エピソード2
side九条理央


 プルルル……プルルル……プルルル……

 「もしもし俺だけど」

 『もしもし理央? どうしたんだ』

 「いや、高校受かったから一応報告しておこうと思って」

 『一応かい! それで、どの高校に行くことにしたんだ? 理央変に秘密主義だから、全然教えてくれなかったよなー。まさかオレと同じ高校とか?』

 「うん」

 『分かってるって。冗談だ……ろ……って、え!? 今うんって言ったよね?』

 「そうだって」

 『宮園って、あの宮園だろ?』

 「宮園学園以外にどこがあるって言うんだよ」

 『それはそうだけど。お前明智高校目指してたんじゃないのか?』

 「……? 俺そんなこと言った覚えはないぞ?」

 『あれ、じゃあ誰だったのかな。ごめん。驚きすぎてオレまでおかしくなったみたいだ』

 「そんなに驚くことでもないだろ」

 『そうだよな。ただ、適当な高校行くって言ってて、お前のその頭脳が勿体ないなって思ってたから』

 「まぁ、そうだな……」

 それもずっと前の話だけど。

 『レスリング強豪校で世界一目指すって言ってたじゃん』

 「それは言ってない」

 電話の向こうで明るく笑う樹の声が聞こえる。

 全く、俺で遊んで何が楽しいんだか。

 『どうだ? 少しはリラックスできたか?』

 「今のって励ましてたんだ。てか緊張してないし」

 『緊張っていうか、なんか理央最近悩んでるみたいだったから』

 「それは……」

 『まぁ、生きてりゃ何かしらあるさ! 若者よ、今を楽しめ』

 何を言ってるんだか。

 一つしか変わらないくせに。

 「ありがと」

 でも樹のおかげで落ち着いたのは確かだった。

 『おう! じゃあ切るぞ。始業式まで体調整えてろよ?』

 「分かった。じゃあ、また」

 そう言って俺は電話を切った。

 "宮園学園"

 樹の言う通り、俺は元々この高校を目指していなかった。

 ただ何となく、宮園学園に入学したい、いや入学しなければならないという気持ちになった。

 もしかしたら、あのこととなにか関係があるのだろうか……。

 樹と俺は小学生の時に入ったサッカークラブで仲良くなった。

 孤独だった俺を救ってくれた、まさに恩人のような存在だ。

 あいつには妹がいるらしいが、実際に会ったことはないな。

 彼女も無事、宮園学園に合格したらしい。

 特に関わることはないけど、樹の妹がどんな人なのかは少し気になる。

 それに、俺には夢がある。

 絶対に、なんとしてでも叶えなければならない夢。

 その夢だけは、なんとしてでも叶えたい。

 「ようやく……」

 その呟きは、薄暗い部屋の中で静かに消えていった。





 いよいよ入学式の日を迎えた。

 俺は今日から宮園学園に通うことになる。

 特別な理由はないし、家からの距離が近いという理由でこの高校を選んだ。

 ……というのが建前。

 その時、テーブルに用意されているご飯が目に入った。

 一つひとつ丁寧にラップがかけられている。

 その隣には、"温めて食べてね"というメッセージも添えてある。

 別に親と仲が悪い訳ではない。

 ただ、親父は俺が生まれて直ぐに亡くなり、お袋がその分、働かなくてはいけない。

 お袋は忙しいため一緒に居る時間が限られてくるのだ。

 簡単に食事を済ませた俺は学校へ行く準備を始める。

 何度も思い出してしまうこの瞬間。

 「いってきます」

 誰も居ない部屋にそう呟いた。





 学校に着くとまだあまり生徒は来ていないようだった。

 クラスを確認すると、俺はA組だった。

 それから直ぐに教室へと向かう。

 早めに着いた俺は、特にすることもなかったため、時間になるまで少し寝ることにした。

 しばらくすると、だんだん騒がしい声が聞こえ始める。

 「……うるさい」

 人がだいぶ集まってきたようだ。

 そして何故か、俺に声をかけて来る人も居た。

 「ねぇねぇ! 理央君だよね! どこ中出身なの?」

 「榎本中学」

 「そうそう! わたしと同じ中学なんだ! ねー?」

 なんでアンタが自慢げなんだ。

 てか誰なんだよ。

 「そうだったの。中学校の時はあんま話さなかったよね。同じクラスになったのも何かの縁だし、これからよろしくね」

 慣れない笑顔を作ってみせる。

 きゃー!!!

 ったく……。

 他の生徒もいるんだから少しくらい静かにしろっての。

 流石に耐えられなくなった俺は、少し用事があると言ってその場から離れることにした。

 そろそろ樹も来てるだろうし、顔を出しに行くか。

 樹は確かA組だったよな。

 そう思いながら樹の教室に向かっている途中、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 「あ! いたいた! おーい。理央ー」

 丁度いい所に。

 「おはよ、樹」

 「そこは樹セ・ン・パ・イだろ!」

 「はいはい樹」

 「やっぱ呼び捨て……。まぁいいけどよ。てかどうしてここにいるんだ?」

 「逃げてきた」

 「あっちゃーもう騒がれてるのか。モテる男は辛いねぇ」

 「別に、俺は大切な人に好かれればそれで十分」

 「きゃー乙女の心にクリティカルヒット!」

 樹は少し、いや大分おかしい部分がある。

 でも樹のこういう性格が、何度も俺を救ってくれたんだろうな。

 「でも未だに信じられないわ。理央と同じ学校通えるの」

 「俺も。樹の後輩になるなんて」

 「もう何も突っ込まないわ」

 あーいいな。

 この空気感。

 「あ、ちなみに澪はC組だからよろしくな!」

 「澪って妹か。関わることはあんまりないと思うけど、まぁ、分かった」

 そろそろ時間だな。

 「じゃあな、みんなと仲良くしろよ」

 「分かったよ。センパイ(・・・・)

 樹は満足そうな笑顔で去っていった。

 やっぱり樹はどこか憎めないところがある。
 
 正直俺はあの騒がしい空間に戻りたくなかったが、人がぼちぼち揃い始めたため、仕方がなく教室に戻ることにした。