短編《杏子視点 初めての呪い》



まだ卯紗子が杏子の女房になっていない時の話ー。


「杏子、九条に伝わる術を教えよう。この間、気については教えたな。今度は気を込めて呪いをするんだ」

「のろいですか、ちちうえ?」

「ああ。この紙に筆でしたいことを書いて、血判を押して、燃やす。簡単だろう?でも、やったことは取り消せない。これを肝に銘じるように」

「はーい」


紙に書いて、自分の血を押して、燃やす。

(よっし、がんばるぞ!)

幼い杏子には父からの忠告は入っていなかった。





父の話が終わって自分の部屋に戻ると、兄の柏陽と右近がいた。


「?どうしているんですか?」

「杏子が初めての呪いをするって聞いたからやってきた」

「わたしはひとりでできますよ?」

「兄上もわたしも兄としての心配だよ、杏子」


父から聞いた話には心配する観点がなかった。

兄達が心配性だからか。

結論を出して、杏子は兄達をどうやったら追い出せるのか足りない頭を使って考えた。

(ふつうにいってもむりだし、まんぞくしたらでてってくれるよね)


「はくようにいさま、うこんにいさま。おふたりのはじめてののろいはなにをこめたのですか?」

「俺は自分の武術向上」

「情報」

「右近って初めての時も情報だったのか......」

「当然でしょう、兄上。欲しい物は情報なので」

「ほしいものですか?のろいではなく?」


最初に教えてもらったのは、杏子の家の力では人を呪うことができるということ。

だから、杏子も誰かを呪おうと思っていたがどうやらそれは違うらしい。


「呪いは失敗したらこっちにも来る。初めてのやつがそんな危険なことするか⁉」

「杏子の願い事を書けば良いんだよ?初めての呪いの時にしか願い事は叶えられないからね」

「......」


(ねがいごとなんておもいつかない)

呪いたい相手なら決まっていた。

先日、杏子のおやつを取った犯人だ。

許すまじ!


「右近、ほら帰るぞ」

「......分かりました。杏子、頑張って」

「ありがとうございます」


(なにしよう?わたしのおねがいってなんだろう?)

衣類も、食べ物も住居も満たされている。

おまけに雑務をしてくれる者があってお金もある。

足りないことなどない。

(ほかのひとにきいてみよう)

そう思った杏子の行動は早い。

屋敷にいる紀子の女房の詰め所に行った。


「ねえ、みんなのおねがいってなに?」

「あ、杏子様⁉」

「そ、そうですね......。やっぱり、給金」

「あんた杏子様に現実を見させないの!そうですね、健康でいればそれで十分です」

「けんこう?」

「ええ。健康ではないと何もできませんから」

「そうなんだ......。ありがとう」


お礼を言って、女房の詰め所から去っていった。