「何をやって、って何故杏子がここに......?」
後ろにいる雪子から声がかかったが、遅かった。
一番来て欲しくない人が来てしまった。
「それはこちらが言いたいです。何故こちらへ?」
色々と知られている東宮にはお貴族様モードにする必要はないが、こうでもしないと体が動いてしまう。
ここは弘徽殿なので応対するのは弘徽殿がしないといけないのだが、弘徽殿は東宮を見て固まって全く役に立たなかった。
「柏陽や右近は執拗に言っていたからだ。何かあると思って行ってみたが、何故いる?ここは弘徽殿だぞ?」
(......後で話し合いが必要みたいね)
東宮の後ろにいる兄二人は後で何をされるのだろうか?
二人の体が心配である。
「わたくしは弘徽殿様から女房を頂くためにこちらへ来ました。もう終わったみたいなので、関係のないわたくし達は帰りますね」
にっこり笑ってこの場から出ようとしたが、出られなかった。
杏子の右手を東宮が掴んだせいである。
「は、離してください......!」
「......。杏子、今日の夜、行くから」
何か不穏な間を置いた後、東宮は離してくれた。
(東宮は一体今日の夜どこへいくの?夜に出歩くなんて何をするの?夜ではいけないこと......。あ、呪いか!)
杏子の頭では東宮が呪いをするために外へ人がいないところへ行くという結論が下された。
「分かりました。わたくしでよければ力になりますよ」
(呪いはわたくの得意分野なので)
ゆったりと笑みを浮かべて、杏子は応じてしまった。
応じたことで、東宮の雰囲気が柔らかくなり、東宮が杏子のことしか見ていないことに気づいていないのは杏子だけだった。
「そうか。では夜にまた会おう」
「準備して待っていますね」
部屋から出ていく東宮と何かこちらを見てくる兄二人を杏子は見送った。
ちなみに東宮が行くのは杏子の宅、飛香舎で目的は杏子であることに杏子は知らなかった。
「あの、杏子様。準備って......」
雪子が心配そうにこちらを見てくる。
(やっぱり弘徽殿のところにいるのは辛いのですね)
杏子はそう思ったが、雪子は別に弘徽殿のことなどではなく東宮の準備について心配しているのである。
「雪子様、大丈夫ですか?」
「え、ええ?わたくしは大丈夫ですけど、その準備は大丈夫なのですか?」
「東宮が持って来てくれるので安心してください。弘徽殿様、本日はありがとうございました。それでは失礼しますね」
杏子は大勢の側仕えを引き連れて外を出たが、その時弘徽殿の目が狂いだしていくのを見ていなかった。
「はじめまして、わたくしが飛香舎の主、杏子よ。これからはわたくしが皆の後ろ盾となり、立場を保証するわ。今日はひとまずゆっくりと休んで。後日、色々と話しを聞くことにします」
飛香舎に着いてすぐにそう言って、弘徽殿から連れてきた女房達を奥の部屋で休んでいるよう指示をした。
女房がいなくなると、卯紗子が口を開いた。
「あの、杏子様って外に行きたいのですよね?」
「そうだよ。突然どうしたの?」
回答が決まっている質問を何故卯紗子がしたのだろうか?
(何か意味があるのかしら?)
杏子には全く分からなかったが、他三人には意味がある質問だったようだ。
卯紗子と玲子が驚いた表情を見せ、玲子の顔が少し動いていた。
「え?では何故、力になるとか準備をするなどと言ったのですか?」
「え?だって、卯紗、東宮が呪いをするんだよ。必要な道具は東宮が持って来てくれるからわたくしは特に必要ないけど、ほら、きっと慣れていないでしょ?だから、手伝おっかなって」
杏子の言葉を聞いた途端、全員が玲子のように能面となった。
想像の斜め上を行く答え。
誰も予想できなかった。
「あの、杏子様。その、おそらくですけど、東宮は呪いをしないと思いますよ」
「おそらくではなく絶対にですよ。皇族が呪いなどしませんよ」
「主と卯紗子の言う通りです」
雪子がやんわりと、卯紗子がばっさりと、玲子が続いた。
ここでようやく杏子も分かった。
(あれ、わたくし、何か勘違いをしている?)
「あの、東宮の言葉の意味って何ですか?呪いをしに今夜人知れず場所へ行くのではないのですか?」
「......東宮は今夜、飛香舎に行きますよ。それと準備というのは寝所のことです」
さすがにここまで言われればおのずと意味を理解できた。
理解してしまった。
あの場でしきりにこちらに視線を送られたのも、東宮が急に機嫌が良くなったのかもわかってしまった。
「わたくし東宮を誘ったのですか⁈」
「どうでしょうか。去るところだったので五分五分ですね」
玲子が他人事のように言ってきたがこれは大問題だ。
もし実現したら、外へ出られなくなる。
後宮で一生を暮らさないといけなくなる。
まずい。
どうにかしなければ。
(今日の夜までにどこかへ行かないと......!)
「卯紗、ここから一番近い神社はどこ?」
「え⁉神社ですか⁈突然どうしたのですか?」
「ほら、今日の夜はとんでもないことになったでしょう?だから、どこかへ行かないと」
「神社ではなく、東宮に直接伝えたらどうでしょう?きっと分かって下さいますよ」
「でも一度言ってしまいましたよ?」
意味を知らなかったとはいえ、言ってしまった。
言葉には責任があり、それは発言者が持つ物である。
呪師の家系で生まれ育った杏子にはその重みを知っていた。
「それなら、杏子様が思った通りのことをしたらどうでしょう?そうすれば、東宮はきっと分かりますよ。どんな意味だったのか」
「それなら......」
杏子が応じるその時だった。
どこかで陶器が割れるような音がした。
「何が起こったのでしょうか?」
「杏子様.......」
不安と心配が帯びた視線が杏子に向けられた。
(結界が反応したみたい)
結界とは呪師が作る物。
特定の範囲を呪いから防ぐことができる。
飛香舎に設置してある結界に攻撃されたのだろう。
「少し様子見てきますね。皆ここから出ないように」
杏子はそう言い残し、開放的な屋敷で唯一壁に囲まれた部屋、塗籠に入った。
元々は寝室だったらしいが、閉鎖的だったこともあり今では納戸として使われることが多い。
飛香舎の納戸は杏子が実家から持ってきた呪具がそこかしこに置かれていた。
「えっとどこに置いたっけ......」
片づけておくべきだったと、非常事態の今もの凄く感じる。
幸いにも、結界を作っていた呪具は見つかった。
自身の気だけでも結界は作れるが、強度がない。
そのため、飛香舎の結界は呪具を使用して強度を上げている。
「よかった!壊れていないみたい」
まあ、当然の結果である。
呪師として教育された杏子の結界を割れるのは兄二人か父くらいしかいない。
「杏子様、大丈夫ですか?」
「卯紗⁈」
背後から卯紗子に声を掛けられた。
灯りがなく、昼間なのに暗い部屋で急に人の声が聞こえるのはそれなりの恐怖である。
「す、すみません......」
「あ、卯紗、別に気にしなくていいのよ。わたくしがびっくりしただけだから。それで、どうしたの?何かあった?」
「いえ。杏子様の帰りが遅かったので」
「呼びに来てくれたの?ありがとね、卯紗。こっちは大体終わったから、一緒に戻ろ」
杏子は卯紗子を連れて、皆がいる場に戻った。
「杏子様、何かあったのですか?」
「何か攻撃されたみたいですね」
結界を破ったわけではないので他人事のように答えたが、何も知らない者からすれば恐怖以外何もない。
「こ、攻撃ですか⁈一体誰が......」
「杏子様、ここにいて大丈夫なんですか?」
「相手が分かれば、私が相手をしましょう」
一人おかしい者がいるが、雪子と卯紗子は不安げに顔を見合わせていた。
「ここはわたくしが守っていますから」
安全だと杏子は続けたかった。
だが、飛香舎に響き渡る鋭い音で遮られてしまった。
「きゃっ⁈」
「杏子様、早く逃げましょう!ここにいたら危険です!」
先程よりも音が大きかったせいで、雪子の腰は抜け、卯紗子は避難させようとしていた。
玲子は何も言わなかったが懐を探っているのが杏子の視界に映った。
何を探しているのかは聞きたくない。
杏子の周りは目の前の異常事態にそれ相応の行動と感情を抱いていた。
だが、杏子は違った。
不安と恐怖で動けなくなることもなく、逃げるわけでもなく、武器を探すのではなく、単純に怒っていた。
上を見上げる杏子の瞳は、天井を通り越してどこからか飛んでくる見えざる攻撃をまるで見えているかのようだった。
(わたくしの大切な方を危険にさらしたこと、覚えておきなさいな......!絶対に許さないんだから)
見た目だけは大人しそうな儚さが漂う深窓な姫君は、激情を胸に灯していた。
最初こそは驚いたが、こう何度もされると自然になれるし、杏子にちょっかいをかけたことは別に気にしていない。
ただ、杏子以外に向けられるのは別だ。
「卯紗、墨を擦ってちょうだいな」
丁寧に、静かに言わないと、感情が源の炎に理性が包まれそうだ。
必死に表情を取り繕っているが、その目は全く笑っていなかった。
誰しもを包み込むような優しさと照らす明るさは消えて、激しい中身を押さえるために杏子から漂うのは人を寄せ付けない冷たさがあった。
熱と冷
相反する空気は整った容貌を引き出し、人間を超越した美しさを秘めていた。
「は、はい。ただいまお持ちします!」
普段とは全く異なる杏子に命令されたことで、卯紗子は避難するなどといった考えをどこかに捨て動き出した。
杏子はこちらを見ることしかできない雪子と玲子、墨を準備する卯紗子を横目でちらっと見た後、灯台と紙に刀をすぐに使えるよう自分の側においた。
「杏子様、準備終わりました」
卯紗子の声で、始まった。
杏子は刀で細い指を軽く傷つけて、墨に血を落とした。
処置することもなく、筆を手に取ると紙に文字を書きだした。
「災厄を司る神 禍津日神へ 祈りと共に 力を奉納いたします 全ての力を 所有者へ」
呪文を口吟むことで、文字の色が漆黒から濁った赤へと変化していく。
全ての文字が血色になったことを確認すると、煌々と光る燭台の上に翳した。
すると、紙は中心部分から瞬時に燃えていき、灰はどこかへ消えてしまった。
「これで後は柏陽兄様や右近兄様が何とかしてくれるでしょう」
周囲には聞こえないほど小さな声を呟いた。
杏子の呪いが聞いたのか、攻撃は止まり、部屋には静寂が訪れた。
「杏子様、今のって......」
杏子が呪いをするところを見たことなく、裏事情を知らない雪子は正解にたどり着きながらも言葉を濁した。
最初から最後まで全て見られている。
誤魔化すことはできない。
そう判断した杏子は雪子が濁した言葉を放った。
「黒魔術」
どこからか息を飲む音だけが聞こえた。
当然だろう。
黒魔術とは願いの代償に生を費やす。
その願いとは帝や皇族の呪詛など私利私欲塗れたもので帝に危険があるものとして、全面的に禁止されている。
未遂で流刑、最悪命を絶つこととなる。
そんなことを東宮の寵愛が深い姫がしたなど、宮中を揺るがす大事件である。
しかし、これは杏子以外、九条の者以外がした場合である。
「わたくしが罪を犯したと思っている方がいらっしゃるかもしれませんが、帝公認なので罪に問われませんよ。むしろ問われるのは先に攻撃してきた方です。仮にも東宮の妃であるわたくしに手を出しているので」
先日の呪いを見た卯紗子は何となく察しているが、雪子と玲子は納得していない様子だった。
「えっと、どういうことですか?杏子様が今したことは帝が認めているのですか?」
「ええ。わたくしの一族は唯一呪い、黒魔術の使用が帝から認められている家ですので」
帝に害がある者を排除するため、という理由は言わないでおく。
これを言っては駄目。
それぐらいは杏子にも分かることだった。
もし、言ったら宮中に葬られた不審事は全て九条が行ったものされる。
......いくつかは事実だが。
「ところで、杏子様。杏子様の呪文ってどこにいったんですか?」
「攻撃してきた本人と関係者」
(感情的になって力入れすぎちゃったけど、大丈夫だったかな......)
神に祈っているので、関係者はともかく攻撃してきた者が無事か怪しい。
(あの攻撃は陰陽師が作る式を使った攻撃だった。占いしかできない陰陽師の中ではそれなりに実力がある方だね。ちゃっちくてもできる者は価値が吊り上がるから、わたくしの屋敷に攻撃してきた者は上流貴族か......)
杏子は思考の海に潜る。
入内したばかりで妃との交流は少ない。
雪子の身代わりをしていた時に関わった麗景殿は別で、杏子と繋がりがある妃は
更衣で父を亡くした雪子
低い女御か更衣で幼い芳子
女房虐待している女御、弘徽殿
杏子が頭の中で列挙した妃の中で、推測と会うのは一人しかいなかった。
(ちょっと様子見てくるか)
呪いをして攻撃が止まったとはいえ、犯人が見つからない限りいつ攻撃してくるか分からない。
「雪子様、卯紗、玲子。わたくし、ちょっと外の空気吸ってきますね」
(こう言っておけば出歩けるでしょ)
攻撃してきた陰陽師のところへ行くなんて反対される。
杏子の筋書きは、空気を吸って来ると外を出歩いていたら、偶然犯人を見つけちゃった。
どうして外に出たんだ?とか偶然にしては出来過ぎ、という意見は押さえて頂きたい。
自然に見えるように部屋から出ようとした時、卯紗子が杏子に向けて言い放った。
「私も行って来ます!雪子様と玲子さんはゆっくりしていて下さいね」
『いやでも、まだ破綻したわけではないし、卯紗子を丸めておいて行けるよ』というちび杏子と『変に疑われるより卯紗を連れて行った方が良いのではないでしょうか?』というちび雪子が頭に出現した。
杏子がどちらの意見を採用したのかは言うまでもない。
「ほら、卯紗行くよ」
自分と友人である雪子
その天秤は雪子の方へと一瞬で傾いた。
飛香舎の外へ出てすぐ、
「杏子様、お散歩の行き先は弘徽殿ですか?」
呪いをしていた杏子と同じく笑っていない目を宿した卯紗子が聞いてきた。
(顔はにっこり笑っているのに、目だけ笑っていないなんて器用だよね)
「杏子様、現実逃避していないで言ってくださいな」
現実逃避していたことはばれたみたいだ。
「なんで分かるの?外用の微笑みの下でやっていたんだよ⁈」
「杏子様は私の前では外用にしないですから。杏子様が私の前で深窓な姫君になっているのは感情的になっている時か別のところへ意識している時なので。それで、行先は?」
呆れたような顔になって卯紗子は答えてくれた。
幼い時からずっといる従者。
良い意味でも悪い意味でも卯紗子には隠し事が通じない。
「弘徽殿」
「弘徽殿にいるのですか?」
屋敷の外は誰が聞いているのか分からない。
聞かれても良いように、誰なのか言わない卯紗子はやはり有能な女房だ。
「絶対ではないし、憶測だけどね」
「憶測だけでも十分ですよ。今まで杏子様の憶測は外したことないので!百発百中です!」
「買い被りすぎだよ、卯紗」
そう言っているが、杏子の頬は朱が入り嬉しく思っていた。
「あ、ほら、弘徽殿が見えてきたよ」
照れ隠しで話題を変えたのと同時に、杏子に緊張が走る。
隣を歩いていた卯紗子も顔を引き締めて、いざ、弘徽殿の中へ足を踏み込んだ。
声を掛けても出なかったので杏子と卯紗子は無断で入った。
外から見て分かるほどの派手......華やかさが漂う空間はたった数刻だけで変貌した。
さっき入った時とは違う。
女房が減って人の気配を感じさせないのもあるが、主が座る褥、畳など床には陶器の破片が散らばっていた。
「この破片......。つるつるしているし、この国のではなく渡航品みたいね。割るんだったら、わたくしが貰うのに......」
「杏子様、破片は危ないのでそう触らないでください!灯りがほとんどないせいで、足元は見えづらいですね」
杏子が場違いなことを言っているのを卯紗子は無視して足元を見ていた。
杏子は気で破片がどこにあるのか分かる。
だが、几帳や御簾で光が遮られたこの場では落ちかけた日の僅かな光のみが頼りであった。
「今から灯りを出すよ。足に怪我でもしたら悪いからね」
暗い部屋に灯りは目立つのであまり使いたくないが、躊躇して卯紗子が怪我するのは別だ。
杏子は蝋燭より一回りほど大きい呪具を出すと、
「火を灯せ」
その一言だけで、蝋燭に火が灯った。
どんな言葉でも発した者が所有し、意思が込められている。
この蝋燭のような呪具は、『火を灯してほしい』という意思を具現化することができる。
「ありがとうございます、杏子様!おかげで視界が良くなりました!」
「それは良かった」
「その声は杏子様と卯紗ですか?」
「雪子様、そちらには破片があります。お気をつけて」
(この声って)
杏子そっくりな声と感情が全く乗っていない低い声。
几帳と屏風に囲まれたところから出た先、杏子達が無断侵入して御簾が上がっているところに女房姿の雪子と玲子がいた。
紅い日が当たって、二人の長い影が白練の破片を黒くしていた。
「どうして、ここへ?」
「弘徽殿から戻った杏子様とわたくしたちが飛香舎に戻ってしばらくしないうちに攻撃されるなんて、相手はこちらのことを知っている方で何かしらの思いがある方は一人しかいませんでしたから」
杏子とは別の方向で雪子は弘徽殿が怪しいと考えたらしい。
「また攻撃されるかもしれませんよ?こちらにいるより飛香舎にいた方が安全ですよ?」
「確かにこちらへいるよりは安全でしょう。ですが、この件はわたくしも関係しております。一人だけ安全地帯にいるわけにはいきません」
僅かな隙間から覗く黄金、紅緋、紺瑠璃。様々な色彩帯びた空を後ろに杏子よりもほんの少し白くて穏やかに微笑む雪子はすぐにでも散ってしまいそうな儚さがあった。
だが、こちらを見る長い睫毛に縁どられた瞳からは揺るぎが無い信念を感じた。
「分かりました。中へ入るとすぐに暗くなりますから。卯紗がもっている灯りを頼りに来てください」
「ありがとうございます......!」
杏子とよく似た顔には感情的で一体を明るくさせる笑みではなく、花がほころぶような美しい微笑みを浮かべていた。
「こうしてみると杏子様と雪子様が別人であることが良く分かりますね」
「雪子様のそのような笑みは久しぶりに見ました。後宮に来てからは初めてではないでしょうか?」
「え、えぇ......。玲子、恥ずかしいです.........」
扇で顔を隠しているが、真っ赤な耳が隠れていない。
そんな姿をほほえましく見ていると、物音がした。
「雪子様、玲子、隠れて下さい。誰か来ます」
杏子の声で各々屏風や屏風の後ろに隠れた。
無断侵入組が入った御簾ではなく、別の御簾が上がった。
「弘徽殿から黒魔術の気配がするのは本当か?」
「はい。強い気を感じました。ですが、わたしの妹である飛香舎の女御様の気配も感じるので、女御様が返したと思います」
「無事だと良いんだが......」
「東宮。女御殿はやられたらやり返すよ。一方的にやられるようなやわな女ではありません」
「東宮と、柏陽兄様に右近兄様⁈どうしてここにいるんですか?」
声の主が分かると否や杏子は几帳の後ろから出た。
只今の杏子の服装は何枚かの袿に長けの短い小袿を重ねた姿だった。
しかも、強引に入る時か破片で切ったのか分からないが、所々破けていた。
東宮と会う時はこの姿に裳と唐衣を加えないといけなかった。
しかし、まさかこんなところで会うなんて思っていなかったので、杏子は日常着のまま東宮と会ってしまった。
(そういえば、さっき会った時もこの恰好だったしもういっか)
杏子は二度目だったことに気づいてどこか割り切った気持ちになっていた。
「それはこちらが言いたい。なぜここにいる?」
弘徽殿に来た者は同じようなことを言うんだな、と全く関係ないことを思ってしまった。
そんなどうでもいいことを考えていたが、返答していないことに気づいたので慌てて口を開いた。
この場に弘徽殿がいるかもしれないので、小声で。
「弘徽殿様がわたくしの飛香舎に攻撃したかもしれないので、こちらにやってきました。東宮の方は?」
「弘徽殿から出て帰っている途中、柏陽と右近が弘徽殿で黒魔術の気配がすると言ったので来てみたが、当たったみたいだな」
「発言をお許しください。こちらへ向かってくる足音が聞こえます」
「教えてくれてありがとう、玲子。東宮、兄様方、どこでもいいので隠れて下さい!」
「あ、ああ」
これまで隠れてなんて言われたことないのだろう。
少々動きが遅いながらも柏陽と右近と共に東宮は廂に置かれた衝立障子の後ろに隠れた。
その時、玲子が言った通り、御簾が開いて母屋から人が出てきた。
「はぁはぁ......体を......動かす......だけで...なぜ......こん...なに...はぁ......疲れるのです......?それに...はぁはぁ......体が......思う......ように...動きま......せん......わ」
奥からやってきた人、弘徽殿は足を引きずるようにして歩いていた。
肩が大きく上下するほど息が切れていた様子である。
どれも気になるが、一番気になったのは弘徽殿を縛っているようにも見える気だった。
(呪いが成功しているみたい......)
杏子の元へとやって来た攻撃は呪いをしたことで、攻撃をした者、所有者、の元へ行った。
そして、杏子が感情のままにやったので、所有者である陰陽師だけではなく弘徽殿も受けたのだろう。
几帳の裏からうっすらと見える母屋は、真っ暗で床にはこちらと同様に破片が散らばっていた。
(弘徽殿様がどこか行く前に片づけた方が良さそうね。外に出歩かれて助けでも頼んでいたら、手がだしづらい)
そう思ったら、杏子の足は動いていた。
目線で『何やっているんですか⁈』っていう声が隣から聞こえてくるが気のせいだろう。
気付いたら、几帳から出て弘徽殿の前にいた。
「弘徽殿様、ごきげんよう」
「え、飛香舎様⁈」
そりゃあ驚くだろう。
いきなり弘徽殿よりも高位な女御、杏子が飛び出したんだから。
「弘徽殿様、わたくし女房に関して話したいことがあるのですけど、母屋で話しても良いですか?廂で話なんかしたら道歩く他の妃の方や女房、殿方に聞かれてしまいますので」
「そ、そうですね。ですが、わたくしの母屋は今散らかっていて見苦しい状態なのです。床には陶器の破片、布も引き裂かれ、周囲には物が散乱しています。お茶も準備できないので、飛香舎様をお迎えできるような姿ではないです」
(母屋には見られたくない物があるのかな?)
断ることができない杏子の意見に賛同しつつも、母屋にいかないように聞こえる。
上流貴族は基本的に女房が大勢いて部屋が汚いということはないので、弘徽殿よりも高位な杏子は汚いのを避けてるため母屋に行かないだろうと弘徽殿は判断したのだろう。
だが、その判断は外れている。
杏子は左大臣家出身ながら貴族の常識は知識としてあるだけで、全く体に身に付いてはなく、気にしていなかった。
「廂まで破片が散らばっていますからね。でも、それほど散らかっているなんて何かあったのですか?わたくし見に行って来ますね」
杏子はそう言って、弘徽殿が入って来たところから御簾に入ろうとした。
そんな杏子の動きを阻止しようと小袿の袖を引っ張られた。
(無視するのも良いけど、このまま引っ張られるのはな......)
寒くなるが、ずっと引っ張られるよりは良いだろう。
そう思って、小袿を脱いだ。
力をいれていたのか、引っ張る人、弘徽殿は勢いよく後ろに倒れこんだ。
ものすごく見たい気持ちを何とか抑えて御簾が上がったところから中へ足を入れると、予想より悪い光景が広がっていた。
廂とは比べられないほどの陶器の破片。
日用家具や整容具が乱れて、ざらりとする水で床は濡れていた。
几帳も屏風も倒れて、妃の部屋とはいえない惨状だった。
「飛香舎様......見た......でしょう?......ほら......汚いので...ここ...から......出て...くだ...さいな......」
髪も着物も乱れて杏子の小袿を持つ弘徽殿は、歪んだ笑みを浮かべて入口に立っていた。
僅かな光を浴びるその姿は人間の姿をした何かだった。
恐怖すら感じる姿だったが、杏子は何とも思わない。
ただこちらも見てくるなんて、可愛い方だと思う。
「これほど乱れた部屋を前にして『出て下さい』?わたくしには無理なことですよ」
話しは終わりとでも言うように、弘徽殿に背を向けて帳台に目を向けた。
帳台の前だけ乱れていない。
これほど品性が落ちた部屋で一部分だけ綺麗なところがあるのは怪しい。
「そこは......!」
弘徽殿の反応が決定打となった。
躊躇なく杏子は帳台に足を入れると、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
帳台とは貴人の寝所や座所として使われる空間。
私的な場所には、塩と人型の形代にそなえもの。
それに倒れた男がいた。
畳に落ちていた紙を読んでみると、陰陽師特有の言い回しで詳しいことは分からないが、飛香舎にいる高貴な者を呪ってほしい的なことが書いてあった。
(これ、証拠じゃね?)
「柏陽兄様ー!右近兄様ー!東宮!証拠見つけましたよー!」
帳台から体を出して紙を持った左手を振っていると、隠れていた全員が姿を現した。
柏陽と右近は必死に手を伸ばす弘徽殿を捕らえた。
「弘徽殿、後で話を聞こう。柏陽、右近、しっかり見とけ」
「「かしこまりました」」
「杏子様、大丈夫ですかー?」
そう言いながら、卯紗子は帳台のところまでやって来た。
後ろには、雪子と玲子が続いていた。
「杏子様が急に出た時は驚きました」
「この間のことを思い出しました」
玲子が言うこの間のこととは、雪子の身代わりとなった時に弘徽殿とおしゃべりしたことだろう。
誰もおしゃべりとは認めてくれなかったが。
「話で聞くよりも実際に見ると違いますね。あの、杏子様、中に人がいるような気がするのですけど?」
「この人?この人はね、寝ているだけだから」
自分がした攻撃を受けて気を失っているというのが正しい。
「杏子、そのような男を気にするのではない。それよりも、どこも怪我してないか?」
卯紗子と会話をしていたら、東宮が入って来た。
後ろには弘徽殿を抱えた柏陽の姿が見えた。
右近は通信用の鶴を折ってどこかへ飛ばしていた。
「怪我なんてしていませんよ?」
「良かった......!其方がいきなり表に出た時は肝が冷えたぞ⁉」
声にはださないが、十の視線を感じる。
全員が共感しているように強く頷いているのが、解せぬ。
「おしゃべりしただけですよ。それにあの場に出ないと弘徽殿様が逃げると思ったんです。外で助けを求められると動きづらくなりますから」
「動くのはこちらが行うので、これからは動かないように」
私的とはいえ、東宮からのお願い。
(え?無理に決まっているでしょ)
もし同じようなことが起こっても、今度は屋敷の中にいるように?
そんなことできるわけない。
自ら足を突っ込んで身内を助ける。
こればかりはたとえ相手が東宮だろうと譲れない。
だが、ここで馬鹿正直に伝えたら、東宮によって監視が付かれて外に行けなくなる。
(こういう時に使える言葉......)
多くの知識をため込んだ頭を回転させて見つけだした。
「善処します」
物事に最善を尽くす時に言う言葉。
(できるだけ頑張りますという意味だから、動いても大丈夫)
そんな裏事情を知らない者は安堵した表情を見せた。
だが、杏子という人間をよく知っている卯紗子や柏陽、右近は頭を軽く押さえていた。
「そうか。それで、杏子、この者をどうしたい?」
甘々の空気が一瞬で変わった。
湊は大切な者を心配する表情から為政者の顔となっていた。
それに伴って杏子も気を引き締めて、背筋を伸ばした。
「わたくしは気にしていませんが、雪子様、玲子、二人はどう思いますか?」
「え⁉そ、そうですね......。わたくしはお任せします」
「同じく」
これまで弘徽殿の害を受けてきた二人がそう言ったので、弘徽殿に関することは東宮に投げられた。
杏子は特に被害を受けていないので罰なんていらないが、罰するのが政治というもの。
「弘徽殿、何かいうことはあるか?」
「......わたくしの前で帝の寵愛を自慢してちょっとした嫌がらせをしただけなのに......!なんで⁉なんで⁉飛香舎様は無事でわたくしが受けているの⁉飛香舎様はわたくしの物を全て奪っているのに!あの根暗で気持ち悪い淑景舎」
パンッ!
光がほとんどない部屋で軽い音が響いた。
弘徽殿の頬は赤く染まっていったが、それ以上に杏子の手は赤くなっていた。
「わたくしの友人や女房にそのようなことは言わないで下さい!」
感情をよく宿す整った顔には怒りが見えた。
呪いなどをしている時を除いて杏子という人物は基本明るくて慈悲深く優しい人物である。
怒りに任せて手を上げたりなんてしない。
卯紗子や雪子、玲子が危険にさらされた時、雪子の身代わりとなって言われた時も怒っていたが直接手を出さなかった。
「この世界には全ての物事に責任があります。その責任を抱えるのが自分です」
誰に向かって言っているのか分からない。
先程とは打って変わって落ち着いた感情を排した声だった。
「弘徽殿様、あなたは責任を取りましたか?わたくしにやった攻撃だけではありません。少なくとも雪子様や玲子様に行ったこと、女房に教育という名の暴力を振るったこと......。自身がやったことを戻って来ると考えて行動してきましたか?わたくしの呪いはあなたがこれまでやってきたことを全てが戻って来る、責任を果たすものです。その身で自身がしてきたことを反省してください」
「......」
弘徽殿は口を開かずただ聞いていた。
御簾から入るおぼろげな光が冷たい屋敷を照らした。
その後、東宮の寵妃を傷つけた罰で弘徽殿は女御返上の上、流刑となった。
また、連座という形で弘徽殿の父である右大臣と兄李承は位が下がることとなった。
後処理に翻弄した湊や柏陽、右近はようやく日常を取り戻し、今、杏子の家である飛香舎に来ていた。
弘徽殿に関することでごたついて約束した日には行けなかったので、湊にとっては待ちに待った訪問だった。
「今日は何しに来たのですか?お仕事は終わったのですか?」
さらりと濡羽色の髪を揺らして、こちらを見てくる澄み渡った瞳。
本人は隠しているつもりだが、漏れ出る警戒心。
他の女と違って寵愛を欲すぎらぎらとした瞳ではなく、薄っぺらい笑みを貼り付けているわけでもない。
そんなところも杏子の魅力だと思う。
(杏子に見とれている場合じゃない......!今日こそ、言わねば)
「杏子、先日はすまなかった。俺があのようなことを聞いたばかりに手を上げさせてしまって......」
東宮の姿はそこになく、ただの一人の男の姿だった。
「東宮⁉その、顔を上げて下さい.........!あ、でも、その......」
下を見ているせいで杏子がどのような顔になっているのか分からないが、酷く狼狽しているのが声から分かる。
だが、杏子は湊が謝ったぐらいで動揺する人物だっただろうか?
軽い疑問を胸に抱きながら顔を上げて周囲を見渡すと、見慣れた者以外がいることに気づいた。
男ならば武官になっていそうな女房に顔を扇で隠す女房。
弘徽殿から連れてきた女房か?
その考えはすぐに消えた。
(この二人、女房を増やす前からいた。杏子が入内した時に連れてきた女房は卯紗子だけだった。ならこの二人は一体誰だ......?)
「杏子」
「は、はい......」
名前を呼んだだけで目の前に座る杏子はびっくっと体が震えてた。
軽い疑問が膨れ上がるのを感じる。
「卯紗子以外の女房は一体誰なんだ?それと、そなたは本当に杏子か?」
空気が揺れたのを肌で感じる。
何か事情を知っているのか柏陽と右近は面白そうに見ていた。
「どこで分かったのですか?」
好奇心を含んだ杏子の声は扇で顔を隠した女房から聞こえた。
「目の前にいる杏子の動揺と見知らない女房がいたことからだが......。まて。まさか......!」
「そのまさかです」
扇を閉じて現れたのはいたずらが成功したとばかりに満面の笑みを浮かばせる杏子だった。
(まさか、入れ替わっていたのか......。なら、これまで俺があって来た目の前にいる女は誰なんだ?)
楽しそうに喋っている杏子が二人。
卯紗子は見守るように微笑み、武官女房は口元が緩くなっている。
仲が良く、敵対心など皆無なのは見て明らかだ。
「東宮、この方は淑景舎様ですよ」
「兄である俺たちから見ても見分けは困難なのですよ。それにしても東宮が見分けるなんて正直思っていませんでしたよ」
「兄上失礼ですよ。ですが、わたしも思っていました。東宮は杏子と出会っても気づく拍子が全く見られませんでしたので」
「東宮、いえ湊様。お望みは何でしょう?」
望み?
そんなの決まっている。
杏子を手に入れること
だが何もできず、守れなかった今の湊には分不相応な望み。
それに、一等たいせつなものを見間違えるという失態を犯している。
「俺の望みは今叶えるものではない。杏子、改めてすまなかった。全ての物から守れるだけの力を手に入れたら、望を自分の手で叶えよう。杏子、今回の詫びに何かしよう。何を望む?」
ここで素直に望むものを言わず、下がるのが貴族の暗黙の了解。
だが、湊は杏子が下がるような者ではないことを長年の経験から知っていた。
案の定
「わたくしが望むのは二つあります」
杏子は望みを言った。
それも二つ。
「一つはわたくしを外に出してください」
「分かった。里帰りの許可と他国の滞在の許可をしよう」
「もう一つは、今わたくし帝と勝負しているのです。内容としては東宮がわたくしと雪子様の交換を見破ったならば、わたくしは妃として後宮に居座ること。見破られなかったら、後宮から出て旅ができるというものだったのです。今、見破られましたが、それはなかったことにして、もう一度勝負しませんか?」
「......分かった」
好きな人に勝負を振っ帰られたら断ることなんてできない。
「やったー!これで、これからも楽しく過ごせそう!」
「良かったですね、杏子様」
「......いつか君を手に入れるよ」
喜んでいる杏子と卯紗子には湊の声は聞こえていなかった。
杏子が後宮から出るのが先か。
湊が杏子を手に入れるのが先か。
秋の終わり、勝負は始まったばかりだった。
数ある物語から選んでいただき、ほんとうにありがとうございます。
さて、この話は私、夜桜海月が学校の授業で習った源氏物語に触発されて書きました。
舞台は平安時代で、良い意味で貴族の姫っぽくない上流貴族出身の女性が、没落貴族出身の女性と一緒に何かする。
そんなふわふわな空想から始まりました。
下で詳しく書いていますが、雪子と弘徽殿は『桐壺の更衣』と『弘徽殿の女御』を参考にしています。
まきびしが渡殿に落ちていたという描写は私の創作ですが、弘徽殿に閉じ込められたというのは源氏物語にもあります。
また、拙作に乗せている漢文や現代語訳した和歌は全て昔の偉人が作ったものです。
昔の人って凄いなと調べている度に感じました。
では、またお会いできること機会があることを切に願っております。
(最後まで読んでくださった感謝に短編を綴りました。読んでいただけたら幸いです)
《キャラクター設定》
杏子
平安っぽく~子で終わるように考えました。
恋愛に対してはかなりの鈍感で湊から向けられる好意に気づいていません。
いつ気付くんでしょうね?
あまり興味がない貴族の知識は紀子に無理やり覚えさせられましたが、実家ではほとんど使わず今では頭の奥底で眠っています。
好きなことは体を動かすこと、外に行くことです。
部屋の中でじっとすることは苦手です。
家では軽装だったので、十二単も苦手です。
雪子
源氏物語の『桐壺の更衣』を参考にしました。
父が大納言で亡くなっているという設定もそこから。
桐壺というのは淑景舎の別名です。
杏子と雪子が似ているにはどの位置にすればいいんだろうと考えた結果、雪子と杏子の祖母は双子という設定が誕生し、はとこという関係になりました。
雪子の見た目はほぼ杏子ですが、雪子よりも肌が白い、声がわずかに高く細いと違いはあります。 (どれも細かいですが)
一家の大黒柱がいなくなっても何とか生活ができたのは、国母のおかげです。 (機会があれば次登場するかも?)
和歌や漢文の知識は母から教えてもらいました。
卯紗子
元農民の女房。
女房の心得や言動、知識は杏子や紀子、紀子付きのお姉さん女房から教えてもらいました。
名前の由来はうさぎです。
うさぎみたいにぴょんぴょんして明るくて可愛い子になってほしいという願いから来ました。
年齢は杏子や雪子と同じ15歳です。
ですが、見た目よりも小さく幼いです。
杏子の館に移った後もお忍びで杏子と一緒に畑仕事をしたり、田んぼを見たりしています。
玲子
表情筋が死んでいるとか能面とか武官とか色々言われています。
夜目が効き、聴力が優れています。
玲子は弟に武術を教える傍ら自身も強化しています。
第一印象が冷たいので、れいこ。
呼び名から考えて漢字をあてはめた珍しいキャラクターです。
雪子が杏子と会う前、弘徽殿からの嫌がらせを受けて生き延びられたのは全て玲子のおかげです。
玲子の弟は右近の部下です。
湊(東宮)
後宮に入内してから柏陽や右近の報告に頭を抱えています。
それもこれも、杏子が好きだから。
杏子への思いは杏子以外全員に伝わっています。
今回は杏子の尻拭いで出番はあまりありませんでした。
柏陽
杏子の一番上の兄。
熱血で脳筋そうだけど、杏子の暴走を止められる数少ないキャラクター。
杏子の館で護衛をしているのは帝の恩義です。
本編には出番がありませんでしたが、幼馴染の女性と婚約しています。
右近
杏子の二番目の兄
気が強く喧嘩する上と下を丸めます。
文官としては優秀で既に東宮の右腕。
丁寧な物言いをするけど、プッツンしたらすぐに手が出るタイプ。
弘徽殿のところで飛ばした鶴は帝に届けられました。
内容は人材派遣。
左大臣
杏子の父
圧力(主に弘徽殿の家)に負けました。
弘徽殿の家を没落させようと暗躍しています。
紀子が大好きなので、愛人はいません。
紀子
帝の同母妹で杏子達兄妹の母。
不在がちな夫や息子に代わって家を守っています。
杏子に似ている容貌で穏やかな姫君の印象を与えるが、手綱をしっかり握れる肝っ玉母さん。
未来の義娘とは仲が良く、一緒に暮らしています。
帝
杏子と雪子の前では優しい親戚の人。
湊と杏子の関係を離れたところで楽しくみています。
杏子の母で妹の紀子を溺愛しています。
中宮
帝の補佐をしています。
杏子の苦労は分かるので共感しています。
弘徽殿
名前は教えてくれませんでした。
最低限の知識しかないです。
弘徽殿の女房筆頭は陰陽師の家系で、杏子に攻撃しました。
ですが、杏子に反撃されて撃沈。
弘徽殿も当たったせいで、体が思うように動かなくなりました。
弘徽殿の父
これから左大臣にぼこぼこにされます。
李承
弘徽殿の兄
意味不明な漢文を送って来た本人。
杏子の返歌は難しくて理解できませんでした。
麗景殿
弘徽殿派の妃。
雪子の身代わりになっている杏子に水をかけました。
芳子
杏子達よりも年下。
12歳くらい。
家柄さえ良ければ、女御になれた人物。
近江
普通の女房。
芳子を妹と思って可愛がっています。
伊勢
杏子に助けられました。
家は弘徽殿派ですが、そんなの知りません。
自分で生きていくと決めました。
短編《杏子視点 初めての呪い》
まだ卯紗子が杏子の女房になっていない時の話ー。
「杏子、九条に伝わる術を教えよう。この間、気については教えたな。今度は気を込めて呪いをするんだ」
「のろいですか、ちちうえ?」
「ああ。この紙に筆でしたいことを書いて、血判を押して、燃やす。簡単だろう?でも、やったことは取り消せない。これを肝に銘じるように」
「はーい」
紙に書いて、自分の血を押して、燃やす。
(よっし、がんばるぞ!)
幼い杏子には父からの忠告は入っていなかった。
父の話が終わって自分の部屋に戻ると、兄の柏陽と右近がいた。
「?どうしているんですか?」
「杏子が初めての呪いをするって聞いたからやってきた」
「わたしはひとりでできますよ?」
「兄上もわたしも兄としての心配だよ、杏子」
父から聞いた話には心配する観点がなかった。
兄達が心配性だからか。
結論を出して、杏子は兄達をどうやったら追い出せるのか足りない頭を使って考えた。
(ふつうにいってもむりだし、まんぞくしたらでてってくれるよね)
「はくようにいさま、うこんにいさま。おふたりのはじめてののろいはなにをこめたのですか?」
「俺は自分の武術向上」
「情報」
「右近って初めての時も情報だったのか......」
「当然でしょう、兄上。欲しい物は情報なので」
「ほしいものですか?のろいではなく?」
最初に教えてもらったのは、杏子の家の力では人を呪うことができるということ。
だから、杏子も誰かを呪おうと思っていたがどうやらそれは違うらしい。
「呪いは失敗したらこっちにも来る。初めてのやつがそんな危険なことするか⁉」
「杏子の願い事を書けば良いんだよ?初めての呪いの時にしか願い事は叶えられないからね」
「......」
(ねがいごとなんておもいつかない)
呪いたい相手なら決まっていた。
先日、杏子のおやつを取った犯人だ。
許すまじ!
「右近、ほら帰るぞ」
「......分かりました。杏子、頑張って」
「ありがとうございます」
(なにしよう?わたしのおねがいってなんだろう?)
衣類も、食べ物も住居も満たされている。
おまけに雑務をしてくれる者があってお金もある。
足りないことなどない。
(ほかのひとにきいてみよう)
そう思った杏子の行動は早い。
屋敷にいる紀子の女房の詰め所に行った。
「ねえ、みんなのおねがいってなに?」
「あ、杏子様⁉」
「そ、そうですね......。やっぱり、給金」
「あんた杏子様に現実を見させないの!そうですね、健康でいればそれで十分です」
「けんこう?」
「ええ。健康ではないと何もできませんから」
「そうなんだ......。ありがとう」
お礼を言って、女房の詰め所から去っていった。
自分の部屋につくなり、女房からのお願いを参考に考えていた。
(けんこうにならないとなにもできないなんて、たいへんじゃん!でもどうやろう?)
杏子だけ健康になっても意味はない。
皆が元気に過ごしてほしい。
どうすれば、皆が元気に健康に過ごせるのか思考を巡らせていると一つの案が降って来た。
「これだ!これなら、みんなをげんきにさせられるよ!」
覚えたての拙い字で紙に書いて読むと、字の色が赤黒く変化した。
「あれ?まあ、いっか」
そんなこともありつつ、紙を灯台で燃やすと御簾から光が入って来た。
真夏でもないのに光が入って来るなんて何があったのだろうか?
部屋から出ると、美しい庭園の一角が光輝いていた。
押さえきれない好奇心のまま、草履をはいて外に出ると黄色い菊が一面に咲きほこっていた。
「きれい......!」
(まさか、ねがいがかなうなんて!)
杏子が願ったのは黄色い菊が欲しいというもの。
黄色の菊には長寿の意味がある。
実際に効果があるのかは知らないが、みんなが元気になってほしいと願ってこのお願いをした。
するとどうだろう。
庭が菊畑となった。
「杏子、大丈夫か⁉」
菊畑を見ているといつの間にか父と紀子が隣にいた。
その後ろには柏陽と右近の姿もある。
「あ、ちちうえ。みてください。わたしのおねがいがこうなりました」
「先ほどの光は杏子のやったの⁉」
普段は驚くことがない紀子も驚いていた。
「はい!がんばりました」
その無邪気な声に父は頭を抱え込んで、数秒後
「杏子。これからは一人でぜったいに呪いをしてはいけない。杏子の力は強すぎるからな」
「?わかりました」
何が強いのか全く分からないが、杏子は了承した。
この出来事はやがて、杏子の黒歴史となるのだった。
ちなみに、杏子が作り出した菊は願い通り万病の薬となって重宝されたのであった。