「唯はさ、どうして医者にならなかったんだ?」

 「どうしたの? 急にそんなこと聞いて」

 「いや、ずっとお義父さんの跡を継ぐのかなって思ってたから」

 「んー医者になろうと思ったことはなかったかな。そう言う理央くんだって、ずっと大学行くんだと思ってた」

 「俺は……まぁ、親孝行してやりたいと思ったし、何よりその……」

 「ん? なになに?」

 「……唯のこと支えたかったから」

 「え? なんて言ったの?」

 「だから! 唯のこと支えたかったの! 今の絶対聞こえてたよね」

 「あははっ。ごめんごめん。いつもありがとね、私の旦那さん」

 「急に恥ずかしいこと言うなよ」

 「それはお互い様ですー」

 「ったく……」

 「……私たち、絶対幸せになろうね」

 「……あぁ」

 「喧嘩してもすぐに仲直りしようね」

 「そうだな」

 「浮気は絶対だめだからね!」

 「そんなことしねぇよ」

 「それから……」

 あれ……。

 何だっけ?

 私はこの時何を話してたんだっけ?




 
 「い……ゆ……」

 「唯!」

 「っ!!」

 「唯? どうした? 名前呼んでも全然起きなかったぞ」

 あ……。

 私、夢を見てたんだ。

 「ごめんね。少し夢を見てたみたい」

 「夢? どんな夢だった?」

 「回帰する前の夢だよ。私がどうして医者にならなかったのかって話してた時の夢」

 「あぁ……。そういえばそんなこともあったな」

 過去の私は医者の道を選ばなかった。

 でも今は無事医師免許を取得し、研修医として東雲病院に務めている。

 理央くんはというと、公認心理師の資格を取得し、毎日、不安な気持ちを抱える患者さんに寄り添っている。

 それぞれが、過去とは違う道を歩き始めた。

 過去と変わらないことといえば、私たちが結婚したこと。

 「また出逢えて嬉しかったよ」

 「はっ。また恥ずかしいことをサラッと言う」

 「そんなこと言って、ホントは嬉しいんでしょ?」

 「ま、まぁな」

 「でも初めて会った時、すっごく冷たかったよね」

 「それはホントごめんって!」

 当たり前だと思っていた日常を失った瞬間、その日常がいかに特別だったか気が付くことになるだろう。

 でも、それでは遅いんだ。

 人生は一度きりなのだから。

 「……今度こそ、絶対に幸せになろうね」

 「あぁ、しっかり唯と向き合っていくよ」

 「ママー! パパー!」

 その時、可愛らしい声が聞こえた。

 「あら! おはよう有栖」

 「何話してたの?」

 「ママとパパが出会った時の話よ」

 「私にも教えて!」

 「いいわよ。ママ、最初パパのこと苦手だったの」

 「お、おい! 子供に何話してるんだよ!」

 笑い声が響き、幸せな空間が広がる。

 人は何度も間違いを繰り返し、何度もぶつかり合いながら生きていくのだろう。

 でも大事なことは、その後にどう向き合っていくかだ。

 私たちは互いに傷付き合うのを恐れ、向き合うことを恐れてしまった。

 その結果、望まない結末を迎えることになってしまった。

 私は過去の出来事を忘れかけている。

 恐らく、あと何年か経てば、完全に二回目の人生を歩いているということを忘れるだろう。

 でも、それでいいんだ。

 私たちはもう、現在(いま)を生きているのだから。

 ここからはもう、過去に経験したことの無い新しい生活が待っている。

 正直、まだ怖い。

 また間違いを繰り返してしまうのではないかと、不安になることもある。

 でも、隣には理央が、そして娘の有栖がいるからきっと大丈夫。

 これからは私が……私たちで幸せな未来を描いていくんだ。

 そんな想いを感じながら、私は理央との思い出を話し出すのだった。





[番外編へ続く]