《晃 side》


 俺も、生まれてくることを、祝福されていない。つまり、妃彩様と似たようなものだ。だからかはわからないが……妃彩様の存在を知っていた。


 ───コンコン


 「失礼します」


 別に、執事をすればいいんだろ? と思いながら入室。

 ……俺は、彼女に目を奪われた。

 銀色の髪に、藍色の瞳。綺麗な鼻筋。紅い唇。……これが、一目惚れ、なんだろう。


 「はっ、はい……!」


 「え〜……
 俺が新しく執事になった本田晃です。

 あ、最初に言っとくと、
 あんたの悲劇のヒロインぶってるの、嫌いなんで」


 確かに嫌いだ。でも、ほんの少ししか思っていないことを言ってしまった。
 ああ、自分が一気に嫌いになった。一目惚れした相手にそんな事言うなんて。


 「……そ、そっか」


 「……なんで、」

 そんな、境遇を、認められるんだ? 普通、悲しくて、そっか、なんて言えないだろ……? 認められない、のが普通だろ?

 「いえ、なんでもないですっ」

 ……流石に、言えない。

 「……?」
 「……お嬢様は、この環境から逃れたいと思ったことは無いんですか?」

 「……諦めがついてるから。逃れたい、とはもう思わないかな」

 「今は……ですか」

 俺だったら……諦めがつかないかな……。いつか、絶対復讐してやる、と心に誓って。

 「お嬢様、」

 「あ、お嬢様って呼ぶのはやめて。ここでお嬢様は、妃海の事になるから。本田さんが怒られてしまうわ。私をお嬢様、なんて言うと」

 「……妃彩様」

 ……差別、か。まあ、どこにでもある話だよな……。

 「はあい?」

 「……お願いです。本田さん、とお呼びになられるのは……。ただの使用人ですし。晃、と。そうお呼びください」

 「あきら……?」

 「っ……、はい。俺……私は別に、妃彩様が嫌い……というわけではないので。
 その、さっき言った悲劇のヒロインと……傷ついていないフリをしているところとか……嫌いです」


 俺は……特別体質なんだ。数少ない治癒魔法に特化している。……そして、未来が視える。だから……さっき、アレが視えたため、こう言ってしまった。


 『晃……? 私のせいでごめんね。いいよ、でてきな。私は大丈夫だからっ。なんとかするよ』
 無言の沈黙がなんだか辛くて、喋りだす。

 「とりあえずっ、今日の予定ですっ」

 「ええ」

 「今日は……正午を過ぎた頃に旦那様がお帰りになられます。そして……───」

 「……はい」

 ……結構なハードスケジュールだなぁ。

 「……では、ご朝食ですよ」

 「ええ」

 「では、ダイニングへ……」

 「……悪いけど、こっちに持ってきて貰えるかしら?」

 え?

 「ですが、旦那様がダイニングへ、と……」

 そう、頼まれたけれど……。

 「では……行きます……」


 俺が、ここで気付けば良かったのに……。後から懺悔しても、もう遅いけれど。
 「出てきたの?」「全く、どういう神経してるんだか」「汚い」「生きてるだけで忌み嫌われる存在なのに」

 「……妃彩様……」


 ……なんで、妃彩様がそんな心無い言葉を浴びなければいけないんだ……。


 「……大丈夫よ」


 大丈夫じゃ、ないだろ?


 「……ダイニングに行きましょう」


 ……はい、と言う。俺は、きっとこの使用人たちに歯向かってはいけないのだろう。妃彩様が、もっと困ってしまう。


 「……ダイニングですって? お嬢様が……」


 お嬢様……? ああ、妃彩様の妹か。

 妃彩様は困ったようにしながらも進んでいく。一応、間取りは覚えてきているから、ここがダイニングだと思う、けれど。


 「……あちらがお嬢様ですか?」

 「ええ、そうよ」


 ……似ていない。双子なのに。まあ、二卵性なのかもしれないけれど。父親にも似てないぞ?母親にも。


 「……妃海様、お久しぶりです」

 「妃彩、生きていたのね」

 「はい。妃海様も御息災なようで」

 「あんたとは違ってね。
 ……全く、なんであんたが姉なのかしらね。同じ血だと考えるだけで吐き気がする」


 ……お嬢様も、妃彩様をいじめているのか? 姉を? なんで?


 「……」

 「……で、あなたは?」

 「私は妃彩様の新しい執事です」

 「へえ。こんな魔法が使えない子の執事って、嫌じゃないの? 一族の恥の執事で、恥ずかしくないの?」


 ……は?


 「……いえ、そんな事はありません」


 なんだ、こいつは。
 「確かに駄目なところはあります。
 ですが、一生懸命頑張っています。その方を恥ずかしいなど、どうして思うのですか?
 知り合ってすぐの私が出しゃばり、申し訳ございません。ですが、これが思っている事です」


 努力の塊だ、妃彩様は。一体何を言っている? 恥? そんな訳あるか。お前の執事の方が一億倍恥だ。


 「……ふーん……。
 でもさ、ここではあんたの意思なんて関係ない。
 こいつは嫌われて当然。あたしは好かれて当然。分かった?」

 「……」

 そんなの、おかしいだろ。魔法が使えないだけで。魔法が使えるから、強いから……なんだよ。

 「なんでお父様があんたを選んだのか知らないけどさ……。あたしは認めてない。あんたも、妃彩も」

 「それで大丈夫です。私もお嬢様を認めていませんので」

 認めて……たまるかよ。

 「またね。あ……妃彩、後で部屋に一人で来なさい」

 「……は、い……」

 ……っ、あ。俺のせいで、妃彩様に迷惑が、行くかも……しれない……。
 「……妃彩様、行くのですか……?」

 俺のせいだ。でも……行ってほしくない。どの口が、そう思われてもいい。……妃彩様が傷付けられるのを、見たくない。

 「……ええ。朝食を食べたら、すぐにでも。父が帰ってくる前には……部屋に戻るから待っててね」

 「……はい」

 彼女からは、強い意思が感じ取れた。

 「お嬢様は……っ、魔力がお強い。何かあれば、妃彩様が……!」

 「大丈夫」


 そんなわけ……っ。


 「……」

 「……食べ終わったよ。……妃海の所へ行ってくる」

 「……お気をつけて」

 結局、俺は、何もできない。弱いままだ。
 それにしても……遅い。もう、帰ってきてもいいはずだ。……怪我はないだろうか。……大丈夫だろうか……。


 「お嬢様っ」

 「晃、部屋……の前にいたのね」


 良かった、無事に戻ってきた……。


 「大丈夫でし……怪我が…!! ……今すぐ手当てを始めます。お部屋の椅子にお座りください」


 お嬢様、か。……こんな深い傷。


 「……お顔に傷が残るかもしれません」

 「大丈夫よ。痛くないし」

 これが、痛くない……? 痛みを感じない……? まさか、ね。

 「……終わりましたよ」

 「早くない?」

 ああ、気づかれてしまったか。

 「少し魔法を使わせて頂きました。私……治癒に特化した魔法使いなので」

 「……治癒って」

 「……はい」

 ……何を、言われるだろう。軽蔑される、か?

 「人を救うのに、本当に特化しているのね。凄いわ」

 「なんで、なんで、認めるんですか? どうして? 戦えない俺達は、どこまで行っても最下層なのに…!」

 「晃が認めてくれたから、だよ」


 俺が妃彩様を認めたのは……九割私情だ。一目惚れ、という。残り一割は、自分ができなかったことを、妃彩様にしてほしいから。……って、これも私情か。


 「……私の家庭は……いえ、ごめんなさい。まだ……言えません。いつか、言わせてもらいます」

 「大丈夫よ」


 まだ、流石に……言えない、か。
 俺が妃彩様の執事になって、二日目。今から、奥様のところへ向かう。


 「失礼します、妃彩です」

 「おいで」

 「では、行かせてもらいます」

 「晃くんもね」

 「……はい」


 俺も、か。


 「私からね、二人に言っておきたい事があるの。
 ───私は、いつでも二人の味方だからね、って。
 でも……ごめんなさい。私は、妃彩ちゃんが虐められているのを……助けられなかった。
 ここから追放されて、警察にも捕まるのを考えたら……できなかったの……。本当に、ごめんなさい……」


 ……過去に、何があった? 俺は、知らないことだ。警察……妃彩様は、捕まえられるじゃないか。


 「え、いや、そう考えてくれるだけで、嬉しいです……! ありがとうございます」


 優しい、な。


 「晃くん、君にも言いたいことがあるかな。……妃彩ちゃん、席を外してくれる?」


 え? 俺だけ? 妃彩様が出る……? ……まさか……いや、バレてないはず……。


 「はい、」

 すぐ、妃彩様は退出した。
 「じゃあ……本題に入ろうか」


 ……。


 「晃くん……王家だよね」

 「……なわけ、ないでしょう?」

 「いや、違うね。……治癒魔法に特化している。そのため、隠されたんでしょ。王家で、そんなことがあっては威厳に関わるから」


 ……なんで、バレてるんだ。


 「……雅也くんとは仲良いのかな。だから、また逢えるように妃彩ちゃんの執事にした……か。うん、そうでしょう?」


 バレないように、兄さんが細工してくれたのに。


 「……兄様とは仲良いですけど。……また逢えるって、どういう……」

 「知らないの? 雅也くんと妃彩ちゃんの婚約よ」


 え。婚約……?


 「ああ、私はね、情報屋。隠れてしてるけど」


 ……情報、屋。盲点だった。ここに敵がいるとは。


 「安心して。妃彩ちゃんに言う気はないし、二人仲良くしててほしいよ。これが本音」


 本音、ねえ。