エピソード4
side九条理央


 「おーい! 理央ー」

 俺を呼ぶ樹の声が聞こえた。

 「今日部活オフだし、一緒に駅前のケーキ屋に行かね?」

 「いや、俺今日図書当番だし。そもそも甘いもの嫌いだからパスで」

 樹は俺が甘いものが苦手だということを知っているはずなのに、毎回甘いものを食べに行かないか誘ってくる。

 「当番とかしっかりやる柄じゃないのに、理央ほんと変わったよなー」

 俺をなんだと思ってるんだ。

 「まぁ真面目に生きるのはいいことだよな。じゃあ俺は澪を連れてケーキ屋に行ってくるわ!」

 妹も大変だよな。

 こんな変な兄がいて。

 「あ! 今失礼なこと考えてたなー」

 「……別に」

 「まぁそんな理央も好きだぜ」とウインクをしながらクサイセリフを性懲りもなく言ってくる。

 「あ! 当番と言えば唯も同じ日に当番なんだよな? 殴ったりするなよー?」

 「そんな事しねぇし」

 こいつはちょくちょく東雲の話を挟んでくる。

 二人は幼馴染らしいが、俺には関係ない事だし話のタネに出すのは程々にしてほしいよ。

 「じゃあまた明日な!」

 「あぁ。また、明日」

 そう言って俺は図書室へと向かった。





 「失礼します」

 そう呟き、俺は静かな図書室へと足を踏み入れた。

 俺は特別本が好きな訳じゃないけれど、静かな場所が好きだからこの委員会を選んだ。

 こういう空間は、俺が唯一無になれる場所だ。

 俺は、本を借りに来る人がいない時間を使って、勉強をすることにした。

 別に進路を決めているわけじゃないけど、勉強していて悪いことはないだろう。

 その時、図書室の扉が開いた。

 「あ……」

 入ってきたのは東雲唯だった。

 そりゃあ同じ日に同じ当番なんだから、図書室に来るのは当然か。

 ただ異様に気まずい。

 だから俺はつい、唯を無視してしまった。

 「こんにちは」

 「…………」

 あ、今のはマズかったかな。

 唯だって気まずい表情を浮かべている。

 かといって今更挨拶を返すのもおかしいから、結局気まずい空気だけがその場に漂う。

 その時、隣からガサゴソと動く音が聞こえた。

 どうやら彼女も勉強を始めたようだ。

 「どうしたの?」

 あ……。

 俺は無意識に唯の方を見ていたようだった。

 「……別に」

 また冷たい反応をしてしまう。

 どうしてもっと普通に接することができないんだろう。

 そんなことを考えていると、

 「すみませーん。この本を借りたいのですが」

 どうやら本を借りに来たようだ。

 「分かりました。返却期限は二週間後です。忘れずに返却してくださいね」

 ほら、こんな風に話しかければいいのに。

 俺は何をやってるんだか。

 「あ、あの! 理央くんですよね? 榎本中出身の! 私C組の渡辺凛と言います!」

 コイツはまたどうして自己紹介を始めたんだ?

 「C組……。てことは一ノ瀬と同じクラスか」

 そんな気持ちを悟られないように、俺は適当に言葉を選んだ。

 「澪ちゃんのこと知ってるんですか?」

 しまった。

 確かに急に一ノ瀬の名前出したら変に思うよな。

 「いや、ただ単に友人の妹だったから」

 まぁ事実だしいいか。

 「お兄さん……。てことは樹さんのことですよね!」

 なんなんだコイツ?

 用が済んだならさっさと帰ればいいものを。

 「あのっ連絡先とか交換していいですか?」

 ……は?

 なんで俺がコイツと連絡先交換しないといけないんだ?

 だからといって、そんなことはここでは言えない。

 居心地の悪さを感じたのか、唯はその場を立って本の整理をしてくると言った。

 「あ! ごめんね。気を遣わせちゃって」

 自覚があんならやめろよ。

 「いいえ、大丈夫です。ですがここは図書室なので、もう少し静かにしてもらえると助かります」

 図書委員らしい言葉を放ち、彼女はこの場を後にした。

 「それで……。どうですか?」

 まだ続くのかよ…… 。

 「ごめんな。俺たちまだお互いのこと知らないし、連絡先は交換できない」

 「そっか」と呟く声が聞こえる。

 良かった。

 ようやく諦めたのか。

 「じゃあお互いのことを知っていけばいいってことですよね?」

 コイツの頭はお花畑なのか?

 俺が嫌がってるって分からないのかな。

 俺はつい険しい表情を見せてしまった。

 もう我慢の限界だ。

 「あのさ、連絡先交換したくないって言ってるの、分かるかな? 正直そういうのマジで迷惑。用が済んだならさっさと帰ってくれない?」

 俺は極めて優しい表情で言うように努めた。

 酷いことを言ってるのは分かっている。

 ただそれはお互い様じゃないか。

 「……ッ! 分かり、ました……」

 はぁ……。

 やっと行ったか。

 「……ボソッ」

 その時、唯の声が聞こえた気がしたが俺は特に気にしなかった。

 「ホントに、俺は何やってんだか」

 そう呟く声は、静かな図書室の中で消えていった。





 「理央ー。部活行こうぜ!」

 「あぁ」

 図書室で感じていた不思議な気持ちは、気付いた時にはすっかり忘れていた。

 係が被るのは一週間の中で一回あるかどうかなので、関わるタイミングがほとんどなかったからだ。

 そもそもあいつは俺と違い、明るい性格で男女関係なく、クラスの人気者となっていた。

 そんなあいつが俺みたいなやつと関わりたいと思うはずがなかった。

 「でさー、オレがブリッジしながら廊下歩いてたら、校長とばったり会っちゃってさ」

 何やってんだこいつ。

 学校でもこんな感じだったのかよ。

 考え事をしている俺を現実に戻してくれるのも、こいつの変な性格のお陰だった。

 それがこいつにとっていい事なのかは知らないが。

 「よーし。じゃあ一年、とりあえずグラウンド十周な。他はパス練!」

 宮園学園は進学校でありながら、サッカーの強豪校でもあった。

 だから、俺たち一年が練習できる時間は少ないが、それでも俺はサッカーができることに満足している。

 「……ハァハァ。おい理央どうしてそんなにピンピンしてんだよ」

 「そうか? ずっと体力作りしてたからかな」

 「だとしてもこの広いグラウンド十周走って疲れねぇとか、まじバケモンだわ」

 そんくらいの覚悟がなきゃ、ここの部活やってけないだろ。

 それに不良に絡まれたくなくて逃げてりゃ、自然に体力つくさ。

 ただのチームメイトにそんなことを言うわけにもいかず、

 「お前も体力作りすれば十周なんて余裕になるよ」

 と、茶化しながら答えた。

 「よしっ。じゃあ今日の練習はここまで! しっかり休むんだぞ」

 結局、今日も一年生はボールを使った練習をしなかった。

 高総体も控えているし、今が一番集中したい時期なんだろう。

 「ふぅ……。お疲れ、理央」

 「お疲れ様」

 「それにしても理央は凄いよなー。あんなに走っても体力残ってるとか。オレなんかすぐにへばって、監督に毎回怒られてたわ」

 「壊滅的に体力なかったもんな」

 「それはオレがボール捌きが上手すぎるが故に、神様が体力不足という代償を負わせたのさ! 全く……。天才は辛いぜ」

 相変わらずの変人っぷり。

 でも実際、樹が言っていることは間違っていない。

 樹は最初こそ体力がなかったものの、実力は本物だった。

 それこそ正に天才と呼べるくらいに。

 そんな奴がこの一年で体力不足という課題を克服できたのだ。

 次のエースはこいつで決まりだな。

 もし樹が突然プロを目指すと言い出しても、俺は快く応援するだろう。

 「あ! 唯ー」

 その時、遠くで手を振っている唯の姿が見えた。

 「澪ちゃん課外あるみたいで、先に帰っててだって」

 そう言う彼女の声が聞こえる。

 「何だ樹。彼女か?」

 先輩が樹をからかうように言う。

 「違うよー。幼馴染!」

 「それにしては仲良さそうだぞー」とまた茶化す声。

 何だって恋愛に結び付けたがるんだな。

 それでも確かにただの幼馴染というには二人は仲が良さそうに見えた。

 「じゃあ理央また明日な! 皆もまたな!」

 東雲もこちらに一礼をして一緒に帰っていった。

 明るい樹と誰にでも優しい唯。

 もしかしたら、俺が一番お似合いな二人だと思っているのかもしれない。