「杏子様、今宵は秋の暦なので、かさねの色目も秋っぽくしてみました!」
「寒くなるとはいえ、これは熱すぎ......」
熱が出ることもなく、天変地異が起こることもなかったので、予定通り東宮主催の遊びに出席することになってしまった。
そのため、卯紗子によって正装を着させられた。
今日の五衣は一の衣から順に表は中紅、淡朽葉、中黄、濃青、淡青、中紅。裏は中紅、中黄、中黄、濃青、淡青。
どこかの世界では紅紅葉と呼ばれているらしい。
杏子や卯紗子は知らないが。
「早く行って早く帰りましょう」
「それもそうね」
飛香舎から出ると、手燭を持った柏陽がいた。
「女御様に卯紗子......。なんか豪華な服だ、ですね」
「歩きづらいから、あまりこの姿はお気に召さないんです。柏陽兄様、なぜ今日は蝋燭なんですか?いつもは松明なのに?」
「後宮で松明は危ないから使ってはいけないそうです。一体誰が考えたのでしょうかね?松明の方が明るいのに」
「ほんとそうです!蝋燭は暗いし火が灯っている時間がとても短いんですよ!」
杏子や柏陽の家では夜出歩くときは松明を採用していた。
蝋燭は高価なくせにすぐに火が消えてしまう。
蝋燭を何本も使えるのは後宮やお金持ちの家ぐらい。
「杏子様、柏陽様。お話中失礼します。蝋燭の火が消えてしまう前に行きませんか?」
「そうだな。ここから清涼殿が近いからといっても蝋燭がないと何も見えなくて危険だからな。ほら、行きますよ、女御様」
灯りを持っている柏陽を先頭に杏子、卯紗子という順で渡り廊下を歩いていると昼間のように明るい部屋についた。
管弦の美しい音色がまだ聞こえないが、外にまで聞こえるほどの女性の声は聞こえる。
東宮の声がないので、始まっていないんだろう。
「行ってらっしゃいませ、女御様。何かあったらすぐに教えて下さい。ちゃんと持っていますね?」
「もちろんです、柏陽兄様。では、行って来ますね」
「女御様の力でねじ伏せて下さいな」
何か物騒な言葉が後ろから聞こえた気がするが、気のせいだろう。
中に入ると、高灯台で絹の光沢がわずかな明かりを反射させているのか艶やかな雰囲気で満たされていた。
「あら、藤壺様!次代最有力中宮候補と言われているだけあって美しいですね。実は今日、我が兄が藤壺様に文を渡したそうですよ。もうお読みになりましたか?撫子の文で、漢詩の文から取ったそうで、わたくしの部屋で自慢してきましたの。兄の方がわたくしよりも先に藤壺様と仲良くなって」
(息継ぎどうしているんだろう?)
口元に扇を添えた目の前の女性に疑問を持つ。
言葉を挟もうとしてもすぐに次の言葉が紡がれる。
せめて相槌と思ったが、その隙間もない。
一体いつ息を吸っているんだろうか、この人は。
器用に鼻で呼吸しながら話しているのか?
それとも、肺活量が良いから一度も息を吸わずに話せるのか?
想像しがいがある。
「弘徽殿様と藤壺様はもう友人に違いありませんね」
「ええ。藤壺様も弘徽殿様も女御で家柄も見た目も備わっていますから」
弘徽殿の後ろにいる取り巻き1,2(名前を知らないのでそうしとく)はどこを見たら、友人と思ったんだろう?
杏子と後ろにいる卯紗子はただ立っているだけ。
(あの文の中身って漢詩なんだ。誰の漢詩なんだろう?はやく言って欲しい)
杏子は人が良さそうな笑みをたたえて時々首を動かしながら、全く別のことを考えていた。
取り巻き1,2が言ったことを全く聞いてない。
頭にあるのは、漢詩。
それだけ。
「藤壺様は左大臣出身ですよね。それなら兄の文にある銀台金闕夕沈沈にも答えらられますよね?漢詩って難しいですけど、頭が良い藤壺様ならきっとできますよ。私でさえできたので。それで、」
(この漢詩の意味知っているのかしら?)
弘徽殿の兄が書いた漢詩を訳すと豪華できらびやかな宮殿で夜は静かに更けていく。
これをどうしろと?
この後の文を書くのか?
でも、この後に続くのは独宿相思うて翰林に在り。
意味は一人宿直して君を思う。
仮にも女御の杏子にこの漢詩は非常識すぎる。
この漢詩の作者は都では愛好家が多くてそれなりに有名だ。
きっと作者だけでこの漢詩にしたんだろう。
(この文は燃やそう。灯りの燃料にちょうど良さそうだし)
「集まったか」
騒がしい部屋の中でよく通る凛とした声。
「今日は管楽会に来てくれてありがたく思う。長話はしたくない。早速、誰か弾いてみてくれ」
「......」
誰も行かない。
(私が行くか)
「東宮。私が演奏してもよろしいでしょうか?」
いつ行くのか見定めていた女たちは顔が悪くなった。
杏子の琴と自分の腕を比べられるのは自明の理。
杏子の琴の評価が上がり、自身の価値は落ちてしまう。
女たちがどうやって高く評価させるのか考えているなんて知らない本人たちは、和やかに会話が進む。
「もちろんだよ。飛香舎」
「それでは遠慮なく」
白魚の手から奏でる美しい音色。
一音鳴るだけで空気が動く。
女の声はいつの間にか消えて皆が音に集中する。
最後の弦を弾いても、誰も動かない。動けない。
(何かおかしかったかしら?)
反応がないと演奏者は不安になる。
固まるとなると良かったのか悪かったのか演奏の良し悪しが判断できない。
「さすが国一番の琴の名手。もう一曲演奏できる?」
東宮が杏子を称えたことで、観客の金縛りは溶ける。
本来なら次の妃の変わらないといけないが、東宮が杏子にお願いしているので誰も動けない。
東宮の意向を無視して行くなど出来るわけがない。
そのようなことをしたら、都中に教養がない妃として知れ渡ってしまう。
都で流れる噂は殿上人も耳にするので、もう二度と高位になれないことはないことを示唆する。
杏子に一方的に話続けた弘徽殿もその取り巻きも動くことはできない。
動けるのは、東宮と杏子のみ。
卯紗子は杏子の女房でしかないので、ただ頭を下げて杏子の後ろにそっと控えている。
「承知いたしました」
杏子は別の曲を演奏する。
先までの華やかで豪華な雰囲気から一転して静かな曲。
音も小さく耳を傾けないと聞こえない。
(月が出る夜に一人いる姫を思った曲だっけ)
音色から伝わるのは会えない寂しさに孤独。
「ー♪」
「⁈」
冷たい琴の音色を包み込むかのような温かい笛の音がすぐ横から聞こえる。
(一人でいる男の元に姫が来たよう)
楽譜を無視して杏子は徐々に明るい音色を奏でていく。
派手ではないし華やかでもない。
控え目だけど音から伝わる、溢れ出る幸せ、幸福。
琴と笛の音で作り出す二人きりの世界が終わると、
「飛香舎、楽しかったな。あの場で旋律を変えるのはさすがとしか言えない」
「東宮こそ、音に合わせて笛を吹くなど私には出来ません。見事でした」
「また、一緒にしよう」
「......そうですね」
後宮から出たい杏子はその約束を果たすことはできないかもしれない。
でも、気持ちが高揚している東宮の前では否定的なことは言えなかった。
「次に演奏する者は誰だ?」
「桐壺様はどうでしょうか?桐壺様も管楽が得意とおっしゃっていたので」
前方にいる弘徽殿が口を開いたことで、この場にいる者が後ろを見る。
桐壺とは淑景舎の別名。
帝や東宮が住む清涼殿から最も遠く、他に殿舎の渡り殿を取らなくてはならないなど非常に不便な場所に位置する。
そのため、淑景舎を与えられる妃は身分が低い更衣の位がほとんど。
このような皇族主催の会は、位が高い順に前から座っていくので後ろであればあるほど位が低くなるので、桐壺を見つけようと後ろを振り返ったのだった。
3人を除いて。
東宮は妃と対面しているような形で上座に腰を下ろしているので、後ろを見る必要はない。
では残りの二人はというと、
「杏子様、桐壺様のことを見ないんですね」
「前に出る時見られるでしょ。正装で後ろを振り向くのは大変なんだから」
前にいる東宮のところに行くのも大変だった。
必要以上に動きたくない。
じっと耐えている方がまだ軽く感じられる。
「桐壺は......いないみたいだね」
後ろを見ている東宮がそう呟くと杏子の後ろにいる他の妃は扇で口元を隠しながら、
「東宮様主催の遊びに来ないなんてね......」
「桐壺殿はその辺りの教育を受けてないのでは?」
桐壺のことを悪く言っていた。
東宮に聞こえないように声を潜めているが、前に座っている杏子には筒抜け。
「杏子様、これが女の闘いです。桐壺様は身分が低いので言いたい放題ですね」
「そうね」
弘徽殿の発言で桐壺を中心にさせる。そして、いないと分かると罵る。
(茶番劇を見ているような感じがする)
「弘徽殿、君も演奏してみてくれ。女御という位に立つのだから、期待している」
「は、はい!ただいま!」
後ろにいる弘徽殿が前に出て来て琴を弾く。
だけど、
「杏子様の素晴らしい演奏の後だとちょっと......」
「卯紗。弘徽殿様も上手なんだから」
「それは分かるんですけど......」
杏子と次に演奏したことで、下手に見える。
弘徽殿が下手なわけではない。むしろ上手い分類に属する。
弘徽殿も予想していなかったのだろう。
観客の反応で何があったのか悟り、徐々に音が悪くなっている。
女御の中でも高位に位置する弘徽殿を非難する声はない。
この場で弘徽殿よりも位が高いのは東宮と杏子だけ。
だが、妃たちの内側では弘徽殿の演奏を馬鹿にしている。嘲笑ってる。
「弘徽殿よ、戻っていいぞ」
「は、はい......」
逃げるようにして部屋から出ていく弘徽殿と取り巻きを杏子は横目で見送った。
「ねえ、卯紗。女って怖いね」
「そうですね。一瞬にして立場が変わりますから」
華やかで明るい雅な世界。
そこに咲くのは美しい花々。
でも、花には棘があって毒に侵されることを杏子は目の前で実感した。
「寒くなるとはいえ、これは熱すぎ......」
熱が出ることもなく、天変地異が起こることもなかったので、予定通り東宮主催の遊びに出席することになってしまった。
そのため、卯紗子によって正装を着させられた。
今日の五衣は一の衣から順に表は中紅、淡朽葉、中黄、濃青、淡青、中紅。裏は中紅、中黄、中黄、濃青、淡青。
どこかの世界では紅紅葉と呼ばれているらしい。
杏子や卯紗子は知らないが。
「早く行って早く帰りましょう」
「それもそうね」
飛香舎から出ると、手燭を持った柏陽がいた。
「女御様に卯紗子......。なんか豪華な服だ、ですね」
「歩きづらいから、あまりこの姿はお気に召さないんです。柏陽兄様、なぜ今日は蝋燭なんですか?いつもは松明なのに?」
「後宮で松明は危ないから使ってはいけないそうです。一体誰が考えたのでしょうかね?松明の方が明るいのに」
「ほんとそうです!蝋燭は暗いし火が灯っている時間がとても短いんですよ!」
杏子や柏陽の家では夜出歩くときは松明を採用していた。
蝋燭は高価なくせにすぐに火が消えてしまう。
蝋燭を何本も使えるのは後宮やお金持ちの家ぐらい。
「杏子様、柏陽様。お話中失礼します。蝋燭の火が消えてしまう前に行きませんか?」
「そうだな。ここから清涼殿が近いからといっても蝋燭がないと何も見えなくて危険だからな。ほら、行きますよ、女御様」
灯りを持っている柏陽を先頭に杏子、卯紗子という順で渡り廊下を歩いていると昼間のように明るい部屋についた。
管弦の美しい音色がまだ聞こえないが、外にまで聞こえるほどの女性の声は聞こえる。
東宮の声がないので、始まっていないんだろう。
「行ってらっしゃいませ、女御様。何かあったらすぐに教えて下さい。ちゃんと持っていますね?」
「もちろんです、柏陽兄様。では、行って来ますね」
「女御様の力でねじ伏せて下さいな」
何か物騒な言葉が後ろから聞こえた気がするが、気のせいだろう。
中に入ると、高灯台で絹の光沢がわずかな明かりを反射させているのか艶やかな雰囲気で満たされていた。
「あら、藤壺様!次代最有力中宮候補と言われているだけあって美しいですね。実は今日、我が兄が藤壺様に文を渡したそうですよ。もうお読みになりましたか?撫子の文で、漢詩の文から取ったそうで、わたくしの部屋で自慢してきましたの。兄の方がわたくしよりも先に藤壺様と仲良くなって」
(息継ぎどうしているんだろう?)
口元に扇を添えた目の前の女性に疑問を持つ。
言葉を挟もうとしてもすぐに次の言葉が紡がれる。
せめて相槌と思ったが、その隙間もない。
一体いつ息を吸っているんだろうか、この人は。
器用に鼻で呼吸しながら話しているのか?
それとも、肺活量が良いから一度も息を吸わずに話せるのか?
想像しがいがある。
「弘徽殿様と藤壺様はもう友人に違いありませんね」
「ええ。藤壺様も弘徽殿様も女御で家柄も見た目も備わっていますから」
弘徽殿の後ろにいる取り巻き1,2(名前を知らないのでそうしとく)はどこを見たら、友人と思ったんだろう?
杏子と後ろにいる卯紗子はただ立っているだけ。
(あの文の中身って漢詩なんだ。誰の漢詩なんだろう?はやく言って欲しい)
杏子は人が良さそうな笑みをたたえて時々首を動かしながら、全く別のことを考えていた。
取り巻き1,2が言ったことを全く聞いてない。
頭にあるのは、漢詩。
それだけ。
「藤壺様は左大臣出身ですよね。それなら兄の文にある銀台金闕夕沈沈にも答えらられますよね?漢詩って難しいですけど、頭が良い藤壺様ならきっとできますよ。私でさえできたので。それで、」
(この漢詩の意味知っているのかしら?)
弘徽殿の兄が書いた漢詩を訳すと豪華できらびやかな宮殿で夜は静かに更けていく。
これをどうしろと?
この後の文を書くのか?
でも、この後に続くのは独宿相思うて翰林に在り。
意味は一人宿直して君を思う。
仮にも女御の杏子にこの漢詩は非常識すぎる。
この漢詩の作者は都では愛好家が多くてそれなりに有名だ。
きっと作者だけでこの漢詩にしたんだろう。
(この文は燃やそう。灯りの燃料にちょうど良さそうだし)
「集まったか」
騒がしい部屋の中でよく通る凛とした声。
「今日は管楽会に来てくれてありがたく思う。長話はしたくない。早速、誰か弾いてみてくれ」
「......」
誰も行かない。
(私が行くか)
「東宮。私が演奏してもよろしいでしょうか?」
いつ行くのか見定めていた女たちは顔が悪くなった。
杏子の琴と自分の腕を比べられるのは自明の理。
杏子の琴の評価が上がり、自身の価値は落ちてしまう。
女たちがどうやって高く評価させるのか考えているなんて知らない本人たちは、和やかに会話が進む。
「もちろんだよ。飛香舎」
「それでは遠慮なく」
白魚の手から奏でる美しい音色。
一音鳴るだけで空気が動く。
女の声はいつの間にか消えて皆が音に集中する。
最後の弦を弾いても、誰も動かない。動けない。
(何かおかしかったかしら?)
反応がないと演奏者は不安になる。
固まるとなると良かったのか悪かったのか演奏の良し悪しが判断できない。
「さすが国一番の琴の名手。もう一曲演奏できる?」
東宮が杏子を称えたことで、観客の金縛りは溶ける。
本来なら次の妃の変わらないといけないが、東宮が杏子にお願いしているので誰も動けない。
東宮の意向を無視して行くなど出来るわけがない。
そのようなことをしたら、都中に教養がない妃として知れ渡ってしまう。
都で流れる噂は殿上人も耳にするので、もう二度と高位になれないことはないことを示唆する。
杏子に一方的に話続けた弘徽殿もその取り巻きも動くことはできない。
動けるのは、東宮と杏子のみ。
卯紗子は杏子の女房でしかないので、ただ頭を下げて杏子の後ろにそっと控えている。
「承知いたしました」
杏子は別の曲を演奏する。
先までの華やかで豪華な雰囲気から一転して静かな曲。
音も小さく耳を傾けないと聞こえない。
(月が出る夜に一人いる姫を思った曲だっけ)
音色から伝わるのは会えない寂しさに孤独。
「ー♪」
「⁈」
冷たい琴の音色を包み込むかのような温かい笛の音がすぐ横から聞こえる。
(一人でいる男の元に姫が来たよう)
楽譜を無視して杏子は徐々に明るい音色を奏でていく。
派手ではないし華やかでもない。
控え目だけど音から伝わる、溢れ出る幸せ、幸福。
琴と笛の音で作り出す二人きりの世界が終わると、
「飛香舎、楽しかったな。あの場で旋律を変えるのはさすがとしか言えない」
「東宮こそ、音に合わせて笛を吹くなど私には出来ません。見事でした」
「また、一緒にしよう」
「......そうですね」
後宮から出たい杏子はその約束を果たすことはできないかもしれない。
でも、気持ちが高揚している東宮の前では否定的なことは言えなかった。
「次に演奏する者は誰だ?」
「桐壺様はどうでしょうか?桐壺様も管楽が得意とおっしゃっていたので」
前方にいる弘徽殿が口を開いたことで、この場にいる者が後ろを見る。
桐壺とは淑景舎の別名。
帝や東宮が住む清涼殿から最も遠く、他に殿舎の渡り殿を取らなくてはならないなど非常に不便な場所に位置する。
そのため、淑景舎を与えられる妃は身分が低い更衣の位がほとんど。
このような皇族主催の会は、位が高い順に前から座っていくので後ろであればあるほど位が低くなるので、桐壺を見つけようと後ろを振り返ったのだった。
3人を除いて。
東宮は妃と対面しているような形で上座に腰を下ろしているので、後ろを見る必要はない。
では残りの二人はというと、
「杏子様、桐壺様のことを見ないんですね」
「前に出る時見られるでしょ。正装で後ろを振り向くのは大変なんだから」
前にいる東宮のところに行くのも大変だった。
必要以上に動きたくない。
じっと耐えている方がまだ軽く感じられる。
「桐壺は......いないみたいだね」
後ろを見ている東宮がそう呟くと杏子の後ろにいる他の妃は扇で口元を隠しながら、
「東宮様主催の遊びに来ないなんてね......」
「桐壺殿はその辺りの教育を受けてないのでは?」
桐壺のことを悪く言っていた。
東宮に聞こえないように声を潜めているが、前に座っている杏子には筒抜け。
「杏子様、これが女の闘いです。桐壺様は身分が低いので言いたい放題ですね」
「そうね」
弘徽殿の発言で桐壺を中心にさせる。そして、いないと分かると罵る。
(茶番劇を見ているような感じがする)
「弘徽殿、君も演奏してみてくれ。女御という位に立つのだから、期待している」
「は、はい!ただいま!」
後ろにいる弘徽殿が前に出て来て琴を弾く。
だけど、
「杏子様の素晴らしい演奏の後だとちょっと......」
「卯紗。弘徽殿様も上手なんだから」
「それは分かるんですけど......」
杏子と次に演奏したことで、下手に見える。
弘徽殿が下手なわけではない。むしろ上手い分類に属する。
弘徽殿も予想していなかったのだろう。
観客の反応で何があったのか悟り、徐々に音が悪くなっている。
女御の中でも高位に位置する弘徽殿を非難する声はない。
この場で弘徽殿よりも位が高いのは東宮と杏子だけ。
だが、妃たちの内側では弘徽殿の演奏を馬鹿にしている。嘲笑ってる。
「弘徽殿よ、戻っていいぞ」
「は、はい......」
逃げるようにして部屋から出ていく弘徽殿と取り巻きを杏子は横目で見送った。
「ねえ、卯紗。女って怖いね」
「そうですね。一瞬にして立場が変わりますから」
華やかで明るい雅な世界。
そこに咲くのは美しい花々。
でも、花には棘があって毒に侵されることを杏子は目の前で実感した。