エピソード7
side九条理央
「ねぇ、あなたが理央くんよね?」
またかよ……。
最近はこんな風に声をかけられることも減ってきたのに。
俺はそんな感情を隠すように、努めて明るい声で返事をした。
「そうだけど……って、え?」
俺は目の前に居るこの人を知っている。
でもなんで、この人が俺に何の用だ?
「有栖……さん」
「あら。私の名前を知っているのね」
「そりゃあ、生徒会長ですから。もしかして、俺何かやらかしましたか?」
この人も学校の高嶺の花のような存在だったから、そうでもなければ俺なんかに声をかけないはずだ。
「そう身構えないで。私は会長としてじゃなく、白銀有栖として君に声をかけたんだから」
じゃあやっぱり、この人も……。
「あ、勘違いしないでね。私、あなたの事が好きとか、そういうんじゃないから」
……エスパーか?
「そもそも君には好きな人がいるじゃない」
一ノ瀬もそうだが、この人もなんなんだよ……。
「いや……。別に」
「東雲唯」
!!
「どうして彼女の名前が出てくるんですか」
「あれ? 気のせいだった? でも前夏祭りでも会ったみたいだし」
「それはたまたまで……って言うかなんで知ってるんですか?」
「さぁ……。何でだろうね?」
「まさか、ストー……」
「あ、言っておくけどストーキングとか、そんな犯罪まがいなことしてないからね」
それはそうだよな。
よりによってこの人がそんな事をするとは思えない。
「……そんな事を言う為だけに俺を呼び止めたんですか。特に用がないなら失礼しますね」
そう言ってその場を離れようとした時だった。
「ねぇ、私の話聞かなくていいの?」
「何を言いたいのか分かりません」
「へぇ……。本当に? ねぇ、理央くん」
「────」
……ッ!!
「……どうしてそれを」
「あれ? 図星だった? かまをかけてみたんだけど」
そんなはずがない。
彼女の物言いは確信めいたものを感じた。
「違いますよね。確信しているんですよね。どうして知ってるんですか!」
「さぁ……。どうしてだろうね?」
そう言って彼女は同じような言葉を繰り返す。
……危険だ。
どうして彼女があの事を知っているのか分からないが、本能的に彼女は只者ではないと感じた。
この人とはあまり関わらない方がいい。
「あ、そう言えば唯ちゃんだけど……」
「やめろ!」
俺は気付いたら大声で叫んでいた。
「私、まだ何も言ってないんだけど」
「あいつには……唯には危害を加えるな」
「……何を考えているのか分からないけど、私はあの子に危害を加えるつもりはないわ。私もあなたと同じ気持ちだもの」
どういうことだ?
白銀有栖が俺と……同じ気持ち?
ますます意味が分からない。
「ねぇ理央くん。自分から行動に移さなかったら何も変わらないよ? 小さなことでも、自分が変わろうとすれば、それが大きな変化に繋がるんじゃないかな」
……。
俺はなにも言い返すことができなかった。
「あなたの未来は自分自身のものなんだから、もう少しちゃんと向き合った方がいいわよ。君は変化を恐れているだけ」
「それは……」
俺はやっぱり、何も言えなかった。
「しんみりしちゃったね。こんなつもりはなかったんだけど。でもやっぱり理央くんは唯ちゃんにメロメロなんだなー。もう! 可愛いだから」
「そんな事……ない」
彼女に対する不信感は消えないままだった。
だけど彼女の姿が記憶の中のあの人と重なり、どうしても強く言い返すことはできなかった。
俺は有栖さんと話を終えると、忘れ物をしていたことに気付き、教室へと戻った。
「電気がついてる……」
誰かまだ残っているのかな。
そんなことを思いながら教室の扉に手をかけた。
「……唯」
教室には唯が居た。
寝てるのか?
寝るなら家に帰ってからの方がいいのに。
そう思いながらも、俺は唯を起こさないよう、できるだけ静かに扉を開けた。
さっきの有栖さんとの会話が蘇る。
俺はそっと唯に近付いた。
彼女はどうやら勉強中に寝てしまったみたいだ。
机の上には、難しい用語がびっしりと書いてある医学書が置いてあった。
「……医者になりたいのか?」
この高校に入学したのだから、医学部への進学を目指すのは珍しいことではない。
ただ彼女の場合は目指す意味が他の人とは変わってくるのだろう。
彼女の父親は、東雲病院の院長を務めているという話を聞いたことがある。
きっと、彼女は父親の跡を継ぐつもりでいるのだろう。
そんなことを思っていると、
「うぅ……う」
!!
悪夢を見ているのか……?
俺はいてもたってもいられなくなり、つい声をかけてしまった。
「唯! 起きろ!」
「はぁっ……!」
幸いな事に、唯は直ぐに目を覚ました。
「大丈夫か? うなされてたけど」
どうしたんだ?
悪い夢でも見たのか?
「よく、分からない……。夢を見たような気がするんだけど……」
「こういう事……よくあるのか?」
今日の俺なんか変だよな。
いつもみたいに接しないと、俺の決意が揺らいでしまうのに。
「どうだろ。自分では気づいてないだけで何回かあったのかも」
彼女の冷たい態度に少し驚いてしまう。
いや……。
いつもの俺の態度を考えれば当然か。
「……」
「……」
また沈黙が流れてしまう。
普段の俺ならそのまま帰るんだろうけど、何故か今日の俺はそうしたくなかった。
「医者になりたいのか?」
「……うん」
「そうか」
俺、前はどんな風に話してたっけ?
あまりにも昔のことで、どう接したらいいか分からなくなってしまう。
唯の雰囲気がいつもと違うからか、つい俺も気まずくなる。
そんな事を考えていたら、今度は唯が質問してきた。
「理央くんは……やっぱり大学に進学するの?」
「いや、普通に就職するつもり」
「えっ! 勿体ない!」
「!!」
びっくりした……。
俺の反応を見た唯がそのまま話を続ける。
「いや、頭良いのに勿体ないなぁって思って」
「あぁ……。別にやりたい事もないから」
唯にはああは言ったものの、実は大学に行きたいと言う気持ちはある。
ただ、大学に進学するためにはお金がかかる。
俺には進学できるようなお金は無い。
「そうなんだ……」
唯の返答を最後に、また会話が途切れてしまった。
「……気まずい」
慣れない会話にそんなことを思う。
それでも少しでも会話ができたことが嬉しかった。
いつも冷たく接してしまってごめんな。
それでも唯のことが心配なんだ。
俺と一緒に居たら、お前は不幸になってしまうだろ。
言いたいことは山ほどあるのに、怖気付いてしまうのは、有栖さんが言うように変化を恐れているからなのだろうか。
side九条理央
「ねぇ、あなたが理央くんよね?」
またかよ……。
最近はこんな風に声をかけられることも減ってきたのに。
俺はそんな感情を隠すように、努めて明るい声で返事をした。
「そうだけど……って、え?」
俺は目の前に居るこの人を知っている。
でもなんで、この人が俺に何の用だ?
「有栖……さん」
「あら。私の名前を知っているのね」
「そりゃあ、生徒会長ですから。もしかして、俺何かやらかしましたか?」
この人も学校の高嶺の花のような存在だったから、そうでもなければ俺なんかに声をかけないはずだ。
「そう身構えないで。私は会長としてじゃなく、白銀有栖として君に声をかけたんだから」
じゃあやっぱり、この人も……。
「あ、勘違いしないでね。私、あなたの事が好きとか、そういうんじゃないから」
……エスパーか?
「そもそも君には好きな人がいるじゃない」
一ノ瀬もそうだが、この人もなんなんだよ……。
「いや……。別に」
「東雲唯」
!!
「どうして彼女の名前が出てくるんですか」
「あれ? 気のせいだった? でも前夏祭りでも会ったみたいだし」
「それはたまたまで……って言うかなんで知ってるんですか?」
「さぁ……。何でだろうね?」
「まさか、ストー……」
「あ、言っておくけどストーキングとか、そんな犯罪まがいなことしてないからね」
それはそうだよな。
よりによってこの人がそんな事をするとは思えない。
「……そんな事を言う為だけに俺を呼び止めたんですか。特に用がないなら失礼しますね」
そう言ってその場を離れようとした時だった。
「ねぇ、私の話聞かなくていいの?」
「何を言いたいのか分かりません」
「へぇ……。本当に? ねぇ、理央くん」
「────」
……ッ!!
「……どうしてそれを」
「あれ? 図星だった? かまをかけてみたんだけど」
そんなはずがない。
彼女の物言いは確信めいたものを感じた。
「違いますよね。確信しているんですよね。どうして知ってるんですか!」
「さぁ……。どうしてだろうね?」
そう言って彼女は同じような言葉を繰り返す。
……危険だ。
どうして彼女があの事を知っているのか分からないが、本能的に彼女は只者ではないと感じた。
この人とはあまり関わらない方がいい。
「あ、そう言えば唯ちゃんだけど……」
「やめろ!」
俺は気付いたら大声で叫んでいた。
「私、まだ何も言ってないんだけど」
「あいつには……唯には危害を加えるな」
「……何を考えているのか分からないけど、私はあの子に危害を加えるつもりはないわ。私もあなたと同じ気持ちだもの」
どういうことだ?
白銀有栖が俺と……同じ気持ち?
ますます意味が分からない。
「ねぇ理央くん。自分から行動に移さなかったら何も変わらないよ? 小さなことでも、自分が変わろうとすれば、それが大きな変化に繋がるんじゃないかな」
……。
俺はなにも言い返すことができなかった。
「あなたの未来は自分自身のものなんだから、もう少しちゃんと向き合った方がいいわよ。君は変化を恐れているだけ」
「それは……」
俺はやっぱり、何も言えなかった。
「しんみりしちゃったね。こんなつもりはなかったんだけど。でもやっぱり理央くんは唯ちゃんにメロメロなんだなー。もう! 可愛いだから」
「そんな事……ない」
彼女に対する不信感は消えないままだった。
だけど彼女の姿が記憶の中のあの人と重なり、どうしても強く言い返すことはできなかった。
俺は有栖さんと話を終えると、忘れ物をしていたことに気付き、教室へと戻った。
「電気がついてる……」
誰かまだ残っているのかな。
そんなことを思いながら教室の扉に手をかけた。
「……唯」
教室には唯が居た。
寝てるのか?
寝るなら家に帰ってからの方がいいのに。
そう思いながらも、俺は唯を起こさないよう、できるだけ静かに扉を開けた。
さっきの有栖さんとの会話が蘇る。
俺はそっと唯に近付いた。
彼女はどうやら勉強中に寝てしまったみたいだ。
机の上には、難しい用語がびっしりと書いてある医学書が置いてあった。
「……医者になりたいのか?」
この高校に入学したのだから、医学部への進学を目指すのは珍しいことではない。
ただ彼女の場合は目指す意味が他の人とは変わってくるのだろう。
彼女の父親は、東雲病院の院長を務めているという話を聞いたことがある。
きっと、彼女は父親の跡を継ぐつもりでいるのだろう。
そんなことを思っていると、
「うぅ……う」
!!
悪夢を見ているのか……?
俺はいてもたってもいられなくなり、つい声をかけてしまった。
「唯! 起きろ!」
「はぁっ……!」
幸いな事に、唯は直ぐに目を覚ました。
「大丈夫か? うなされてたけど」
どうしたんだ?
悪い夢でも見たのか?
「よく、分からない……。夢を見たような気がするんだけど……」
「こういう事……よくあるのか?」
今日の俺なんか変だよな。
いつもみたいに接しないと、俺の決意が揺らいでしまうのに。
「どうだろ。自分では気づいてないだけで何回かあったのかも」
彼女の冷たい態度に少し驚いてしまう。
いや……。
いつもの俺の態度を考えれば当然か。
「……」
「……」
また沈黙が流れてしまう。
普段の俺ならそのまま帰るんだろうけど、何故か今日の俺はそうしたくなかった。
「医者になりたいのか?」
「……うん」
「そうか」
俺、前はどんな風に話してたっけ?
あまりにも昔のことで、どう接したらいいか分からなくなってしまう。
唯の雰囲気がいつもと違うからか、つい俺も気まずくなる。
そんな事を考えていたら、今度は唯が質問してきた。
「理央くんは……やっぱり大学に進学するの?」
「いや、普通に就職するつもり」
「えっ! 勿体ない!」
「!!」
びっくりした……。
俺の反応を見た唯がそのまま話を続ける。
「いや、頭良いのに勿体ないなぁって思って」
「あぁ……。別にやりたい事もないから」
唯にはああは言ったものの、実は大学に行きたいと言う気持ちはある。
ただ、大学に進学するためにはお金がかかる。
俺には進学できるようなお金は無い。
「そうなんだ……」
唯の返答を最後に、また会話が途切れてしまった。
「……気まずい」
慣れない会話にそんなことを思う。
それでも少しでも会話ができたことが嬉しかった。
いつも冷たく接してしまってごめんな。
それでも唯のことが心配なんだ。
俺と一緒に居たら、お前は不幸になってしまうだろ。
言いたいことは山ほどあるのに、怖気付いてしまうのは、有栖さんが言うように変化を恐れているからなのだろうか。