エピソード3
side東雲唯


 『予定より早く着いちゃったかな』

 やっぱりこの季節は冷えるな。

 そう考えていると、後ろから声が聞こえてきた。

 『ごめん! 待たせたか?』

 『ううん。私も今来たところ』

 『そっか……。それなら良かった』

 そう言って私たちは微笑み合う。

 『あ、そうだ。これクリスマスプレゼント』

 『わぁー! 私からもこれ! プレゼント』

 『じゃあ一緒に開けるか』

 ……あ!

 『同じものだな』

 『同じものだね』

 私たちはまた笑い合った。

 『じゃあ、お揃いってことで』

 そう言って、彼は私に微笑みかける。

 あぁ……。

 やっぱり好きだな。



***



 入学式から早くも一週間が経った。

 まだ分からないことが多いけど、大分このクラスにも慣れてきた。

 そういえば澪ちゃんも仲のいい子ができたようだ。

 澪ちゃんによると、その子は榎本中学校出身らしい。

 榎本中学といえば、高校の名門といえば宮園学園というように、中学校の名門といえばと質問すれば、ほとんどの人が榎本中と答えるほど有名な学校だった。

 そして、樹くんが言っていた理央くんも榎本中学校出身のと聞いた。

 その話を聞いた時、私は妙に納得した。

 彼の代表挨拶は、いかにも頭の良い人が考えたかのような文章だったからだ。

 トップの成績で合格したのを見る限り、理央くんはよっぽど頭が良いのだろう。

 「おはよー!」

 入学式後のことを思い出していると、後ろから声を掛けられた。

 澪ちゃんの明るい声に反応して、私も明るい挨拶をする。

 「そういえば唯、部活何にするか決めた?」

 「私はやっぱテニス部かな」

 私は中学校からテニスを始めたけれど、思いのほか楽しくて高校でもテニス部に入ろうと決めていた。

 そして私のペアは、澪ちゃんだった。

 「やっぱり! うちもテニス部にしようとしてた! また一緒に組めるといいね」

 そんなことを言っているうちに学校に着いた。

 「それじゃ、また後でね」

 そうして別々の教室に向かっていった。





 「今日は委員会を決めていきたいと思います」

 委員会か……。

 私は入学した時から決めていたものがある。

 「それでは次に、図書委員になりたい方」

 「はい」

 「はい」

 え……?

 「それでは図書委員は東雲さんと九条さん。お願いします」

 嘘でしょ!?

 あんなに有名な人が私なんかと同じ委員会になったら、周りからなんて思われるか。

 その時冷たい視線を感じた。

 ビクッ

 何……今の。

 「係活動は早速今日からお願いします」

 不安は消えないまま、ついに係の仕事の時間になってしまった。

 「あの……よろしくお願いします」

 「……うん」

 シャイな人なのかな。

 「あ、あの……」

 「ねぇ、必要な時以外あんまり話しかけないでもらえる?」

 ……え?

 今私に言ったんだ、よね?

 何よ!

 感じ悪っ。

 いくら顔が良くても、性格悪かったらね。

 「そう。分かった」

 そうは言っても、私も特に話すことはなかったため、彼の話を受け入れるしかなかった。

 そこからは気まずい時間だけが流れていった。

 こんなんじゃ勉強にも集中できないな。

 そんなことを思いながらも、私は早く時間が過ぎるのを祈ることしかできなかった。





 「ねぇ、理央くんってどんな人なの?」

 「え……。どんな人って、急にどうしたんだ?」

 あれから、何回か一緒に活動する機会があったが、その度に冷たい視線を向けられている気がする。

 もちろん、私の気のせいかもしれないけど、あんなことを言われたのだから気になるのも当然だ。

 「ただ気になっただけだよ。すごく冷たい人だなって感じがするし」

 「理央が? 唯に?」

 「うん。私なにか悪いことしたかなって」

 「唯は何も悪くないだろー。あんま気にすんなよ。アイツ昔から人と関わるのは苦手だったからな」

 そうなのかな?

 でも他の人とは普通に話してる気がした。

 それに……。

 ほら、あそこでも。

 「え? でもあそこ……」

 ふと、女子に囲まれている理央くんを見つけ、私はそこに視線を移した。

 「理央くん笑ってる」

 「……何やってんだあいつ?」

 「ふふっ」

 「急にどうした!?」

 「なんか、樹くんなんか変な顔してるから」

 「え? あぁ、いや普通におかしいだろ。すごく機嫌悪そうなのに作り笑顔なんかしちゃってさ」

 「普通に楽しそうに見えるけど」

 「そりゃあオレの方が理央との時間長いからな」

 そういうものなのかな。

 私には普通に笑顔で話しているようにしか見えない。

 あれ?

 そういえば。

 「そういえば、私たちは小さい時から一緒なのに、私は理央くんのこと全く知らなかったよ?」

 そうだ。

 私たちは幼馴染。

 だからといって共通の友人がいるとも限らないけど、全く存在を知らなかったというのもおかしな話だ。

 「あの時は理央も荒れてたからなぁ。そんなやつ、唯に会わせる訳にいかないだろ? しかも人嫌い丸出しで。だいぶ丸くなった方だよ、あれでも」

 そうだったのか。

 じゃあなんで私にはあんな態度をとるんだろう。

 その時一瞬理央くんと目が合った気がした

 「あ……」

 「どうかしたか?」

 「ううん、なんでもない」

 結局理由は分からないままか。

 それでも樹くんに話したことで、いくらか気持ちが軽くなった気がした。





 「あ、唯ちゃん! 今日部活オフだけど、この後用事あったりする? 駅前のケーキ屋さんに行きたいなって思ったんだけど」

 「ごめん! 今日は図書当番なんだよね」

 「じゃあ仕方がない。また時間が合う時に行こうね」

 「うん!」

 紗奈ちゃんとは澪ちゃんに似ていることもあり、すぐに仲良くなった。

 「ていうか、放課後でも本借りに来る人っているの?」

 「うん。この学校結構色々なジャンル揃っててさ、紗奈ちゃんも本借りてみたら?」

 「私本読むと眠くなるからなー」

 「そっか。でも気が向いたらいつでも来てね!」

 「気が向いたらね」

 読書が苦手なところも澪ちゃんと似てるなぁ。

 「そういえばさ、九条理央も同じ日に当番なんだよね?」

 「そうだよ。でも全然話さないんだけどね」

 というより向こうがなんだか私を避けてる気がするんだけど。

 「でもさぁ、あいつ見てるとほんとに理央か? って思うことがあるのよね。まるで別人みたい」

 「そうなの?」

 「うん。小学校も一緒だったから分かるけど、理央は殴り合いばっかしてて残念イケメンって呼ばれることもあったからさ」

 嘘っ……。

 あんなクールそうな人が。

 樹もそんなことを言っていた。

 それにしても残念イケメンって。

 まぁ、正直私もその通りだと思うから何も言い返せないけど。

 「中学の時もそうだったんだけど、ある日急に人が変わったみたいに落ち着いたんだよね」

 そうなの?

 それってまるで私みたいじゃん。

 ある日急に医者になりたいって言い出した、私に似てる。

 理央くんに何かあったのかな?

 「まぁ、喧嘩しなくなったことはいい変化だし、特に気にしてないんだけどね!」

 ただ私にはいつも冷たいんです。

 そう言っても信じてもらえなさそうだったから、そのまま受け流すことにした。

 「じゃああたしは帰るね! バイバイ!」

 「うん! また明日ね」

 そう言って私たちは別れ、私は図書室へと向かった。

 そういえば、理央が丸くなったって樹も言ってたな。

 人ってそんな急に変わるものなのかな?

 それとも本当に別の人に変わったとか?

 「そんなわけないか」

 ありえないことを考えながら図書室の扉を開いた。

 先に来ていた理央くんは、さっき話を聞いたからかいつも以上に遠い人に感じた。





 紗奈ちゃんの言う通り、実際放課後に本を借りに来る人は多くはない。

 それでも借りに来る人は何人かいるし、私も静かに過ごせるこの時間が好きだった。

 「こんにちは」

 「…………」

 やっぱり今日も返事なしか。

 無駄に話しかける必要はないけど、それでも一応挨拶をしようと思ったんだけどな。

 理央くんは何やら難しい参考書を開いて勉強をしているようだった。

 私もその横で勉強を始めた。

 医学部を目指す私にとって、勉強時間を確保することは何よりも大切だった。

 そのため、借りに来る人がいない時は、こうしてカウンターを借りて勉強時間に費やしている。

 その時、隣からの視線を感じた。

 「どうしたの?」

 私は気になって尋ねてみると、

 「……別に」

 と、素っ気ない答えが返ってきた。

 何よ、用事があるならはっきり言ってくれればいいのに。

 こんなことを言うと、また意地悪な言葉が返ってくると思い、口に出しかけたその言葉を飲み込んだ。

 「すみませーん。この本を借りたいのですが」

 すると、本を借りたいという声が聞こえた。

 「分かりました。返却期限は二週間後です。忘れずに返却してくださいね」

 理央くんのいつもと違う優しい声が聞こえる。

 何よ。

 そんなに私のことが嫌いだって言うの?

 そもそも私何もしてないよね?

 ますます謎が深まっていた時だった。

 「あ、あの! 理央くんですよね? 榎本中出身の! 私C組の渡辺凛と言います!」

 「C組……。てことは一ノ瀬と同じクラスか」

 え?

 澪ちゃんのこと知ってるの?

 「澪ちゃんのこと知ってるんですか?」

 どうやら彼女も私と同じことを思っていたみたいだ。

 「いや、ただ単に友人の妹だったから」

 「お兄さん……。てことは樹さんのことですよね!」

 この子凄いな。

 どうしてそんなに話しかけられるの?

 それに理央くんも普通に話してるし。

 「あのっ連絡先とか交換していいですか?」

 !!

 その時ふとその言葉が聞こえた。

 なるほど。

 この子は理央くんに好意を寄せているんだ。

 何故か私は居心地の悪さを感じ、本の整理をするために椅子から立ち上がった。

 「……本の整理をしてきます」

 「あ! ごめんね。気を遣わせちゃって」

 自覚はあるだけマシ、か。

 「いいえ、大丈夫です。ですがここは図書室なので、もう少し静かにしてもらえると助かります」

 そうありきたりな事を言って私は逃げるようにその場を離れた。

 何やら話し込む2人の声が聞こえる。

 その時一瞬、ほんの一瞬だけど理央くんの雰囲気が変わった気がした

 「……ッ!! 今のは?」

 でもすぐにさっきと同じ、優しい表情に戻った。

 その代わり女の子は焦るように図書室を出ていった。

 「……九条理央」

 そう呟く声は静かな図書室の中で消えていった。

 広い図書室に、私と理央くんの二人だけ。

 一瞬見せた険しい表情が頭から離れない。

 私に向ける冷たい視線とはまた別のもの。

 もしかしたら理央くんはなにかを抱えてるのかもしれない。

 そんな考えが頭に浮かんだが、確かめるすべもなく、私はただ本の整理をすることしかできなかった。