「なに、これ……」
月城と一緒に帰ってから数日後。
今日は授業中にスマートフォンがバイブすることが多くて鬱陶しかったので電源を切って過ごした。
そしてそのことを忘れたまま帰宅して電源を入れると、信じられない量の通知がX、YouTubeともに表示されていたのだ。
不安に駆られながら反射的にXを開くと、たくさんのリプとDMが送られてきていた。
その内容を視認した途端、ひゅっと細い息が喉を通り抜けた。
ステラが、炎上していたのだ。
〈この曲スピカ様のと雰囲気似てない?〉
始まりは、こんなポストだった。
それから私の『汽水域の恋』とスピカの聞いたこともない曲を比較する動画が作られ、ここが似ている、パクリだ、とあっという間に拡散されていった。
〈そんなことして恥ずかしくないんですか??〉
〈スピカ様に謝ってください!〉
〈パクリ乙w〉
〈はい著作権侵害〜〉
ヒステリックに責め立てる声や嘲笑う声。
〈みんな辞めて! スピカ様は繊細だからこの人責めたらが自分のせいだって傷ついちゃう!〉
〈炎上商法に乗っちゃダメー!! ☆信者の民度保とーー!!!!〉
〈こういう人は構えば構うほど喜ぶんだから黙って通報だけにしましょ☆〉
炎上を止めようとするように見せかけて淡々と私を追い詰めようとする声。
〈どの曲もスピカ様の下位互換で草〉
〈スピカ様>>>>>>>>>>>>>>>>>>ステラ〉
ステラとスピカを比較するような声。
〈声きしょくね?爆笑〉
〈活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ〉
〈アイコン自作? ダサっwwww〉
〈さっさと消えろよ犯罪者が〉
〈誰だか知らんけどオワコンやな〉
〈シンプルに死ね〉
ただただ私を罵倒する声。
そんな、いろんな声が散漫していた。同じ人が何度も似たようなことを言っているというのもあるが、こうしたDMやリプはゆうに10,000件を超えている。そしてその誰もがユーザー名の後ろに「@☆信者」を付けていた。
ステラが、誹謗中傷されている。
最悪なことに、スピカ関連で。
焦点がうまく定まらない。文字が目を滑る。脳が現実逃避してるんだ。
なにも考えられない真っ白な思考の海に沈みながら、カーソルを2曲の比較動画の上に乗せ、マウスを左クリックした。パクリ疑惑がかけられている箇所が再生される。
『わかっていても』
それが『汽水域の恋』がパクったとされている曲のタイトルだ。私の曲より2ヶ月も前に投稿されていたらしい。
確かにどちらも三拍子で、Bメロのコード進行が同じではあった。
でも、たった、それだけ。
歌詞も扱っている題材も1ミリも似ていなかった。
それらを確認した途端力が抜け、床にへたり込んだ。
「ふざ、けんなよ……」
床に手をつき、蹲る。
悔しくて悔しくて、やり場のない怒りが涙となってこぼれ落ちた。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。あいつの、囲いには、馬鹿しかいねぇのかよ。害悪がっ」
コード進行に、著作権はない。だからもし本当に私がパクっていたとしても、法的には何ら問題ではない。
さらに一説によるとコード進行はすべて出尽くしてたと言われている。
だからコード進行が被ることは十分ありえるのだ。
そんな知識もない人間に、ステラが、集団リンチに遭っている。頭に血が昇ってどうにかなりそうだった。
「ぅ、ぁあ……や………なんで、」
なんでステラがこんな目に遭わないといけないの。
何も悪いことしてないのに。スピカの曲なんて、あの一曲しか聴いたことないのに。
誰も著作権について指摘しないのはどうして?
ほんとうに誰も気づいてないの?
それとも関わりたくなくて黙ってるだけ?
わかった上で面白半分で貶してるの?
なんで、なんでと胃液の代わりに言葉を吐きながら、その場に蹲っていた。
クーラーのせいで床が冷えていて寒かった。
★
いつの間にか寝ていたらしい。
次に意識が覚醒したときには日が傾いていて、白色のベッドシーツがカーテンの隙間から差し込んだひかりで茜色に染まっていた。
頭が痛い。拳で殴られているみたいにガンガンする。
そろそろと身体を起こし、キャスター付きの椅子に腰を下ろす。パソコンはとっくの昔にスリープモードになっていた。マウスを操作し、再びパスワードを入力すると、開いたままになっていたXのホーム画面が表示された。相変わらず燃えに燃えている。先ほどと変わった動きはないかとスクロールすると、スピカのYouTube配信の切り抜き動画が流れてきた。彼女は一体この状況下でなにを話したのだろうか。逸る心臓を抑えながら再生する。
画角は以前と同じでスピカの首から下だけが写っていた。ひとつ違うところをあげるとすれば今回は腰まで長い髪を下ろしており、そのうちの数束を肩に流していることだろう。
そして配信中のスピカはずっと泣いていた。
時系列順に何個か見ていくとまずは『☆信者のみなさま、こんにちは。スピカです。今日は……っず、あ、ごめんなさい……ぐすっ、は、みなさんに、お伝えしたいことがあって、うう、配信することにしました』と時々鼻水をすすりながら挨拶をし、次に経緯を説明し始めた。
『☆信者のみなさまなら、もう、ご存知かもしれませんが、どうやらわたしの曲が盗作されたようです。親切な信者さんたちが教えてくれました。お相手のことは、この件で初めて知りました。わ、たし、なにか、嫌われること、したんでしょうか……うっ、ぐす、っは……、まったく、心当たりがなくて……』
そう言ってスピカは本格的に泣き出してしまった。ここで切り抜き動画は終わったが、信者どもの反応を見る限り、途中過呼吸になる場面もあったそうだ。
正直そんなことはどうでもいい。それよりも彼女の言い分が気になった。
「お相手のことはこの件で初めて知った」って?
本気で言ってるの?
正気?
前まで必死でフォロワー稼ぐために手当り次第フォローしまくってたくせに。それで私のフォロー外したくせに。
「初めて知った」はないだろ「初めて知った」は。
フォロー外された腹いせでこんなことしたと言われた方がまだ納得できた。それなのに、こいつはどこまで私をコケにすれば気が済むんだ。
「……記憶力皆無かよ。歌詞だけじゃなくって脳みそも薄っぺらなの?」
私の予想でもなくでもなく、本当にスピカにとってフォローもフォロー解除も流れ作業のようなものだったのだろう。だから私のことを覚えていないんだ。ヒトは無意識下で行ったことを記憶に留めておけないから。
だとしても同じ活動者のことすら記憶に留めておけないなんて。今後やっていく上で致命的じゃないのか。
あぁ、でも、と思い直す。
彼女にはそんなの必要ないのか。どんな状況下であれ自分をよしよししてくれるイカれた信者どもがうじゃうじゃいるから。――蛆虫かよ。そんな蛆虫にステラは喰い散らされ界隈関係なくいろんな人からバッシングを受けている。気持ち悪い。吐きそうだ。
『相手の方のアカウントを見たのですが、わたし、なんでかブロックされていて……』
――あ。
血の気が引いていくのがわかった。
私にその意図がなくても、盗作疑惑がかけられている今、「盗作したことがバレたからブロックした」と解釈されてしまう。
そんなの、黒と言っているようなものじゃないか。
私はただ、スピカの名前が見たくなくてブロックしただけなのに。
でも今更それをバカ正直に言ったところで苦し紛れの言い訳としか捉えられないだろう。
最悪だ。まさか過去の自分の行動に首を絞められるなんて。
口を手で抑えつつ再生した最後の動画はこう締めくくられていた。
『盗作はわたしだけではなく☆信者のみんなをも傷つける最低な行為です。もしわたしの声が届いたのなら、すぐに動画を消してください』
傷ついてもなお自分の足で立ち上がり、毅然と対応するヒロインのような発言だった。
私にはその姿がひどくわざとらしく見えた。こうすれば簡単に同情を買うことができるからだ。震えながらも頑張って表舞台に立つ彼女に庇護欲を掻き立てられた者も多いだろう。現にリプ欄や引用ポストには〈スピカ様負けないで〜〜!!!!〉〈☆信者はいつでもスピカ様の味方です!!〉など彼女を応援する声であふれていた。
そしてそれと比例するようにステラへの誹謗中傷はどんどん酷くなっていった。
〈スピカ様のパクってないで自分で作ったらどうですか〜?www あ、それが出来ないからパクったのかwwwwwww〉
〈犯罪者消えろ〉
〈盗作盗作盗作盗作盗作盗作盗作盗作盗作〉
〈この人5年目?だって! おおかたスピカ様に嫉妬したんちゃう?笑 ☆=スピカ様って定着しちゃったし爆笑爆笑〉
〈歌ってみたの方が伸びてる時点でお察しw〉
〈bioから陰のオーラでてて草〉
今まで炎上した人は幾度となく見てきた。
そのたびに「あーあ、またやってる」くらいに軽く受け止めてきたが、いざ自分が叩かれる側になってみると、見慣れた暴言でもいつもの何倍も痛くて、怖くて、すべての人に凶器を向けられているような感覚に陥った。
そんなことないってわかってるのに、SNSに存在する人が全員敵に見えて仕方ない。
みんな、みんな、スピカの味方で、私が彼女の曲をパクったと信じている。
中でも一番心にきたのは、このポストだった。
〈お相手の方のことは前々から好きで聴いていたのですが、まさかこんなことをしてたなんて……。もうファン辞めます。今までありがとうございました〉
――私は、私のことが好きな人にまで信じてもらえないの……?
そんな絶望が心を腐敗させていく。
もし、これが逆ならどうなっていただろうか。
スピカが私と全く同じ理由で私の曲をパクったと言われていたとしたら――。
きっとイカれた信者どもがうじゃうじゃと〈スピカ様はそんなことしない!〉〈こんなの偶然だよ〉〈スピカ様こんなの気にしなくていいですからね!!! ☆信者一同あなたを信じてますから!!!!!!!〉とか言って必死に擁護していただろう。彼女が本当にパクっていたとしてもそれは変わらなかったはずだ。
そしてきっと誰かがコード進行が同じでも著作権侵害にならないことやコード進行が被ることは普通にありえることを調べて突き止めていただろう。
挙句の果てに勘違いも甚だしい、スピカ様がお前ごときの曲をパクるわけないだろうと今以上に炎上するんだ。
そんな光景がありありと想像できた。
こんなことになるなら、私も彼女のように教祖のような振る舞いをして自分のファンを信者と呼んでいた方がよかったのかな。いや、わかっていても私はそうしなかっただろうな。そんなことをすれば私はステラを嫌いになっていたはずだから。
私が現実逃避をしている間にもステラは急速に燃やされている。
スピカが盗作されたと断言し、さらに過呼吸を起こすほど追い詰められたことで、☆信者の行動に拍車がかかってるんだ。気持ち悪い。
もしかしたら、もう手遅れかもしれない。
それでも、早く、早く弁解しないと。
なんせパクったと言われている『汽水域の恋』のBメロを考えたのは、私が中学3年生のとき――つまり、スピカが活動するよりも先だ。
そのときに録音したデータを日付とともに公開すれば、パクった疑惑を晴らすことができる。
私は盗作なんてしてないと証明する材料はちゃんとこちらにあるのだ。でも、でも、でも――。
手が、動かなかった。
私は怖いんだ。
もし誰にも信じてもらえなかったら?
もしそれでも炎上が鎮まらなかったら?
私はどうすればいいの?
行動とともに得られる結果が不明瞭で、一歩踏み出す勇気がもてない。
私の敵しかいない場所で声を上げようと思うだけで恐怖で震えが止まらない。
きっと、このままほとぼりが冷めるまで放置して、誰も関心を寄せなくなったところで静かにフェードアウトするのが最適解なんだと思う。
でも、そうはしなくなかった。
そう簡単に見切りをつけられるほど、ステラは私にとってちっぽけな存在じゃないから。
――ステラは私にとって、創作そのものだよ。
唇を噛んで俯く。
こういうときに上手く立ち回れない自分が情けない。
握りしめた拳。手のひらに爪が食いこんで痛かった。
そのまま動けないでいると、Luneさんが新しいポストを投稿した。
私にはそれに微かな希望を見いだした。Luneさんならちゃんと事態を公平に見てくれてるんじゃないかって。Luneさんならこの状況のおかしさを指摘してくれるんじゃないかって。
だってLuneさんは私の唯一の憧れだから。
素敵な曲を紡ぐ、特別な方だから。
そう思ったのに――。
Luneさんは「#拡散希望」を付け加え、スピカの切り抜き動画を引用ポストしていた。
「え、どう、して……?」
理解が追いつかなかった。
なんでLuneさんは引用ポストなんてしたの。しかも世間から同情してもらいやすい最後の動画を。
――まさかLuneさんも私がパクったって思ってるの?
そんなわけない、違うと必至に否定する私がいた。
Luneさんはきっとスピカがパクられたと騒いでいるから同情して拡散しただけ。曲をちゃんと聴けばこれがたまたま起こった不運な事故だってわかってくれるはず。
その傍らで冷静な私が言う。
――本当に?
Luneさんは2曲を比較した上で私がパクったと判断したのではないだろうか。
スピカと――あまり認めたくはないが――仲良いこともあるが、私がスピカをブロックしているから。
でも、いくら怪しいといっても、Luneさんには私は無実だって信じて欲しかった。
だって言ってくれたじゃないですか。私がDMしたとき。「これからお互い好きな曲をたくさん紡いでいきましょうね」って。
ねぇ、Luneさん。
私の好きなあなたはもう、いなくなってしまったんですか?
★
物心ついた頃から私の周りは音で満ちていた。
それをきちんと形にしたのはいつのことだったか。
今ではもう朧気だ。
楽譜という存在を知ってから手探りで何かしら書いていたと思う。絶対音感もってないのにね。
私の音楽はノートと鉛筆がすべてだった。
そしていつしかこの音たちをテレビに出てくる人たちみたいにたくさんの人の前で披露できたらいいな、と淡い希望を抱いていた。
だが、そんな夢は母親にとって"恥ずかしいこと"らしい。
小学生の見る世界なんてたかが知れていて、母親に否定されるということはほかの人も同じだろうと思った。
――じゃあテレビに出てる人は恥ずかしいの?
とてもそうは思えなかった。画面に映る彼らはいつ見てもキラキラしていたからだ。
わからなかった。わからなかったからたくさん考えた。
なんで彼らが音楽を奏でていても恥ずかしくないのに、私は恥ずかしいって言われるんだろうって。
その結果、彼らは「選ばれた」人間で、私は「選ばれなかった」人間だと結論付けた。
これで見切りが付けられたと思った。だが今度は新たな疑問が生まれた。
――それならなんで私には音が降ってくるの? 私が形にしなかったらこの音たちはどこに行くの?
選ばれなかったくせに中途半端な才能だけもった私は一体どうすればいいのか。
答えが見つからないまま、親に見つからないようにひっそりと音を紡ぐ日々が続いた。そうしないと音に押し潰されると、経験として知っているから。
そんな私に転機が訪れたのは、中学校に入学すると同時にスマートフォンを買い与えられたときだった。
何気なくTikTokを観ていたら、ある人の弾き語り動画が流れてきたのだ。
「わ、すてき……!」
これがLuneさんとの出会いだった。
花瓶に生けられたドライフラワー、くるくると回る照明、テディベア、ベッドのシーツ。そしてそれらをあたたかく包み込む自然光。
部屋にあるものでこんなにも洗練されたものが創れるのかと感動した。
そしてなによりも惹かれたのが彼女の歌声だった。
高音が美しく澄んでいて、どこまでも伸びていきそうで。あっという間に魅了された。
そんな純水のような声と雰囲気がぴったりと合っている曲。フルはYouTubeに投稿されているというのでリンクから飛んでみると、なんとそれは彼女自身が作詞作曲したものだった。さらに驚いたのは、彼女がどこにも所属していないアマチュアのシンガーソングライターだったこと。
私はこのとき初めてアマチュアでもシンガーソングライターとして活動できると知った。
そして、それなら私にもできるかもしれないと思った。私も彼女のように曲と歌声でひとつの工芸品みたいになるような素敵な曲を作れるんじゃないか、と。
その後パソコンとヘッドフォンを手に入れ、一曲作り上げると同時にXとYouTubeのアカウントを作成した。Xで一番にフォローしたのはもちろんLuneさんだった。
『初めまして、ステラと申します。Luneさんに憧れてシンガーソングライターとして活動してみることにしました。Luneさんの曲はどれも澄んでいてほんとうに大好きです。もちろん曲だけじゃなく歌声もMVもXで紡ぐことばも全部好きで尊敬しています。まだまだ未熟者ですが、これからよろしくお願いいたします。☆』
これでいいのか何度も何度も読み直しては書き直し、辞書で漢字間違えはないか、語弊はないかなど調べに調べ、かしこまりすぎず馴れ馴れしすぎない文を中学1年生なりに一生懸命考え、最後にもう一度読み返してから送った。
Luneさんからの反応があったのはそれから数時間後だった。
『初めてまして、Luneです。憧れと言っていただけでうれしいです。ありがとうございます。ステラさん、素敵なお名前ですね……! こちらこそよろしくお願いします。これからお互い好きな曲をたくさん紡いでいきましょうね』
曲と同じように丁寧に綴られたメッセージと、それとともに通知された「Lune さんからフォローバックされました」という文字。
それらがじんわりと心に沁みて、これからステラとして頑張っていこうと思った。
★
その日以来Luneさんと直接的な絡みはなかったけれど、私が新曲を投稿すればいいねを押してくれたし、確実に認知はしてくれていた。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったの?
スピカやその信者どもの頭の悪さに怒りをぶつけることでなんとか正気を保ってきたのに、Luneさんがスピカの味方をしたことで最後の砦が崩された気がした。
もう、どうすればいいかわからない。
「誰か、助けてよ……」
部屋の中でポツリとこぼした言葉は、すぐに空気に溶けてしまった。
リビングで母親が私を呼ぶ声がした。どうやら夕飯ができたらしい。それがやけに遠く聞こえた。
両親の前では、パクリ疑惑をかけられ炎上してるだなんて、絶対に悟られてはならない。だからいくら泣きたくても堪えて、堪えて、堪えて、創作以外の不純物だけを抱え、自室を後にした。
★
夕飯を終え、自室に戻った。
電気を消して行ったので当たり前だけど暗かった。クーラーがしっかり効いているせいで少し肌寒い。
ここには私ひとりだけ。
ぼーっと突っ立っていると、ここが現実なのか夢なのか、その境界線が曖昧になっていく。
ぐるぐる。ぐるぐる。
上を見あげると天井が回っているようだった。――ああ。
降る。
積もる。
降る。降る。
積もる。積もる。
現実を突きつけるかのように音たちが私に向かって降ってくる。
スピカに盗作と断定され、ステラのことを初めて知ったと言われた。
☆信者に盗作した犯罪者として罵詈雑言を浴びせられた。
Luneさんにスピカの味方をされた。
お願い、止まって。今じゃない。今じゃないの。
私の思いとは裏腹に音はどんどん大きくなる。
傷つけば傷つくほど、それから逃げるために音として消費しようとしているんだ。
私は今までこうやって嫌なことから逃げてきた。
でも、今回は違う。
音が紡がれると自然とステラへと結びつき、連鎖的に炎上騒ぎのことも思い出してしまうから。
もう何も考えたくない。現実を見たくないの。見たってどうせ私が、ステラが、有象無象に誹謗中傷されてるだけ。
だったら少しくらい夢見させてよ。
スピカなんて存在しなくて、Luneさんと私が仲のいい世界線。曲を投稿すればたくさんの人が喜んでくれて、両親も梨々花も美波も活動を応援してくれて、それで、それで――。
「……ははっ」
乾いた笑いがもれた。
こんなこと考えても意味、ないのに。
力が抜け、ドアに身体を預ける。そのまま為す術もなくズルズルと滑り、床に落ちた。
「ぅっ……ぁあっ、」
こういうとき、ほかの人ならどうしてたのかな。
ねぇ、誰か教えてよ。ねぇ。
耐えられなくなり叫びだしそうになった、そのとき。
――ヴーヴー。
突如スマートフォンがバイブし始めた。
XとYouTubeの通知は切ってるのに。何事かと恐る恐る画面に目を向けた。するとそこに表示されていたのは、
「え、つき……しろ………?」
侑久と書かれた月城のラインアカウントだった。それを視認した途端、縋るように通話ボタンを押した。
『あ、やっとでた! じゃなくて、ステラ大丈夫? 俺、今知ったとこで――』
「つ、月城。わた、私、パクってない。そんなこと、してない……!」
考えるよりも先に口をついて出たのは、自身の潔白についてだった。
途切れ途切れにしか言葉を発せなかったことから、呼吸が乱れていたことを知る。
『知ってる。ステラはそんなことしない』
月城は強く言い切った。言い切ってくれた。
「うん、しない。絶対しない。信じてくれて、ありがとう……月城」
――よかった。私にもちゃんと、味方がいた。
凝り固まった心が少しずつほぐれていく。
まるで雪解け水のような涙がハラハラとあふれてきて止まらなくて。「月城、月城」って幼い子が親を呼ぶみたいに彼の名前を呼び続けた。
その間も月城は電話を繋いだままでいてくれた。時折「うん」「大丈夫」「信じてるから」と相槌まで打ってくれて。それがどれだけ心強かったか。私は彼にとても返しきれないような大きな借りができてしまった。
そして私が落ち着いたころに月城が「大丈夫になった?」と静かに尋ねてきた。
「うん。だいじょ……ばない、かも」
反射的に「大丈夫」と答えようとしたけれど、本当は何も大丈夫じゃないことに気づいて変な返しになってしまった。
小さなひかりを失わないようにスマートフォンをぎゅっと握りしめる。
「月城。私、怖い……」
こんなにもたくさんの敵意を一身に受けたのなんて初めてで、先が見えない。この先にあるのか再生か、それとも破滅か。私は一体これからどこに向かうの。どこに向かえばいいの。
私は初動で失敗した。
手が震えてなにもできなかった。そうこうしている間にも火はより過激に燃えていくと言うのに。
これから巻き返しできるの?
仮にできたとしてもこの炎上はずっとステラの後ろをついてまわることになる。中には本当は私がパクったんじゃないかと疑ったままの人もいるだろう。そんな人がいる空間で私は今まで通り活動できるだろうか。一度鎮火してもふとした瞬間に蒸し返されて要らぬ疑いをかけられるんじゃないか。
いろんな可能性が浮かんできて、窒息してしまいそうだ。
そんな私に酸素を与えてくれたのは月城だった。彼は私を落ち着かせるようにこう言った。
『大丈夫。俺に考えがある』
「どんな?」
訊くと、電話の向こうで微かに空気が揺れた気がした。
『あいつの素顔、特定しない?』
「…………え?」
目を見開いて固まる。
この悪魔のような提案する彼は、一体どんな顔をしていたのだろうか。わかっていても上手く反応できなかっただろう。
だからこのときだけは電話越しでよかったと思った。
月城と一緒に帰ってから数日後。
今日は授業中にスマートフォンがバイブすることが多くて鬱陶しかったので電源を切って過ごした。
そしてそのことを忘れたまま帰宅して電源を入れると、信じられない量の通知がX、YouTubeともに表示されていたのだ。
不安に駆られながら反射的にXを開くと、たくさんのリプとDMが送られてきていた。
その内容を視認した途端、ひゅっと細い息が喉を通り抜けた。
ステラが、炎上していたのだ。
〈この曲スピカ様のと雰囲気似てない?〉
始まりは、こんなポストだった。
それから私の『汽水域の恋』とスピカの聞いたこともない曲を比較する動画が作られ、ここが似ている、パクリだ、とあっという間に拡散されていった。
〈そんなことして恥ずかしくないんですか??〉
〈スピカ様に謝ってください!〉
〈パクリ乙w〉
〈はい著作権侵害〜〉
ヒステリックに責め立てる声や嘲笑う声。
〈みんな辞めて! スピカ様は繊細だからこの人責めたらが自分のせいだって傷ついちゃう!〉
〈炎上商法に乗っちゃダメー!! ☆信者の民度保とーー!!!!〉
〈こういう人は構えば構うほど喜ぶんだから黙って通報だけにしましょ☆〉
炎上を止めようとするように見せかけて淡々と私を追い詰めようとする声。
〈どの曲もスピカ様の下位互換で草〉
〈スピカ様>>>>>>>>>>>>>>>>>>ステラ〉
ステラとスピカを比較するような声。
〈声きしょくね?爆笑〉
〈活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ活動やめろ〉
〈アイコン自作? ダサっwwww〉
〈さっさと消えろよ犯罪者が〉
〈誰だか知らんけどオワコンやな〉
〈シンプルに死ね〉
ただただ私を罵倒する声。
そんな、いろんな声が散漫していた。同じ人が何度も似たようなことを言っているというのもあるが、こうしたDMやリプはゆうに10,000件を超えている。そしてその誰もがユーザー名の後ろに「@☆信者」を付けていた。
ステラが、誹謗中傷されている。
最悪なことに、スピカ関連で。
焦点がうまく定まらない。文字が目を滑る。脳が現実逃避してるんだ。
なにも考えられない真っ白な思考の海に沈みながら、カーソルを2曲の比較動画の上に乗せ、マウスを左クリックした。パクリ疑惑がかけられている箇所が再生される。
『わかっていても』
それが『汽水域の恋』がパクったとされている曲のタイトルだ。私の曲より2ヶ月も前に投稿されていたらしい。
確かにどちらも三拍子で、Bメロのコード進行が同じではあった。
でも、たった、それだけ。
歌詞も扱っている題材も1ミリも似ていなかった。
それらを確認した途端力が抜け、床にへたり込んだ。
「ふざ、けんなよ……」
床に手をつき、蹲る。
悔しくて悔しくて、やり場のない怒りが涙となってこぼれ落ちた。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。あいつの、囲いには、馬鹿しかいねぇのかよ。害悪がっ」
コード進行に、著作権はない。だからもし本当に私がパクっていたとしても、法的には何ら問題ではない。
さらに一説によるとコード進行はすべて出尽くしてたと言われている。
だからコード進行が被ることは十分ありえるのだ。
そんな知識もない人間に、ステラが、集団リンチに遭っている。頭に血が昇ってどうにかなりそうだった。
「ぅ、ぁあ……や………なんで、」
なんでステラがこんな目に遭わないといけないの。
何も悪いことしてないのに。スピカの曲なんて、あの一曲しか聴いたことないのに。
誰も著作権について指摘しないのはどうして?
ほんとうに誰も気づいてないの?
それとも関わりたくなくて黙ってるだけ?
わかった上で面白半分で貶してるの?
なんで、なんでと胃液の代わりに言葉を吐きながら、その場に蹲っていた。
クーラーのせいで床が冷えていて寒かった。
★
いつの間にか寝ていたらしい。
次に意識が覚醒したときには日が傾いていて、白色のベッドシーツがカーテンの隙間から差し込んだひかりで茜色に染まっていた。
頭が痛い。拳で殴られているみたいにガンガンする。
そろそろと身体を起こし、キャスター付きの椅子に腰を下ろす。パソコンはとっくの昔にスリープモードになっていた。マウスを操作し、再びパスワードを入力すると、開いたままになっていたXのホーム画面が表示された。相変わらず燃えに燃えている。先ほどと変わった動きはないかとスクロールすると、スピカのYouTube配信の切り抜き動画が流れてきた。彼女は一体この状況下でなにを話したのだろうか。逸る心臓を抑えながら再生する。
画角は以前と同じでスピカの首から下だけが写っていた。ひとつ違うところをあげるとすれば今回は腰まで長い髪を下ろしており、そのうちの数束を肩に流していることだろう。
そして配信中のスピカはずっと泣いていた。
時系列順に何個か見ていくとまずは『☆信者のみなさま、こんにちは。スピカです。今日は……っず、あ、ごめんなさい……ぐすっ、は、みなさんに、お伝えしたいことがあって、うう、配信することにしました』と時々鼻水をすすりながら挨拶をし、次に経緯を説明し始めた。
『☆信者のみなさまなら、もう、ご存知かもしれませんが、どうやらわたしの曲が盗作されたようです。親切な信者さんたちが教えてくれました。お相手のことは、この件で初めて知りました。わ、たし、なにか、嫌われること、したんでしょうか……うっ、ぐす、っは……、まったく、心当たりがなくて……』
そう言ってスピカは本格的に泣き出してしまった。ここで切り抜き動画は終わったが、信者どもの反応を見る限り、途中過呼吸になる場面もあったそうだ。
正直そんなことはどうでもいい。それよりも彼女の言い分が気になった。
「お相手のことはこの件で初めて知った」って?
本気で言ってるの?
正気?
前まで必死でフォロワー稼ぐために手当り次第フォローしまくってたくせに。それで私のフォロー外したくせに。
「初めて知った」はないだろ「初めて知った」は。
フォロー外された腹いせでこんなことしたと言われた方がまだ納得できた。それなのに、こいつはどこまで私をコケにすれば気が済むんだ。
「……記憶力皆無かよ。歌詞だけじゃなくって脳みそも薄っぺらなの?」
私の予想でもなくでもなく、本当にスピカにとってフォローもフォロー解除も流れ作業のようなものだったのだろう。だから私のことを覚えていないんだ。ヒトは無意識下で行ったことを記憶に留めておけないから。
だとしても同じ活動者のことすら記憶に留めておけないなんて。今後やっていく上で致命的じゃないのか。
あぁ、でも、と思い直す。
彼女にはそんなの必要ないのか。どんな状況下であれ自分をよしよししてくれるイカれた信者どもがうじゃうじゃいるから。――蛆虫かよ。そんな蛆虫にステラは喰い散らされ界隈関係なくいろんな人からバッシングを受けている。気持ち悪い。吐きそうだ。
『相手の方のアカウントを見たのですが、わたし、なんでかブロックされていて……』
――あ。
血の気が引いていくのがわかった。
私にその意図がなくても、盗作疑惑がかけられている今、「盗作したことがバレたからブロックした」と解釈されてしまう。
そんなの、黒と言っているようなものじゃないか。
私はただ、スピカの名前が見たくなくてブロックしただけなのに。
でも今更それをバカ正直に言ったところで苦し紛れの言い訳としか捉えられないだろう。
最悪だ。まさか過去の自分の行動に首を絞められるなんて。
口を手で抑えつつ再生した最後の動画はこう締めくくられていた。
『盗作はわたしだけではなく☆信者のみんなをも傷つける最低な行為です。もしわたしの声が届いたのなら、すぐに動画を消してください』
傷ついてもなお自分の足で立ち上がり、毅然と対応するヒロインのような発言だった。
私にはその姿がひどくわざとらしく見えた。こうすれば簡単に同情を買うことができるからだ。震えながらも頑張って表舞台に立つ彼女に庇護欲を掻き立てられた者も多いだろう。現にリプ欄や引用ポストには〈スピカ様負けないで〜〜!!!!〉〈☆信者はいつでもスピカ様の味方です!!〉など彼女を応援する声であふれていた。
そしてそれと比例するようにステラへの誹謗中傷はどんどん酷くなっていった。
〈スピカ様のパクってないで自分で作ったらどうですか〜?www あ、それが出来ないからパクったのかwwwwwww〉
〈犯罪者消えろ〉
〈盗作盗作盗作盗作盗作盗作盗作盗作盗作〉
〈この人5年目?だって! おおかたスピカ様に嫉妬したんちゃう?笑 ☆=スピカ様って定着しちゃったし爆笑爆笑〉
〈歌ってみたの方が伸びてる時点でお察しw〉
〈bioから陰のオーラでてて草〉
今まで炎上した人は幾度となく見てきた。
そのたびに「あーあ、またやってる」くらいに軽く受け止めてきたが、いざ自分が叩かれる側になってみると、見慣れた暴言でもいつもの何倍も痛くて、怖くて、すべての人に凶器を向けられているような感覚に陥った。
そんなことないってわかってるのに、SNSに存在する人が全員敵に見えて仕方ない。
みんな、みんな、スピカの味方で、私が彼女の曲をパクったと信じている。
中でも一番心にきたのは、このポストだった。
〈お相手の方のことは前々から好きで聴いていたのですが、まさかこんなことをしてたなんて……。もうファン辞めます。今までありがとうございました〉
――私は、私のことが好きな人にまで信じてもらえないの……?
そんな絶望が心を腐敗させていく。
もし、これが逆ならどうなっていただろうか。
スピカが私と全く同じ理由で私の曲をパクったと言われていたとしたら――。
きっとイカれた信者どもがうじゃうじゃと〈スピカ様はそんなことしない!〉〈こんなの偶然だよ〉〈スピカ様こんなの気にしなくていいですからね!!! ☆信者一同あなたを信じてますから!!!!!!!〉とか言って必死に擁護していただろう。彼女が本当にパクっていたとしてもそれは変わらなかったはずだ。
そしてきっと誰かがコード進行が同じでも著作権侵害にならないことやコード進行が被ることは普通にありえることを調べて突き止めていただろう。
挙句の果てに勘違いも甚だしい、スピカ様がお前ごときの曲をパクるわけないだろうと今以上に炎上するんだ。
そんな光景がありありと想像できた。
こんなことになるなら、私も彼女のように教祖のような振る舞いをして自分のファンを信者と呼んでいた方がよかったのかな。いや、わかっていても私はそうしなかっただろうな。そんなことをすれば私はステラを嫌いになっていたはずだから。
私が現実逃避をしている間にもステラは急速に燃やされている。
スピカが盗作されたと断言し、さらに過呼吸を起こすほど追い詰められたことで、☆信者の行動に拍車がかかってるんだ。気持ち悪い。
もしかしたら、もう手遅れかもしれない。
それでも、早く、早く弁解しないと。
なんせパクったと言われている『汽水域の恋』のBメロを考えたのは、私が中学3年生のとき――つまり、スピカが活動するよりも先だ。
そのときに録音したデータを日付とともに公開すれば、パクった疑惑を晴らすことができる。
私は盗作なんてしてないと証明する材料はちゃんとこちらにあるのだ。でも、でも、でも――。
手が、動かなかった。
私は怖いんだ。
もし誰にも信じてもらえなかったら?
もしそれでも炎上が鎮まらなかったら?
私はどうすればいいの?
行動とともに得られる結果が不明瞭で、一歩踏み出す勇気がもてない。
私の敵しかいない場所で声を上げようと思うだけで恐怖で震えが止まらない。
きっと、このままほとぼりが冷めるまで放置して、誰も関心を寄せなくなったところで静かにフェードアウトするのが最適解なんだと思う。
でも、そうはしなくなかった。
そう簡単に見切りをつけられるほど、ステラは私にとってちっぽけな存在じゃないから。
――ステラは私にとって、創作そのものだよ。
唇を噛んで俯く。
こういうときに上手く立ち回れない自分が情けない。
握りしめた拳。手のひらに爪が食いこんで痛かった。
そのまま動けないでいると、Luneさんが新しいポストを投稿した。
私にはそれに微かな希望を見いだした。Luneさんならちゃんと事態を公平に見てくれてるんじゃないかって。Luneさんならこの状況のおかしさを指摘してくれるんじゃないかって。
だってLuneさんは私の唯一の憧れだから。
素敵な曲を紡ぐ、特別な方だから。
そう思ったのに――。
Luneさんは「#拡散希望」を付け加え、スピカの切り抜き動画を引用ポストしていた。
「え、どう、して……?」
理解が追いつかなかった。
なんでLuneさんは引用ポストなんてしたの。しかも世間から同情してもらいやすい最後の動画を。
――まさかLuneさんも私がパクったって思ってるの?
そんなわけない、違うと必至に否定する私がいた。
Luneさんはきっとスピカがパクられたと騒いでいるから同情して拡散しただけ。曲をちゃんと聴けばこれがたまたま起こった不運な事故だってわかってくれるはず。
その傍らで冷静な私が言う。
――本当に?
Luneさんは2曲を比較した上で私がパクったと判断したのではないだろうか。
スピカと――あまり認めたくはないが――仲良いこともあるが、私がスピカをブロックしているから。
でも、いくら怪しいといっても、Luneさんには私は無実だって信じて欲しかった。
だって言ってくれたじゃないですか。私がDMしたとき。「これからお互い好きな曲をたくさん紡いでいきましょうね」って。
ねぇ、Luneさん。
私の好きなあなたはもう、いなくなってしまったんですか?
★
物心ついた頃から私の周りは音で満ちていた。
それをきちんと形にしたのはいつのことだったか。
今ではもう朧気だ。
楽譜という存在を知ってから手探りで何かしら書いていたと思う。絶対音感もってないのにね。
私の音楽はノートと鉛筆がすべてだった。
そしていつしかこの音たちをテレビに出てくる人たちみたいにたくさんの人の前で披露できたらいいな、と淡い希望を抱いていた。
だが、そんな夢は母親にとって"恥ずかしいこと"らしい。
小学生の見る世界なんてたかが知れていて、母親に否定されるということはほかの人も同じだろうと思った。
――じゃあテレビに出てる人は恥ずかしいの?
とてもそうは思えなかった。画面に映る彼らはいつ見てもキラキラしていたからだ。
わからなかった。わからなかったからたくさん考えた。
なんで彼らが音楽を奏でていても恥ずかしくないのに、私は恥ずかしいって言われるんだろうって。
その結果、彼らは「選ばれた」人間で、私は「選ばれなかった」人間だと結論付けた。
これで見切りが付けられたと思った。だが今度は新たな疑問が生まれた。
――それならなんで私には音が降ってくるの? 私が形にしなかったらこの音たちはどこに行くの?
選ばれなかったくせに中途半端な才能だけもった私は一体どうすればいいのか。
答えが見つからないまま、親に見つからないようにひっそりと音を紡ぐ日々が続いた。そうしないと音に押し潰されると、経験として知っているから。
そんな私に転機が訪れたのは、中学校に入学すると同時にスマートフォンを買い与えられたときだった。
何気なくTikTokを観ていたら、ある人の弾き語り動画が流れてきたのだ。
「わ、すてき……!」
これがLuneさんとの出会いだった。
花瓶に生けられたドライフラワー、くるくると回る照明、テディベア、ベッドのシーツ。そしてそれらをあたたかく包み込む自然光。
部屋にあるものでこんなにも洗練されたものが創れるのかと感動した。
そしてなによりも惹かれたのが彼女の歌声だった。
高音が美しく澄んでいて、どこまでも伸びていきそうで。あっという間に魅了された。
そんな純水のような声と雰囲気がぴったりと合っている曲。フルはYouTubeに投稿されているというのでリンクから飛んでみると、なんとそれは彼女自身が作詞作曲したものだった。さらに驚いたのは、彼女がどこにも所属していないアマチュアのシンガーソングライターだったこと。
私はこのとき初めてアマチュアでもシンガーソングライターとして活動できると知った。
そして、それなら私にもできるかもしれないと思った。私も彼女のように曲と歌声でひとつの工芸品みたいになるような素敵な曲を作れるんじゃないか、と。
その後パソコンとヘッドフォンを手に入れ、一曲作り上げると同時にXとYouTubeのアカウントを作成した。Xで一番にフォローしたのはもちろんLuneさんだった。
『初めまして、ステラと申します。Luneさんに憧れてシンガーソングライターとして活動してみることにしました。Luneさんの曲はどれも澄んでいてほんとうに大好きです。もちろん曲だけじゃなく歌声もMVもXで紡ぐことばも全部好きで尊敬しています。まだまだ未熟者ですが、これからよろしくお願いいたします。☆』
これでいいのか何度も何度も読み直しては書き直し、辞書で漢字間違えはないか、語弊はないかなど調べに調べ、かしこまりすぎず馴れ馴れしすぎない文を中学1年生なりに一生懸命考え、最後にもう一度読み返してから送った。
Luneさんからの反応があったのはそれから数時間後だった。
『初めてまして、Luneです。憧れと言っていただけでうれしいです。ありがとうございます。ステラさん、素敵なお名前ですね……! こちらこそよろしくお願いします。これからお互い好きな曲をたくさん紡いでいきましょうね』
曲と同じように丁寧に綴られたメッセージと、それとともに通知された「Lune さんからフォローバックされました」という文字。
それらがじんわりと心に沁みて、これからステラとして頑張っていこうと思った。
★
その日以来Luneさんと直接的な絡みはなかったけれど、私が新曲を投稿すればいいねを押してくれたし、確実に認知はしてくれていた。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったの?
スピカやその信者どもの頭の悪さに怒りをぶつけることでなんとか正気を保ってきたのに、Luneさんがスピカの味方をしたことで最後の砦が崩された気がした。
もう、どうすればいいかわからない。
「誰か、助けてよ……」
部屋の中でポツリとこぼした言葉は、すぐに空気に溶けてしまった。
リビングで母親が私を呼ぶ声がした。どうやら夕飯ができたらしい。それがやけに遠く聞こえた。
両親の前では、パクリ疑惑をかけられ炎上してるだなんて、絶対に悟られてはならない。だからいくら泣きたくても堪えて、堪えて、堪えて、創作以外の不純物だけを抱え、自室を後にした。
★
夕飯を終え、自室に戻った。
電気を消して行ったので当たり前だけど暗かった。クーラーがしっかり効いているせいで少し肌寒い。
ここには私ひとりだけ。
ぼーっと突っ立っていると、ここが現実なのか夢なのか、その境界線が曖昧になっていく。
ぐるぐる。ぐるぐる。
上を見あげると天井が回っているようだった。――ああ。
降る。
積もる。
降る。降る。
積もる。積もる。
現実を突きつけるかのように音たちが私に向かって降ってくる。
スピカに盗作と断定され、ステラのことを初めて知ったと言われた。
☆信者に盗作した犯罪者として罵詈雑言を浴びせられた。
Luneさんにスピカの味方をされた。
お願い、止まって。今じゃない。今じゃないの。
私の思いとは裏腹に音はどんどん大きくなる。
傷つけば傷つくほど、それから逃げるために音として消費しようとしているんだ。
私は今までこうやって嫌なことから逃げてきた。
でも、今回は違う。
音が紡がれると自然とステラへと結びつき、連鎖的に炎上騒ぎのことも思い出してしまうから。
もう何も考えたくない。現実を見たくないの。見たってどうせ私が、ステラが、有象無象に誹謗中傷されてるだけ。
だったら少しくらい夢見させてよ。
スピカなんて存在しなくて、Luneさんと私が仲のいい世界線。曲を投稿すればたくさんの人が喜んでくれて、両親も梨々花も美波も活動を応援してくれて、それで、それで――。
「……ははっ」
乾いた笑いがもれた。
こんなこと考えても意味、ないのに。
力が抜け、ドアに身体を預ける。そのまま為す術もなくズルズルと滑り、床に落ちた。
「ぅっ……ぁあっ、」
こういうとき、ほかの人ならどうしてたのかな。
ねぇ、誰か教えてよ。ねぇ。
耐えられなくなり叫びだしそうになった、そのとき。
――ヴーヴー。
突如スマートフォンがバイブし始めた。
XとYouTubeの通知は切ってるのに。何事かと恐る恐る画面に目を向けた。するとそこに表示されていたのは、
「え、つき……しろ………?」
侑久と書かれた月城のラインアカウントだった。それを視認した途端、縋るように通話ボタンを押した。
『あ、やっとでた! じゃなくて、ステラ大丈夫? 俺、今知ったとこで――』
「つ、月城。わた、私、パクってない。そんなこと、してない……!」
考えるよりも先に口をついて出たのは、自身の潔白についてだった。
途切れ途切れにしか言葉を発せなかったことから、呼吸が乱れていたことを知る。
『知ってる。ステラはそんなことしない』
月城は強く言い切った。言い切ってくれた。
「うん、しない。絶対しない。信じてくれて、ありがとう……月城」
――よかった。私にもちゃんと、味方がいた。
凝り固まった心が少しずつほぐれていく。
まるで雪解け水のような涙がハラハラとあふれてきて止まらなくて。「月城、月城」って幼い子が親を呼ぶみたいに彼の名前を呼び続けた。
その間も月城は電話を繋いだままでいてくれた。時折「うん」「大丈夫」「信じてるから」と相槌まで打ってくれて。それがどれだけ心強かったか。私は彼にとても返しきれないような大きな借りができてしまった。
そして私が落ち着いたころに月城が「大丈夫になった?」と静かに尋ねてきた。
「うん。だいじょ……ばない、かも」
反射的に「大丈夫」と答えようとしたけれど、本当は何も大丈夫じゃないことに気づいて変な返しになってしまった。
小さなひかりを失わないようにスマートフォンをぎゅっと握りしめる。
「月城。私、怖い……」
こんなにもたくさんの敵意を一身に受けたのなんて初めてで、先が見えない。この先にあるのか再生か、それとも破滅か。私は一体これからどこに向かうの。どこに向かえばいいの。
私は初動で失敗した。
手が震えてなにもできなかった。そうこうしている間にも火はより過激に燃えていくと言うのに。
これから巻き返しできるの?
仮にできたとしてもこの炎上はずっとステラの後ろをついてまわることになる。中には本当は私がパクったんじゃないかと疑ったままの人もいるだろう。そんな人がいる空間で私は今まで通り活動できるだろうか。一度鎮火してもふとした瞬間に蒸し返されて要らぬ疑いをかけられるんじゃないか。
いろんな可能性が浮かんできて、窒息してしまいそうだ。
そんな私に酸素を与えてくれたのは月城だった。彼は私を落ち着かせるようにこう言った。
『大丈夫。俺に考えがある』
「どんな?」
訊くと、電話の向こうで微かに空気が揺れた気がした。
『あいつの素顔、特定しない?』
「…………え?」
目を見開いて固まる。
この悪魔のような提案する彼は、一体どんな顔をしていたのだろうか。わかっていても上手く反応できなかっただろう。
だからこのときだけは電話越しでよかったと思った。



