからない。しかし、僕はこの状況に少しずつ適応し始めていた。

 こんなに緩くざっくりとした感じの研修で、地獄の役人たちは本当に僕の処遇を決められるのだろうか。この研修をやる意味が本当にあるのだろうか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、僕はこれからの自分の行動を考える。

 自由にして良いと言われても、正直困る。小鬼に促されるがまま外へ出てきたとは言え、一応は僕自身、研修を受けに行くつもりで外へ出た。それが外出目的だったのだ。目的がなくなった。

 自由に……自由に……自由に…………。だったら、自宅へ戻るのもありなのかな。そう思い、小鬼に尋ねてみる。

「あのさ、自由にしてもいいってことは、このまま何もせずに、さっきまで居た自分の部屋に戻ってもいいってこと?」

 そんなことを口走った僕を、小鬼はジトっとした目で睨みながら腰に手を当てると怒涛の説教を繰り出した。

「あのですね~。古森さんは、この研修の目的がまだお分かりではないのでしょうか~?」
「ありがとうという、感謝の気持ちを体感するんでしょ?」
「そうです~。お分かりじゃないですか~」
「もちろん、わかっているさ」
「では、ご自身のお部屋へ戻られて研修目的が果たされるとお思いですか~? あの誰もいない空間で~? 誰にどんな感謝をして、どんな感謝の言葉をかけてもらうのですか~?」
「……す、すみません」

 軽い気持ちで口にした案は、ものすごい勢いで打ち砕かれた。小鬼の剣幕に僕は(うつむ)くしかない。