エピソード6
side九条理央
『理央くん頑張れー! 全然当たってないぞー』
『ちょ、少しは黙っとけ』
『わぁー取れた! 凄い!』
『……これやる』
『良いの!? ありがとう! 私が欲しかったぬいぐるみ!』
『夏祭りに来てクマのぬいぐるみとか……』
『別に可愛いからいいんですー。あ! 綿あめだ!』
『そんなに走ったら危ないだろ。ほら……。はぐれないように手、繋ぐぞ』
『うん!』
『……射的、もっと練習しないとだな』
***
「理央? おーい! 理央くーん!」
「……っるさい」
「あ、やっと起きた。いくら暑いからってずっと寝てばかりじゃダメだろー」
「ここ俺の家なんだけど……。なんで勝手に入ってんだ?」
季節は流れ、もうすっかり夏になった。
今年の夏は例年以上に暑い。
「てか本当に今年暑いよなぁ。マジで太陽神経おかしいんじゃないの?」
「太陽に文句言ってもしょうがないでしょ……」
「それもそうかぁ!」
樹のことは嫌いじゃないが、流石に夏の蒸し暑い日のこいつのテンションは少し疲れる。
「さて理央くん……。夏といえば、なんでしょうか」
「……スイカ、かき氷、そうめん」
「って食べ物ばかりやないかい! そうじゃなくて夏祭り! ほら、明日は夏祭りがあるだろ。これを逃して夏乗り切れるもんかぁぁぁ」
どうやら暑さのせいでこいつもおかしくなったようだ。
いつも以上にテンションが高い。
「えぇ……。面倒くさ」
「とか言ってー。結局楽しむくせに。明日の夕方に迎えに来るから、絶対起きてろよ!」
げ……。
強制かよ。
「はいはい」
「あ! 浴衣も忘れるんじゃないぞ」
「分かったって」
……どうやら樹は俺に休みというものをくれないみたいだ。
そうこうしているうちに、約束の時間となった。
「理央ー! 迎えに来たぞー」
いつもよりテンションの高い樹の声が聞こえる。
「あれ? っておい理央! なんでまだ着替えてないんだ?」
俺はしまったと思った。
「……が、分からなくて」
「え? なになに?」
「浴衣の着方が分からなかったの!」
仕方がないだろ。
夏祭りに行くことはあまりないし、前はお店に行って着付けをしたんだから。
「おいおい。そういうことは早めに言ってくれよな。てっきり着ていきたくないのかと」
……実はその方向に話が進まないかと期待をしていました。
「まさか。樹、手伝ってくれない?」
「はいはい。しゃーない。貸し一な」
正直こいつに貸しは作りたくないが……。
まぁ仕方がないだろう。
「おー。やっぱ賑わってんなぁ」
この夏祭りはここら辺でいちばん有名な祭りだ。
様々な屋台が並ぶことはもちろん、夜に打ち上げられる花火は全国屈指のものだ。
「そう言えばかき氷食べたいって言ってたよな」
「適当に言っただけだし」
「まぁまぁ。オレも何か食べたかったし先ずは腹ごしらえしようぜ」
それから俺たちは、りんご飴、イカ焼き、焼きそばなど、屋台で様々なものを買って食べた。
俺は次にどの屋台に行こうか考えていると、
「あれ。あそこに居るの唯じゃね? 澪と行くって言ってたのに、あいつどこにいるんだ?」
俺は一瞬ドキッとしてしまった。
大きなイベントだし、来てる可能性は高いと思ってたけど、まさかタイミングが被るとは。
できるだけ、バレないようにしよう……。
そう思っていたが、
「おーい! 唯ー」
「ちょ、おい!」
「あれ? 誰かと話してるな。知り合いかな」
あ……。
本当だ。
でもあの雰囲気は知り合いと言うより……。
「あの……。すみません。今友達を待ってて」
「いいじゃん! 今その子居ないみたいだし、俺らと一緒に遊ぼうよ!」
「いや……。本当、すみません」
唯が嫌がっている。
俺が助けるのは不自然かもしれない。
それでも放っておくことはできなかった。
彼らのところに行って止めようと思っていると、
「あれ、樹は……」
「あれ? お兄さんたち、オレの連れに何か用?」
「は? 誰だお前」
「オレ? オレはまぁ……。こいつの彼氏?」
「え……?」
「そういう割にはこっちは友達程度にしか思ってないみたいだけどな」
「だから今日告白しようとしてたの! お前ら邪魔しないでもらえる?」
樹とは思えない怖い顔で少年たちを睨んでいる。
それより告白って……。
本当なのか?
気が付けば唯に声をかけていた人達は立ち去っていた。
代わりに何やら楽しげに話している唯と樹の姿が見える。
俺は何故か胸が締め付けられるような思いがした。
「あれ? 九条理央じゃん!」
あまりにも放心状態だったのか、声を掛けられるまで後ろに人が居ることに気が付かなかった。
「君は……。樹の妹さん、だよね?」
直接会うのは初めてだったけど、樹に雰囲気が似てるからすぐに分かった。
「そうそう! 一ノ瀬澪だよ! それよりこんなところでどうしたの? 兄貴と夏祭り来てたんじゃなかったっけ」
そういうアンタは唯と夏祭り来てたんじゃなかったのかよ。
「あぁ……。あそこ」
俺はそう言って、二人が話しているところを指した。
「わぁ……。ほんっとあの二人お似合いだわ」
実の妹でさえ、そう思うのか。
「あのまま付き合って、もし結婚したら唯私のお姉ちゃんになるってこと? めっちゃアリなんですけど!? 理央もそう思わない?」
いや、俺に聞かれても分かるわけないでしょ。
「……そうだな」
俺は否定する理由もなかったから、ただ一ノ瀬の言葉を肯定した。
だけどその声は、自分が思っていた以上に冷たいものだった。
「もしかして嫉妬してる?」
「……は?」
いや、誰が?
誰に嫉妬だって?
「理央なんかイライラしてるように見えたから」
俺がイライラしてる?
自分でも分からないこの感情が嫉妬なのか?
「私的には唯がお姉ちゃんになってくれた方が嬉しいけど、あの2人にはその気がないみたいだし……。どうしてもって言うなら協力してあげてもいいけど?」
何馬鹿げたことを言っているんだ。
「そうだ。射的は得意? うち、唯に取ってあげたい商品があったんだけど苦手でさ」
射的……。
「……まぁ、苦手ではないな」
「お! 良かった。おーい。二人ともー!」
大きい声で呼ぶのは兄妹似たもの同士だな。
「おい。澪! 唯を置いてどこに行ってたんだ?」
「マジでごめん! 射的で唯が好きそうな商品あったからそっちに行ってたのよね」
「はぁ……。全く。それで、その商品はどこにあるんだ?」
「……うち思ったより、射的苦手だったみたい」
呆れる樹の声が聞こえる。
こういうところを見るとやっぱりお兄さんという感じがする。
「大丈夫! 私は気持ちだけで嬉しいよ!」
「いや、それじゃあ申し訳ないし、ジャジャーン! 助っ人を用意しました!」
……え?
いや、急に俺に話振るなよ。
ほら。
唯も戸惑ってるじゃないか。
「理央が? 射的得意なのか?」
「まぁ、苦手ではない」
そんなことを言っている間に、俺たちは射的台に到着した。
「東雲が欲しいのはクマのぬいぐるみだよな」
「えっ! どうして分かったの?」
しまった……。
「一ノ瀬がそう言ってたから」
「いや。うち何もいっ……」
「だよな。一ノ瀬?」
「あ、そうそう! 唯クマのぬいぐるみ欲しがってたなーって思って」
唯は不思議そうな顔をしていたが、俺は気に止めず射的に集中した。
狙いを定めて……。
「ほら。取れた」
「すご! うちなんか何回やっても取れなかったのに」
そりゃあ、沢山練習したからな。
「……ほら」
「あ……ありがとう」
……まぁ、こんな反応で仕方がないよな。
でも喜んでるみたいだし、良しとするか。
「お! そろそろ花火が始まるみたいだな。折角だし、四人で見ようぜ!」
一番の名物の花火が始まるみたいだ。
実を言うと俺は少しワクワクしていた。
「唯! はぐれないように手、繋ぐか!」
え……?
「ちょっと! いくら唯が方向音痴だからって彼氏でもないのに、軽々しくそういうこと言わないの!」
「あ、やっぱマズかったか?」
二人のやり取りを唯が楽しそうに見ていた。
おかしい……。
「理央どうした? もしかしてオレと手繋ぎたかったのか?」
「なわけない」
「そんなあからさまに否定しなくてもいいだろ」と言う樹の声が聞こえてくる。
やっぱりおかしい。
確かに樹は普段と変わらないように見える。
一ノ瀬は樹にその気はないと言っていた。
だけどさっきの表情はやっぱり……。
未来が変わりつつある。
その現実に、俺は少しずつ焦りを感じ始めていた。
side九条理央
『理央くん頑張れー! 全然当たってないぞー』
『ちょ、少しは黙っとけ』
『わぁー取れた! 凄い!』
『……これやる』
『良いの!? ありがとう! 私が欲しかったぬいぐるみ!』
『夏祭りに来てクマのぬいぐるみとか……』
『別に可愛いからいいんですー。あ! 綿あめだ!』
『そんなに走ったら危ないだろ。ほら……。はぐれないように手、繋ぐぞ』
『うん!』
『……射的、もっと練習しないとだな』
***
「理央? おーい! 理央くーん!」
「……っるさい」
「あ、やっと起きた。いくら暑いからってずっと寝てばかりじゃダメだろー」
「ここ俺の家なんだけど……。なんで勝手に入ってんだ?」
季節は流れ、もうすっかり夏になった。
今年の夏は例年以上に暑い。
「てか本当に今年暑いよなぁ。マジで太陽神経おかしいんじゃないの?」
「太陽に文句言ってもしょうがないでしょ……」
「それもそうかぁ!」
樹のことは嫌いじゃないが、流石に夏の蒸し暑い日のこいつのテンションは少し疲れる。
「さて理央くん……。夏といえば、なんでしょうか」
「……スイカ、かき氷、そうめん」
「って食べ物ばかりやないかい! そうじゃなくて夏祭り! ほら、明日は夏祭りがあるだろ。これを逃して夏乗り切れるもんかぁぁぁ」
どうやら暑さのせいでこいつもおかしくなったようだ。
いつも以上にテンションが高い。
「えぇ……。面倒くさ」
「とか言ってー。結局楽しむくせに。明日の夕方に迎えに来るから、絶対起きてろよ!」
げ……。
強制かよ。
「はいはい」
「あ! 浴衣も忘れるんじゃないぞ」
「分かったって」
……どうやら樹は俺に休みというものをくれないみたいだ。
そうこうしているうちに、約束の時間となった。
「理央ー! 迎えに来たぞー」
いつもよりテンションの高い樹の声が聞こえる。
「あれ? っておい理央! なんでまだ着替えてないんだ?」
俺はしまったと思った。
「……が、分からなくて」
「え? なになに?」
「浴衣の着方が分からなかったの!」
仕方がないだろ。
夏祭りに行くことはあまりないし、前はお店に行って着付けをしたんだから。
「おいおい。そういうことは早めに言ってくれよな。てっきり着ていきたくないのかと」
……実はその方向に話が進まないかと期待をしていました。
「まさか。樹、手伝ってくれない?」
「はいはい。しゃーない。貸し一な」
正直こいつに貸しは作りたくないが……。
まぁ仕方がないだろう。
「おー。やっぱ賑わってんなぁ」
この夏祭りはここら辺でいちばん有名な祭りだ。
様々な屋台が並ぶことはもちろん、夜に打ち上げられる花火は全国屈指のものだ。
「そう言えばかき氷食べたいって言ってたよな」
「適当に言っただけだし」
「まぁまぁ。オレも何か食べたかったし先ずは腹ごしらえしようぜ」
それから俺たちは、りんご飴、イカ焼き、焼きそばなど、屋台で様々なものを買って食べた。
俺は次にどの屋台に行こうか考えていると、
「あれ。あそこに居るの唯じゃね? 澪と行くって言ってたのに、あいつどこにいるんだ?」
俺は一瞬ドキッとしてしまった。
大きなイベントだし、来てる可能性は高いと思ってたけど、まさかタイミングが被るとは。
できるだけ、バレないようにしよう……。
そう思っていたが、
「おーい! 唯ー」
「ちょ、おい!」
「あれ? 誰かと話してるな。知り合いかな」
あ……。
本当だ。
でもあの雰囲気は知り合いと言うより……。
「あの……。すみません。今友達を待ってて」
「いいじゃん! 今その子居ないみたいだし、俺らと一緒に遊ぼうよ!」
「いや……。本当、すみません」
唯が嫌がっている。
俺が助けるのは不自然かもしれない。
それでも放っておくことはできなかった。
彼らのところに行って止めようと思っていると、
「あれ、樹は……」
「あれ? お兄さんたち、オレの連れに何か用?」
「は? 誰だお前」
「オレ? オレはまぁ……。こいつの彼氏?」
「え……?」
「そういう割にはこっちは友達程度にしか思ってないみたいだけどな」
「だから今日告白しようとしてたの! お前ら邪魔しないでもらえる?」
樹とは思えない怖い顔で少年たちを睨んでいる。
それより告白って……。
本当なのか?
気が付けば唯に声をかけていた人達は立ち去っていた。
代わりに何やら楽しげに話している唯と樹の姿が見える。
俺は何故か胸が締め付けられるような思いがした。
「あれ? 九条理央じゃん!」
あまりにも放心状態だったのか、声を掛けられるまで後ろに人が居ることに気が付かなかった。
「君は……。樹の妹さん、だよね?」
直接会うのは初めてだったけど、樹に雰囲気が似てるからすぐに分かった。
「そうそう! 一ノ瀬澪だよ! それよりこんなところでどうしたの? 兄貴と夏祭り来てたんじゃなかったっけ」
そういうアンタは唯と夏祭り来てたんじゃなかったのかよ。
「あぁ……。あそこ」
俺はそう言って、二人が話しているところを指した。
「わぁ……。ほんっとあの二人お似合いだわ」
実の妹でさえ、そう思うのか。
「あのまま付き合って、もし結婚したら唯私のお姉ちゃんになるってこと? めっちゃアリなんですけど!? 理央もそう思わない?」
いや、俺に聞かれても分かるわけないでしょ。
「……そうだな」
俺は否定する理由もなかったから、ただ一ノ瀬の言葉を肯定した。
だけどその声は、自分が思っていた以上に冷たいものだった。
「もしかして嫉妬してる?」
「……は?」
いや、誰が?
誰に嫉妬だって?
「理央なんかイライラしてるように見えたから」
俺がイライラしてる?
自分でも分からないこの感情が嫉妬なのか?
「私的には唯がお姉ちゃんになってくれた方が嬉しいけど、あの2人にはその気がないみたいだし……。どうしてもって言うなら協力してあげてもいいけど?」
何馬鹿げたことを言っているんだ。
「そうだ。射的は得意? うち、唯に取ってあげたい商品があったんだけど苦手でさ」
射的……。
「……まぁ、苦手ではないな」
「お! 良かった。おーい。二人ともー!」
大きい声で呼ぶのは兄妹似たもの同士だな。
「おい。澪! 唯を置いてどこに行ってたんだ?」
「マジでごめん! 射的で唯が好きそうな商品あったからそっちに行ってたのよね」
「はぁ……。全く。それで、その商品はどこにあるんだ?」
「……うち思ったより、射的苦手だったみたい」
呆れる樹の声が聞こえる。
こういうところを見るとやっぱりお兄さんという感じがする。
「大丈夫! 私は気持ちだけで嬉しいよ!」
「いや、それじゃあ申し訳ないし、ジャジャーン! 助っ人を用意しました!」
……え?
いや、急に俺に話振るなよ。
ほら。
唯も戸惑ってるじゃないか。
「理央が? 射的得意なのか?」
「まぁ、苦手ではない」
そんなことを言っている間に、俺たちは射的台に到着した。
「東雲が欲しいのはクマのぬいぐるみだよな」
「えっ! どうして分かったの?」
しまった……。
「一ノ瀬がそう言ってたから」
「いや。うち何もいっ……」
「だよな。一ノ瀬?」
「あ、そうそう! 唯クマのぬいぐるみ欲しがってたなーって思って」
唯は不思議そうな顔をしていたが、俺は気に止めず射的に集中した。
狙いを定めて……。
「ほら。取れた」
「すご! うちなんか何回やっても取れなかったのに」
そりゃあ、沢山練習したからな。
「……ほら」
「あ……ありがとう」
……まぁ、こんな反応で仕方がないよな。
でも喜んでるみたいだし、良しとするか。
「お! そろそろ花火が始まるみたいだな。折角だし、四人で見ようぜ!」
一番の名物の花火が始まるみたいだ。
実を言うと俺は少しワクワクしていた。
「唯! はぐれないように手、繋ぐか!」
え……?
「ちょっと! いくら唯が方向音痴だからって彼氏でもないのに、軽々しくそういうこと言わないの!」
「あ、やっぱマズかったか?」
二人のやり取りを唯が楽しそうに見ていた。
おかしい……。
「理央どうした? もしかしてオレと手繋ぎたかったのか?」
「なわけない」
「そんなあからさまに否定しなくてもいいだろ」と言う樹の声が聞こえてくる。
やっぱりおかしい。
確かに樹は普段と変わらないように見える。
一ノ瀬は樹にその気はないと言っていた。
だけどさっきの表情はやっぱり……。
未来が変わりつつある。
その現実に、俺は少しずつ焦りを感じ始めていた。